先ほどと変わらない魈さんの表情をぼんやりと見つめながら息を吐いていると、魈さんがシャワーを取って「掛けるぞ」と言ってくれる。黙って頷くと足元からそっとシャワーを掛けてくれて、お湯に身体が温まるのが気持ちいい。さっき洗面器で思いっきりお湯を掛けてきた人と同一人物だとは思えない。
そのまま上に上がってくるシャワーを黙って眺めていると、急に抱き込まれて背中にも温かいシャワーを掛けられる。若干……ペット扱いされているような気がしないでもないが、これはこれで悪い気はしない。完全に甘やかされている。お湯が流れる床に投げ出されたボディタオルを拾って、残っていた泡で魈さんの身体を洗おうとして魈さんに触れる。
突然だったのか少し身体を反応させたけど、私が身体を洗おうとしていることが分かったのか何も文句は言われなかった。
「魈さんの身体洗わせてください……前も、」
「……」
「……無視しても洗わせてもらいますから……!」
ボディーソープの入れ物を手にとってポンプを数回押す。そのまま泡立てるとよく濡れていたお陰で問題なく身体が洗えるぐらいまでになった。これなら魈さんの身体も傷つけずに洗えるだろう。抱き抱えられている体勢から自分で重心を取って、魈さんの身体が洗えるように少し距離を取る。失礼します、と声を掛けて引き締まった身体に泡立ったボディタオルを滑らせた。一見細いのに、逞しく鍛え上げられてしなやかな魈さんの身体を撫でるように洗っていく。
どれぐらいの力加減で身体を擦ればいいのか分からなくて優しく優しくと意識してはいるがなんだかいやらしいことをしている気になってくる。洗う、って言ったけどこれ……案外恥ずかしいかもしれない。無言で魈さんに見下ろされているのもある、いつの間にかシャワーを止められて静かになった浴室に泡が擦れる音だけが響いて当たり前に全身裸な魈さんのどこを見ればいいのか分からない。
せめて何か喋ってくれればこんなに緊張しないと思うんだけど……。魈さんの胸板をごしごしと洗いながらちらりと盗み見ると、しっかりと目があって思わず動きが止まった。
「なっ……、そんなに見ないでください……」
「フン 今更だな」
「で、でもここ明るいですし」
「お前が洗うと言い出したんだろう」
「ゔっ……」
前も思った気がするんだけど、魈さんってこういう時全然女心を分かってくれない。手を止めるとまた何か言われそうなので少しだけ動かして俯いていると、魈さんが息を吐いておもむろに立ち上がる。私の背中と腰を抱いたまま立ち上がったので、私も釣られて立ってしまった。
さっき距離をとっていたはずなのに、立った際にぎゅうっと肩を抱かれて隙間なく密着させられた。これでは身体が洗えない……とかは思わないんだろうか。文句の一つでも言ってやろうと顔を上げると、濡れた額同士をぴたりと合わせられて視界が魈さんでいっぱいになる。突然近くなった距離に無意識に逃げようとした腰をしっかりと抱かれて、お腹に当たる異様な熱にごくりと息を飲んでしまった。た、勃って……。目と鼻の先にある金色が熱っぽい視線でこちらを見ていて、濡れた睫毛に縁取られたそれから目が離せない。
ドキドキしてるからか無意識に息が上がる。文句を言おうとして開いた口は半開きのまま掠れた声を出すだけになってしまう。
「……様子がおかしいのは我の気のせいではないな」
「はっ……い……?」
「何があった。答えろ」
様子がおかしい? だって、そんなの。魈さんを甘やかしたいのに私が甘やかさればかりだからどうすればいいか躍起になって──……そんなこと正気で言えたら苦労しない。でも、猛禽類が今から捕らえる獲物をじっと観察しているような目で見つめられると私の思考はどろどろと溶けていって、取り繕うとかそれっぽい嘘をついてこの場を流すことが出来なくなる。
「ぁ……だ、だって……」
「……」
「私が、魈さんを甘やかしてあげたいのにうまく出来なくて……」
「……甘やかす?」
「うぅ、ハイ……魈さん、私がその、先に死んで一人にしちゃったから」
「…………」
すぅっと魈さんの目が細められて、眉間にシワが寄ったことが分かった。元々目つきの鋭い魈さんにこんな至近距離で睨まれるとひゅっと心臓が縮こまる気持ちになる。
誰から聞いた、と少しばかり怒気を孕んだ声で呟かれて魈さんの吐いた息が口元にかかる。まさかそんなに怒るとは思ってなくて、あ、えと……と歯切れ悪くもじもじと身体を揺らしていると肩と腰に回った手にぎゅうっと力を入れられて身動きが取れなくなった。ウェンティと飲んでたときに……。と小さく答えると、間髪入れずに魈さんが舌打ちをして顔が離れる。
ち、近かった……。ふぅ、と息を吐いていろんな意味でドキドキしている心臓を落ち着けさせる。顔が離れた隙に身体を抱かれていた手が緩まって、少しなら動かせるようになった。
魈さんの身体を洗うという意志は無くしていないので、大きなため息を吐いている魈さんの腹筋にボディタオルを滑らせる。私は悪くないもん。小さく唾を飲んでさっきまで当たっていたそこを見ると、あ……ちょっと萎えてる。こんな話しちゃったからかな。かわいそう。
怒られるかもしれない、と思うとドキドキしてきて、偶然を装って太ももを擦り付けようとしたら「おい」と魈さんの低い声が降ってきてびくりと身体の動きが止まる。
「いいか。それはお前が気にする事ではない」
「はっはい……」
怒られる前に足を下げる。そおっと、音を立てないように動いているとがしりと両肩を魈さんに掴まれて心臓が口から出そうになった。
目を合わせると苛立ったような表情の魈さんが見える。さっきより距離があるから、顔の細かい仕草までよくわかる。
「そ、それは私も分かってます! だからその……今回は、魈さんに寂しい思いをさせたくなくて、」
「……まず、お前が死んだ後も寂しいと思ったことなどない」
「えっ……そ、そうなんですか」
そんなにハッキリ言われると何故かショックだ。もしかして私の後に別の女の人と結婚してたりとかしたんだろうか……。うわ、それは嫌だなあ。あからさまに眉の下がった私に「お前が考えているようなことはしていないぞ」と魈さんが釘を刺してくる。
じゃ、じゃあ魈さんは元から一人でも寂しくない仙人だったってこと……? 私だったら、先に魈さんに死なれたらあれこれ考えずに後追いするぐらいは寂しい。魈さんに先に死なれるのも嫌だし、魈さんを残して一人にしていくのも絶対に嫌だ。
「私だったら寂しいですけど……」
「…………お前は覚えていないだろうが、魂は我と共に在った」
「ぇ、……」
「お前が我を一人にしたと言うのは勝手な思い込みだ。分かったか」
「……」
そんなに優しい声で分かったかと言われても、どういうことなのかいまいちピンとこない。返事もせずにじっと魈さんの顔を見ていると、小さく息を吐きながらゆっくりと頭を撫でられた。魂は共に在ったってどういうこと? 幽霊にでもなっていたんだろうか。全然覚えてない。
どういうことですか? と魈さんを見つめてみるも、それ以上は話してくれる気がないみたいで手に持っていたボディタオルを奪われて背中を洗われる。ぎゅっと抱き寄せられてお尻の方まで魈さんの手が滑ってびくりと肩が跳ねた。こんなことを考えている時じゃないのは分かっているが、お腹に当たるそれに若干意識を持っていかれる。絶対今する話じゃない……。