虎杖悠仁
「あ!映った!姉さん、風邪引いたんだってね、大丈夫?」
『ん?あれ、光?大丈夫だよ?…でも、あれ?伏黒くんからの連絡だったんだけどな…』
俺が昨日の提案を光くんに伝えると、彼は喜んで同意してくれた。提案というのは大袈裟なものではなく、単純に少しでも佐狐に元気になってほしくて光くんからテレビ通話をしてもらえないか、ということだった。しかし光くんはせっかくだったら、俺や宝くんにも参加してほしいということで、俺のスマホから電話をかけている次第である。テレビ通話なので、液晶にはマスク姿の弱々しい佐狐が映っていた。
佐狐は熱のせいもあって頭が上手く回転していないようだったので、光くんが丁寧に説明を入れてくれていた。そこで俺や宝くんを画面に映すと、少し驚いた声と表情が映し出された。
『伏黒くん、何でそこに?ていうかたっちゃんまでいる…』
「その呼び方やめろっつってんだろ!そんなんだから風邪引いてんだよ、ダッセェ!」
「もうちょっとかける言葉あるだろ、宝」
状況を飲み込んだ佐狐に護さんもいることを伝えると、さらに驚いた声が上がったが少しずつ会話を楽しんでいたようだった。朝やりとりをした際は熱はだいぶ下がり咳も治まってきたと聞いていた。少しずつ元気になっている、という連絡を見てこの計画の遂行を選んだのだ。
数分間程度だったが複数でのテレビ通話を楽しんだ。時折護さんも入ってきたりと、とにかく賑やかで佐狐は「そこに伏黒くんがいるのが不思議だね」と笑っていた。確かに不思議だったが、俺としては佐狐の家族の人たちとこうして交流できるのはとても嬉しいものだった。
「それじゃあそろそろ終わるね」
『うん。わざわざありがとうね。元気出てきたよ』
「早く回復していつもの元気な姉さんに戻ってよ」
『うん、ありがとう』
ただ、何だろうか。少しだけチクリとするこの感情は。
その時。不意に視界に入ったのは宝少年だった。あんなに怖い顔をしていたにも関わらず、彼は何故か物憂げな表情を浮かべていたのだ。
俺はこの時確かな違和感を覚えた。佐狐家のこの小さな違和感がやがて大きなものになるとは、この時には気付きもしなかった。
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病院を後にすると宝くんはフラフラと学校に向かったようだ。その後ろ姿を見て護さんは彼の父親に当たる自身の弟へ連絡をして、何やらキツく言っていた。その電話口から同じ様なキツい声が漏れていたので、恐らく弟さんも結構口が立つ方なんだろう。
午後、護さんは少し用事ができたようで俺が潜入するタイミングで一旦別行動となった。人が疎らに動いているのを確認しつつ学校を縦横無尽に散策する。ラグビー場のあたりでかなり強い呪力を感じたが、それが近くにある様でとても遠くにある様にも感じ、言いようのない不気味さを覚えた。そしてその後に目撃した運動場でとんでもない怪力さを見せつけた少年がいた。素の体力がずば抜けて高いタイプの人間なんだろう。そう考えて次はどこを捜索するか考えていた時である。その少年が俺の方に走ってきていた。そしてすれ違うその瞬間、背筋が凍るほどの凄まじい呪力を感じた。
淡いピンク色の頭髪をした少年を呼び止めようとしたが、見せつけた底抜けの身体能力のせいでタイミングを損ねてしまう。一瞬の出来事だった。俺は驚異的な速度で走り去って行った少年の背中をただ見届けることしかできなかった。
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少年の後を追うよりも前に先に護さんに連絡を取った。すると護さんも用事がちょうど終わったということで、こちらに向かってきてくれた。護さんは車で用事を済ませてきたようで、その車に乗るよう指示された。近くの駐車場に停まった真っ黒な車体のエンブレムは見たことのない外国製のものだということを表していた。
「ピンク色の頭の生徒?」
「はい。なんか身体能力ヤバそうな感じでした」
乗らせてもらった車は少し車高が低いものの、中はゆったりとしていた。ジャケットを脱いで、ベストに腕まくりというラフな姿になっていた護さんは窓の淵に腕を置いて「うーん」と唸る。そしてポケットからスマホを取り出すと何か操作をしはじめた。その際「ピンク色、身体能力ヤバい」と俺が言った特徴を繰り返している。
「それってさ」
そう言って護さんは扱っていたスマホの液晶を俺に向ける。その液晶には写真が映し出されていた。
俺は目を見開き、口をポカンと開けてしまう。心臓が握り潰されそうになった。
「この子じゃないか?」
護さんがそう言って見せてくれた液晶画面には一枚の写真が映し出されていた。その写真には二人の人物が写っていて、それは俺がよく知る顔とついさっき知った顔だった。
二人は至極仲良さそうに写っていた。桜が舞う中、胸元に赤と白の花飾りを靡かせ、卒業証書が入った筒を持っているのだろう。共に笑う佐狐の隣には、ついさっき見つけた異様な身体能力保持者が彼女の隣にいることが当たり前のように屈託ない笑みを浮かべている。
―――こんな偶然あるのだろうか。
「この人です」
「……そうか」
護さんはまるで俺が違うという答えを出すことに一縷の望みをかけていたらしい。俺の返答にかなり落胆したように見えた。
護さんからは彼が虎杖悠仁という名前であること。そして佐狐と幼馴染であること。更に彼に呪力は無いことが伝えられた。
俺は彼のフルネーム以外、全てを知っていた。佐狐に幼馴染がいること。その名前がユウジということ。そして彼は"こっち側"の人間ではないということ。
言葉を失うとは、まさにこのことだろうか。
「悠仁くんは多分お爺さんのお見舞いに行ってるだろう。病院は知ってる。今から向かおう」
護さんはあんなに落胆していたのが嘘であるかのように冷静にこれからのことを考えていた。エンジンをふかし、車を走らせる。その車内は何とも言えない空気に塗れていた。
最初はユウジという少年を羨む自分がいた。だが写真に映る虎杖悠仁を見ていると、まるでそんなことを思う俺は烏滸がましいんじゃないか、と思ってしまった。そう思ってしまうくらい、佐狐の隣にいるのが自然だった。違和感がなかった。あの写真を見て二人がただの幼馴染だなんて誰が思う。お似合いだと、思ってしまったのだ。
ため息を吐く。このため息は何故吐かれたのだろうか。
そんなことを考えていたのが夕方頃だった。虎杖悠仁がいると思われる病院に向かったが、護さんの方には窓から連絡が入ってきたらしい。杉沢第三高校にてやはり異様な呪力が確認されたため、護さんはそちらに向かうこととなった。虎杖悠仁については俺一人での調査となる。
既に面会時間を過ぎた病院は白い壁であるはずなのだが、その全てが黒に塗りつぶされているような不気味さを感じた。なるべく物音を立てないよう忍び足で歩いていく。護さんと別行動を取った際、虎杖悠仁はまだこの病院にいると報告を受けた。面会時間が終了したこんな時間までいるなんて、どういうことかと思っていたが、ちょうどその時看護師と書類のやりとりをしている彼を見つけた。
「虎杖悠仁だな」
その声にこちらを向いた虎杖悠仁はほんのりと目尻を染めていた。鼻も少し赤くなっていて、俺はすぐに彼が泣いていたのだと分かった。
泣いている少年、手元には何らかの書類。その二つが表す意味を、俺は分かってしまった。
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