「マスター、少し宜しいですか」
夜。いつものように自室に戻ろうとしたナマエを呼び止めたのはナイチンゲールであった。
こうして彼女に呼び止められるのはカルデアにいた頃にもあったのでナマエは特に疑問に思うことなく、彼女を部屋に招き入れた。
ナマエのサーヴァントもそれなりに増えた。二人目を召喚した時に、この部屋にあった天草のベッドは彼のために用意された部屋へと移動されており、今は正真正銘ナマエの一人部屋である。
ソファに座ったナマエの正面に椅子を移動させ、いつもの格好に白衣を纏ったナイチンゲールが座った。
「単刀直入に問います。マスター、貴女最近寝れていませんね?」
はっきりと告げられた言葉にナマエの肩が強張る。図星である。
「……上手く誤魔化してたつもりなんだけどなぁ」
「ええ。とても上手に隠せていましたよ。しかし殊病に関して、私は騙されません」
「婦長には敵わないかぁ……」
「まぁ私以外にも……」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
あの似非神父も気付いていたであろうことはナイチンゲールも気付いていたが、敢えて言うことでもないと伏せる。
ナマエの性格をよく知る彼は、彼女が必死に隠そうとしていることを無理やり暴こうとはしないだろう。優しさを通り越して愚かしくある。
となれば、やはり彼女を咎められるのはナイチンゲールしかいなかった。
「兎に角、不眠の原因について心当たりは?」
「……誰にも言わない?」
「患者の個人情報は守ります」
「……夢をね、見るの」
「夢、ですか」
曰く、今まで体験した“今際の際”を何度も、鮮明に見せられるのだと。それで目が覚め、寝るのが恐ろしい程にトラウマとなっている。
「……恐眠症ですか」
確かに、ナイチンゲールが知る限りでも前世の彼女は明らかに唐突で惨たらしく自他共に認める“不本意な死”だった。彼女のサーヴァント全員が、マスターを護れなかったことを恥じた死だった。
何度転生を繰り返し記憶を持ち越して精神年齢を重ねようと“死”という恐怖からは抗えない。寧ろ体験しているナマエだからこそより鮮明に“死”への恐怖を理解している。
天草の知る限りで二回。彼女が言わないだけでもしかしたらそれ以上の回数の死を体験しているのかも知れないが回数など問題ではない。
“死”という過去がナマエを苦しめている。その事実だけで今は十分だ。現在の彼女は齢五歳。不眠が成長に及ぼす障害は計り知れない。
こんな時、花の魔術師と呼ばれた夢魔が居れば夢の中に介入し何とか出来ようものなのだが生憎彼はまだここにはいない。
「恐眠症には認知療法を用いるのが一般的なのですがマスターの場合は誰かと一緒に寝るのが良いかと」
最も信頼の置ける天草がこの部屋から退去したのも恐眠症の一因やも知れない。
不安を軽減させるか、完全に取り除くことが恐眠症治療の重要なポイントだ。ナマエの場合は特に、また今世でもあの様な“不本意な死”に見舞われるのではないかという不安を無くさなければならない。
その為にも信頼のおける誰かと共に寝ることで睡眠中も安全であるという実証とマスターであるナマエを絶対に護り通すというサーヴァントの意志を見せる他ない。
この世界も安全である保障などないし契約サーヴァントの数もカルデアにいた頃より遥かに少ない。しかし二度とあんなことにはならない。
今いるサーヴァントで適任なのは。
「ルーラーかアーチャーにマスターと寝るよう要請し……」
「ナイチンゲール」
「……え」
「ナイチンゲールがいい」
「私で良いのですか」
いつもと違う、真名で呼ばれたので反応がやや遅れてしまったが返事は出てきた。
「結構婦長のこと信頼してるんだけど、伝わってなかったかしら?」
ナイチンゲールの、ナマエに対する想いは天草やエミヤ程ではないがそれなりに強く、カルデアで彼女を守りきれなかった後悔もあり、今世でも召喚に応じたのだ。
しかしそういった役目は自分ではないと割り切っていたから、ナマエの言葉は嬉しかった。
単純かもしれないがナイチンゲールは狂戦士だ。戦闘と医療以外は単純な方が良い。
「では、寝間着に着替えてきます」
足早に部屋を出るナイチンゲールの口元には僅かに笑みが見えた。
その日より少しずつではあるがナマエの恐眠症も改善されていき、ニトクリスが加わる頃にはほぼ完全に克服していた。
そらからはサーヴァントが交代で彼女の部屋で夜警をする決まりになり、カルデアにいた時と変わらない生活にナマエは苦笑するのだった。
「やっぱりバーサーカーは安心感があって良いね」
「明日からは私が一緒に寝……」
「時貞は寝かせてくれなさそうだから嫌」
「……まさか幼い体のマスターに不貞行為を?」
「い、いや、まさか。幼女趣味はありませんよ。ははは」
「……やっぱりバーサーカーは頼りになるわ」
眠れぬ夜の優しい話(ナイチンゲール/MHA)