少女の秘密


※暴力表現、欠損表現、背徳的行為有り
 また倭助さん(虎杖祖父)が登場しますが過去の状態が分からないため都合よく捏造しています



 中学一年の冬。雪が舞っていた。
 私は弟が入院していることもあって、小学生の頃からあまり親しい友達と遊ぶことが少なかった。学校でも誘われれば仲間に加わるが、自分から歩み寄ることはなかった。当時の私には弟と父、悠仁、そして夏油さんだけで充分だったからだ。
 人との距離の取り方は中学に上がっても変わらなかった。悠仁は年々上級生にやっかみを言われることが増えて、その日もそうだった。基本的に登下校は共にしていたのだが、その日に限って悠仁は日課の如く先輩に呼び出しを受け、律儀に対応していた。残された私はたまたま当番だった日直の仕事である日誌を書いていた。その時、教室には一人だった。

「泉ちゃん、何してるの?」

 やって来たのは最近よく一年生の教室にやって来る三年生の先輩だった。名前はよく覚えていない。何人かのグループでやってくるうちの一人だった。
 ちょうど書き終えた日誌を閉じて、その先輩の方を向く。とりあえず笑っておかないと、と無理矢理作った笑みに、先輩は笑顔で返していた。

「日直だったので日誌を書いてました」
「へえ。真面目でえらいね」
「いえ、当たり前のことなので」
「そっか」

 先輩が何の用事があって来たのか分からなかったが、それを聞くと話が長引いてしまうかもしれないと思い、私は席を立つ。明日は土曜日なので、今日はゆっくりと光と話ができる日だ。だから早く病院に向かいたかった。
 先輩はいつの間にか立ち上がった私の目の前に立っていた。

「ちょっと話さない?」
「え、と…出さないと…」

 思わず日誌を両手で持ち、胸の前に掲げる。先輩の目にも入るように態と見せつけたのだが、先輩はその日誌を取り上げ「ちょっとくらい遅れても平気だよ」と笑った。
 私はその時から、なんとなく嫌な予感がしていた。

「俺実は、泉ちゃんのこと気に入ってて」

 噂を聞いたことがある。
 三年の生徒の中にとてもタチの悪いグループがいらしい。四人くらいのグループの彼らは、自分たちの好みの女子を見つけては言葉巧みに女子たちを操り、恋人同士になるがすぐに別れ、また他に好みの女子を見つけては彼女を作るという。それも好きだとかそんな理由があるわけではなく、ただ容姿が気に入ったからという理由でターゲットにしては、相手の心などまるで最初からないかのように弄んで捨てた。恋人、彼女というと響きは良いが、結局のところは彼らの欲を満たすための道具のように扱われていた。俗に言うとヤリ捨て、だった。

 その噂のグループの中心格が、今目の前にいる男だった。私は咄嗟にポケットに忍ばせていた携帯のボタンを操作した。

「泉ちゃんのこと、ずっと可愛いなって思ってたんだよ」

 力強く掴まれた手首が軋むように痛かった。反動で日誌を床に落としてしまう。先輩はそんなもの気にも留めずに強引に私を引き寄せた。
 意識すれば息がかかるのが分かる。それを自覚した途端、とんでもない嫌悪感と吐き気がやってきた。近づいてくる先輩の顔が、気持ち悪くて全力で横を向いた。すると先輩はかなり気を悪くしたようで、舌打ちをした。怖くて先輩の方を向けなかった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 今日は金曜日。光とたくさん話ができる日なのに。

 先輩が私を突き飛ばした。床に尻餅をついた私は腰の痛みに耐えながら、先輩を見上げる。制服のボタンを外し、何故かベルトまでも緩めていた。
 怖かった。このままじゃマズイと思った。でも力が入らなくて動けない。指先が震えていた。声を出そうにも、声すら出なかった。これじゃあ助けも呼べない。まだ日も暮れていない校舎。誰かしらがいるはずなのに、どうして誰一人としてやって来ないのだ。

「すぐ済むから」

 そう言った先輩が私に馬乗りになる。そして私の制服に手をかけたところで、私はいつの間にか零していた涙を自覚しながら声を上げていた。なんて言っていたかなんて覚えていない。先輩は愉しそうに笑いながら「ちょっと黙っててくれない?」と私の頬を叩いた。その衝撃で私は口内を切ったらしい。鉄の味が口の中を蹂躙する。胸元にひんやりとした空気を直に感じ取った時、私はもう声を上げることをやめてしまった。このままじっと堪えて我慢して、さっさと先輩が満足してくれたら、それでいいと思った。
 その時の私には、吐き気と恐怖と絶望しかなかった。

「泉ちゃんかわいい下着つけてるね。そういうのすっごく興奮するな」

 欲に塗れた視線が気持ち悪かった。声の代わりに涙と鼻水が混じって床に垂れる。

「こういうの初めてでしょ?優しくしてあげるから、先輩に任せて」
「…いやっ…!」
「え?何?声小さいから全然聞こえないよ?」
「…っ、…」
「残念だね、誰も助けになんて来てくれないよ?あ、幼馴染の虎杖くん、だっけ?あの子も今日はいないね。なんでだろうね?」

 ニタリと弧を描いた口元を見て、嗚呼そういうことか、と分かった。この状況でこんなに頭の回転が早い自分に正直驚いた。
 悠仁は今日、先輩に呼び出しを食らっていた。その先輩というのは、おそらく今私を犯そうとしているこの男のグループの連中だろう。全て仕組まれていたのだ。私が日直で放課後に残っていることも、全て把握していたのだろう。

 なんて気持ちが悪い生き物なんだろう。

 先輩の手が私のスカートの中に侵入してくる。あまりの気色悪さに鳥肌が立ってしまった。

「最初は痛いけど、すぐに気持ち良くなるから」

 恍惚に満ちたその顔は、まるで悪魔のようだった。











「何やってんだよ、お前」

 いるはずのない悠仁がいた。彼は初めて見る鬼の形相で先輩の首根っこを掴んで放り投げた。黒板で後頭部を強打した先輩は呻き声を漏らしながらその場に崩れ落ちる。
 悠仁はそれを見てくるりとこちらを振り返り、着ていた学ランを脱いで私に被せた。

 私には一言も声をかけずに、悠仁は再び先輩の方に歩み寄る。まだ呻き声を漏らす先輩を見下ろしながら、今度は先輩の後頭部に足を置いて、そのまま床に押し付けた。更に耳障りな声が劈く。

「何やってんだって、聞いてんだけど」
「…まって、悠仁。そんなことしたら…」
「泉に何してたんだよ!?」

 私の声なんて聞こえていないのか、野太い声を上げる悠仁はグリグリと先輩の頭を踏み躙り続けた。ようやくその足を退けると、今度は足を横に振り上げて先輩の頭をまるでサッカーボールのように蹴り上げた。
 悠仁の暴力は留まるところを知らなかった。上級生と喧嘩をしているところを見たことはあるが、ここまで一方的に痛めつけるような暴力は初めてだった。目の前で繰り広げられていたのは、まさしく言葉通りの暴力だった。

「悠仁…」

 悠仁は無言で先輩を嬲り続けていた。私は愕然とその光景を見ていたが、それではダメだと慌てて制服をきちんと直して、悠仁が振り上げた腕を掴む。

「もういいよ!悠仁、もういいからっ…!」

 赤く滲んだ拳はようやくゆっくりと降ろされた。悠仁は瞳孔が開きっぱなしだった。そんな顔の悠仁がこちらを見る。優しい親指が私の口元の血を拭ってくれた。

「…ごめん」

 その一言が出ると、いつもの悠仁の顔に戻った。途端に目尻に涙が溜まっては溢れる。
 どうして悠仁が泣くの、と笑ったら悠仁はもっと眉を顰めて泣いていた。泣きながら彼は確かにこう言った。

「なんでお前は笑ってんだよ」





 後日悠仁はお爺さんと共に校長室に呼び出されていた。そこには先輩とご両親、互いの担任と学年主任とが集められていた。
 学校にはすぐに噂が広まった。一年の虎杖が三年の樋口洋介に暴力を振るった、と。しかし内容とは裏腹に、周囲の声は明るかった。

『ざまあみろじゃね?今までのツケが回ってきただけだろ』
『つか一年にやられるとかダサ』
『正直悪い噂しかなかったもんね。変に被害受ける前じゃなくてよかったー』

 皆一様に天罰が下ったという見解だった。そしてこの噂に私が襲われかけたことは一切含まれていなかった。それは樋口先輩が私と悠仁に他言するな、と包帯塗れの状態で頭を下げてきたからだ。どうやら希望していた高校からスポーツ推薦を貰っているらしい。
 私も悠仁も鬼ではないので、それに関しては私が承諾したので悠仁もそれ以上何も言わなかった。

 上記の理由で私は校長室には呼び出されなかった。しかしながらどうしても気になっていたので、ドア越しに会話を盗み聞きしていた。
 樋口先輩のご両親は一方的に悠仁が悪いと決めつけ頭ごなしに怒鳴りつけ、更には学校の対応や普段の指導についても言及していた。誰一人何もいうことができず、悠仁のお爺ちゃんが謝る声が聞こえた。
 どうして何も悪くない悠仁のお爺ちゃんが謝らなければならないのだろう。

「失礼ですけど、虎杖くんはご両親はいらっしゃらないの?」
「すみません、こいつの両親はワケがあって…」
「そりゃあ親がいないんじゃあ、こんな育ちの悪い子が出来上がりますわよね」

 それを聞いた時、私の心の中は真っ黒に染まった。



 約一時間程度の話し合いが終わった。樋口先輩は被害者面で校長室から出て行った。その後に出てきた悠仁を見つけて声をかけると、悠仁は案外いつも通りだった。

「ごめんね、私のせいで」
「なんでお前が謝るんだよ。悪いの普通にタコ殴りにした俺じゃん?」
「悠仁、お前少しは反省しろ」
「爺ちゃんもわざわざごめんな」

 先生たちとの立ち話も終わって、廊下には私と悠仁と悠仁のお爺ちゃんだけとなった。不意に私は先程の樋口先輩のお母さんの言葉が蘇る。

『そりゃあ親がいないんじゃあ、こんな育ちの悪い子が出来上がりますわよね』

 その言葉が頭の中で反芻された時、私は無意識にこう言っていたらしい。

「呪われればいいのに」






 数日後、校内には再び大きな噂が一斉に出回った。

「ねえ聞いた!?樋口先輩、事故ったらしいよ?」
「え、まじ?」
「入院してるらしいけど、なんかもう結構ヤバいんだって」
「えー!?それってもう歩けないとかそんなレベル?」
「うん、てか下半身ないらしいよ」
「え!?どういう意味!?」
「なんか切断?したんだって」
「エグっ!でもそんな大きな事故ならニュースになっても良さそうなのにね」

 校内はその話題で持ちきりだった。そりゃ数日前に一年生にタコ殴りにされた生徒が、今度は下半身を切断するほどの事故に巻き込まれたのだ。あまりにも悲惨な状況に流石に今回は同情の声も上がっていた。

 その日は夏油さんがやってくる日だった。気分の良かった私はせっかくだからと少し奮発して焼き菓子の詰め合わせを買って、彼のもとに向かった。

「すまない、待たせたかな」
「いいえ。全然待ってません」

 にっこりと笑ってみせると彼はすぐに私の異変を察知する。

「何か良いことでもあったかい?」
「どうしてです?」
「顔に書いてあるよ」

 そう言って笑う夏油さんは流石だと思った。やっぱり見抜かれてしまった。

「この前とても嫌な先輩がいるって言ったじゃないですか」
「ああ、言ってたね。君がそんなに嫌悪感を剥き出しにするのも珍しいからよく覚えてるよ」
「実はその先輩が、交通事故に遭ったんです」
「交通事故に?それは災難だったね」
「その先輩サッカーの推薦が決まってたみたいなんですけど、事故で下半身無くなっちゃって、それどころじゃなくなったみたいで」
「選手生命は絶たれたも同然だろうね、可哀想に」
「可哀想ですけど、正直ざまあみろって思ってます」
「うわ、泉中々ひどいこと言うなぁ」
「それに私、内心思ってたんです。呪われればいいのになぁ、って」

 そこまでの話を聞いた夏油さんは隣で「ふぅん」と少し意味深な相槌を打った。

「だったら良かった」
「え?」
「いや何でもないよ。それでさっきから隠しきれていないそれは何だい?」
「これですか?ちょっと目に入ったので買ってみました」

 そう言って私は全然隠しきれていなかったというお菓子の詰め合わせを見せた。甘いものを食べながら、この日も学校であったことや身の回りのことなどの話をした。

 だが、夏油さんには樋口先輩からされたことは言わなかった。何となくひけらかして話すことではないと思ったからだ。
 残るは私の携帯に残っているあの時の証拠として残そうとした録画をどう処分するか。最初は推薦先の学校に匿名で送り付けてやろうかとすら考えていたが、もうその高校にも行けないだろうから削除してしまってもいいかもしれない。


 しかしどうして先輩の事故は、地元のメディアですらも取り上げられなかったのだろう。

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