黎明


 今まで特定の誰かを心の底から愛するなんてことなかった。そもそも愛だの恋だのに興味なんて無かったのだ。俺は俺自身がどうこうというよりも、津美紀のことを考えることの方が多かった気がする。
 よくテレビで見るドラマの内容はどこか別の世界の話のようにも感じていたし、動画の合間に流れる広告は目に情報として写っていたものの、共感することは一度もなかった。恋愛で心を突き動かされ、泣いたり笑ったり幸せに感じたり、そんな簡単に心というものは振り回されるものなのか、と本当に疑問だった。

 そんな俺だったが、人目を惹かないというわけではなかったらしい。津美紀の友人たちからは揶揄いも含まれているが悪い気のしない言葉をかけられたりしていた。告白を受けたことも何度かある。こんな俺のどこがいいんだろうか、と本気で謎だったが、別に俺は誰とどうこうしたいなどという意思がなかったため、いつも断っていた。所謂彼女なんていたことがない。いなくたって、と思っていた。
 
 漠然とこの先俺は人を好きになって、結婚をして、家庭を築くのか、と考えることはあるが、今はそのビジョンが全く見えない。家族というものに、母親父親というものに、憧れを抱けないからだろうか。自分の生い立ちのことを考えると、俺は自分が真っ当な人生を歩める自信がなかった。だから、どこかでそういった類のことに諦めすら抱いていた。
 どうせ俺は呪術師になるのだから、そんなことに現を抜かす時間など無いと思っていた。呪術師とはそう生半可な気持ちでできるものではないからだ。それ相応の覚悟と忍耐力が必要とされる。だから、そんなもの、俺には必要ないと、津美紀の呪いさえ解くことができれば、俺は良いと思っていたのだ。

 そうやって、俺は自ら孤独の道を歩もうとしていたのかもしれない。

 しかし、この春、俺のこの考え方が覆されることになるだなんて、予想だにしていなかった。

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