魈さんの家の近くにあるスーパーまでの道を歩きながら、インターンどうでしたか? と質問すると「特段変わったことはなかった」と返された。二週間お疲れ様でした! と労うとフンと鼻で笑って流された。疲れを癒してあげたいけど、魈さん入浴剤はあんまり好きじゃないし甘いものもそんなになんだよね……。沢山杏仁豆腐を作るしかない。
あとは私が寝る前にたっぷり魈さんを甘やかしまくる……! 二週間分の疲れを一瞬で消せるほどの強い癒しを与えてあげたい気分だ。
そうこうしているうちにスーパーに到着して、私がカートを取ろうとしたのに魈さんに先をこされてしまった。私のカバンを持ってカートを押す魈さんに「主婦みたいですね」と言うとさらりと無視された。入り口に貼ってあるチラシを見て今日の献立を考える。夜だから安いやつ売り切れてるかな、どうだろう。お、ひき肉安い。
「麻婆豆腐とかどうですか?」
「お前の食べたいものでいい」
「じゃあ麻婆豆腐にしましょう!」
二人でスーパーに入って、豆腐をカゴに入れてお肉コーナーへ歩く。他に何か要りますか? と魈さんに聞くも相変わらず「なんでもいい」しか返ってこない。ひき肉たくさん買って冷凍したら魈さんも使うかな。多めのパックを魈さんに渡すと無言でカゴに入れてくれた。文句はないみたいなので魈さん家の冷凍庫に残りを入れておこう。あとは玉ねぎと、入れるだけで麻婆豆腐になるやつ……。
お肉コーナーに直進してきたので野菜を素通りしてしまった。私玉ねぎ取ってきますねと魈さんに告げるも、何食わぬ顔で隣を付いてこられて思わず頬が緩んだ。お使いしてくれてる小学生みたいで可愛い。杏仁豆腐の素も買わないといけないことを思い出して、レジまでのルートを考える。
棚にたくさん置かれた玉ねぎを見て魈さんが「どれにするんだ」と言いたそうな顔でこちらを見てきていて、なんとなく魈さんはどれが美味しいと思いますか? と聞いてみると「知らん」と言われてしまった。ですよねと笑いながら形のいい玉ねぎを取って魈さんが押してくれるカートに入れる。
「杏仁豆腐の素も買わないとですよね? たくさん作りますよ」
「あぁ。頼む」
杏仁豆腐の話になるとさっきまで感情のない顔で玉ねぎを見ていた魈さんの頬がほんの少しだけ緩んだ気がした。好物に分かりやすく反応するところ、昔から変わってなくて好きだなあと改めて思った。好物以外にももう少し興味を持ってくれると嬉しいところではあるが。
今日は魈さんを甘やかす日と先ほど決めたので、魈さんが喜びそうなことをたくさんしてあげないと。杏仁豆腐の素を求めて足早に野菜コーナーを立ち去ろうとしている魈さんの服の裾を引っ張って、ちょっと待ってくださいと声を掛ける。
玉ねぎの近くにあったじゃがいもをカートに入れながら、満足サラダも作りますね! と言うと魈さんがいつもより弾んでいる気がする声色で「そうか」と返ってきた。
魈さんに頼んでりんごを取ってきてもらう。なんでもいいのか、と聞かれたので魈さんが美味しそうって感じるやつで! と言うと難しそうな顔をされてしまった。気にせずお願いしますと言って果物の方へ魈さんを送り出すと渋々といった感じでりんごを選びに行ってくれた。近くの棚にあったレタスの山から色の綺麗なものを選んでりんごの山の前で固まっている魈さんに近づく。そんなに難しく考えなくてもいいんだけど……。
りんご一つを本気で選んでいるのか集中している気がする魈さんを後ろから観察することにした。前世と同じ広くて逞しい背中に、この背中が落ちているのは見たくないなあと心から思う。今度は魈さんより長生きして──いや……魈さんが死ぬところは見たくないし魈さんが居なくなるのも嫌かも。
でも魈さんをもう一人ぼっちにしないって決めたんだから、魈さんより長生きしなくちゃ。うーん……寂しいから長生きするのは一秒だけぐらいがいいなあ、そんな心中みたいなことできるか分からないけど。
ぼんやりとそんな事を考えていると、りんごを選び終わったのか魈さんがくるりと振り向く。自然な魈さんを観察するために何も声をかけていなかったのに、しっかりと後ろにいることがバレていたのが少し恥ずかしい。手に持っているのは形の綺麗なりんごで、「これでいいか」と私に見せてくる。子どもみたいで可愛い。
「綺麗なりんごですね」
「そうか。ならいい」
「魈さんの家、卵はありますか? サラダの材料はあと卵だけなんですけど……」
「無い」
「じゃあ、買っていきましょうか。十個だと多いですかね?」
「我一人だと無駄になるが……お前がいるだろう」
「確かに! 十個買って明日は卵焼きとか作りますね」
「任せる」
りんごをカートに入れて杏仁豆腐の素へ向かって歩き出す魈さんの隣に並ぶ。途中で卵のパックをカートに追加して、お目当ての杏仁豆腐の素の前にたどり着いた。さっきはりんご一つであんなに迷っていたのに、今度はなんの迷いもなく一番大きな素を二つ掴んでカートに入れる魈さん。一番大きいの買うだろうな、とは思っていたけどまさか二袋も手にされるとは予想していなかった。
驚いて言葉が出てこない私に魈さんが、「たくさん作ると言っただろう」と当然のように言ってくる。えっ……二袋一気に作るの? それはさすがに多いと思う。
「そんなに食べるんですか? 麻婆豆腐とサラダありますよ」
「……ここ最近お前の作った杏仁豆腐を食べていない。何か言いたいことでもあるか」
「いや……、じゃ、じゃあ、作らせていただきます……」
「フン わかればいい」
牛乳はあっちだな、と言って冷蔵物のコーナーへカートを押していく魈さん。牛乳二本ぐらい買わないとなんじゃ? 魈さんの家杏仁豆腐臭くなりそう。二袋の杏仁豆腐を作ることになるとは思わず、軽率な発言をしてしまったかもしれないと考えていると私が付いてきていないことに気づいた魈さんに名前を呼ばれる。
返事をして魈さんの隣に行こうとすると、その前に手を引かれて隣に並ばせられる。すぐに離されるかと思ったが、しばらくそのままで魈さんがいつも買っている銘柄の牛乳を手に取るときにやっと離された。こんな人の多いところでしっかり手を繋ぐのは珍しい。思わずドキドキしてしまった。魈さんが牛乳を取っている間にカートの持ち手に手を置いていると、不意に手を重ねられてびくりと肩が跳ねる。
そのまま手の甲を撫でるように指を動かされて、スーパーなのにいつもと違うことをされてぞわぞわしてくる。思わず魈さんの顔を見るとばちりと目があってなんだか突然恥ずかしくなって咄嗟に目を逸らしてしまった。重ねられた手にきゅっと力を入れられて、背筋がぞわぞわと反応してつい魈さんの手を振り払ってしまう。どうした、と言いたそうな顔でこちらを見られてばくばくと心臓がうるさくなった。
「あ、! えぇと、私麻婆豆腐の素忘れてたので、レジで待ち合わせしましょう!」
「……、分かった」
「はいっ! じゃあ後で……!」
ささっと魈さんから離れて麻婆豆腐の素が置いてあるレトルト系のコーナーへ向かう。さっき杏仁豆腐で来た時に一緒に見るのを完璧に忘れていた。魈さんが杏仁豆腐の素を二つも取るからびっくりして記憶から抜け落ちいた。僅かに赤くなっているであろう顔の熱を冷ますべく歩きながら頬に手を当てる。ダメだ、なんか二週間ぶりだからか普通のことでも恥ずかしくなっちゃう……。ふぅ、と息を吐いて体内の熱を逃す。
いつも買っている麻婆豆腐の素を一つ手にとって、魈さんと合流すべくレジの方へ向かった。ずっと一緒に居るって決めたのに、こんなことで魈さんから逃げていては後が持たない。
たぶん、スーパーだからなんのお咎めもなく逃がしてくれたけどこれが魈さんの家だったらどうなっていたか分からない。ちゃんと魈さんに立ち向かえるようにならなくては……! 歩きながらぐっとお腹に力を入れた。
後二時間ほどでスーパーが閉まるからか、夜の割引お惣菜や弁当を買いに来ている人でレジはそこそこ混んでいる。一番端のレジの列に無表情で並んでいる魈さんを見つけて駆け寄ると、こちらに気付いた魈さんが不意に名前を呼んでくるからびっくりした。ま、負けないぞ……。