疑う余地のない善人


 ちょうど昼時だということもあり、店内は混み合っていた。子ども連れの主婦や女性客で賑わっていたために、俺はともかくとして五条先生はとにかく視線を集めていた。高専に行くまでの間に腹拵えでもして行こうと言った五条先生の提案で俺たちはすぐ目の前にあったファミリーレストランに入った。
 五条先生の隣に俺が座り、佐狐は窓際に荷物を置いて座っていた。流れるような手つきでメニュー表を取って俺たちに手渡す。

「見えるか?」
「このままで大丈夫だよ」

 ありがとう、と笑う佐狐に俺は何と返事をすれば良いか分からなくてそのまま黙ってメニュー表を見てしまった。ああなんかすごく面倒臭え視線を隣から感じる。絶対視線を合わせないでおこう。

「僕決めた」
「俺も」
「じゃあちょっと借りていい?」

 佐狐は俺からメニュー表を受け取りながら俺と五条先生のメニューを聞く。そして最初から目当てのものがあったのか、ページをさっとめくって店員を呼び出した。やって来た店員は一度五条先生を見て頬を赤らめていたが、全く気にしていなかった佐狐が注文を読み上げたので、慌てて聞き取っていた。

「えっと、和風ハンバーグ定食と生姜焼き定食と…」
「はい」
「この麻婆丼って辛さ調整できるみたいですけど、どのくらい辛いんですか?」

 麻婆丼。麻婆丼か。なんか意外だと思ったが、辛さの話をしているのを聞くと納得だった。佐狐も五条先生と同じく甘党な感じがしていたからだ。

「そうですね、元々が四川系の痺れる辛さなので、辛さ控えめでご提供もできます」
「あ、いえ、これマックス5辛まであるじゃないですか?でも元々が結構辛いんですね〜」

 少し噛み合っていないと感じたのは店員だけではない筈だ。少々困惑している店員を他所に「痺れる系か〜」と考える佐狐に、俺は先程の考えがおかしかったのだと気付いた。

「じゃあマックス5辛で!」
「え!?これ結構辛いですよ?通常でも辛すぎて残されるお客様もいますが…」
「大丈夫です!私辛いの大好きなので!」
「そ、そうですか…ではご注文を繰り返しますね」 

 店員が注文を繰り返しながら佐狐はメニュー表の麻婆丼の写真を見て至極楽しそうに笑っていた。その写真は標準の辛さのものだが、それですら俺は汗が吹き出そうなほどの辛さを覚えたのだが、これのマックスを頼む神経が知れなかった。

「泉、辛いの好きなの?」
「はい!大好きです!」
「へえ意外だね。てっきり僕と同じ甘党だと思ってた」
「俺もです」
「甘いのも好きです!こっちに来るにあたって、行きたいお店リサーチしてきたんですけど」

 そう言って彼女はリュックサックのサイドポケットからスマホを取り出して何か操作をしていた。そして画面を見せると、メモ帳機能のページ一面にびっしりとリサーチされたお店の名前が並んでいた。

「これ全部行くつもり?」
「それを楽しみに東京にきました」
「いやあの君呪術師になるために東京きたんだよ?」
「分かってますよ。でも娯楽がないとつまらないじゃないですか」

 そう言って朗らかに笑う佐狐は、見た目よりも意外なことの方が多かった。すると彼女はお手洗いに行ってくる、と言って席を外した。先生と二人という何とも言えない時間が流れる。

「あの子結構面白いよね?」
「まあ、そうですかね」
「またまたそんなクールぶっちゃって。さっきちょっと見惚れてなかった?」
「…んなわけないでしょ」
「ふうん?」

 やっぱりあの視線は勘違いではなかったか。面倒臭い絡みがありそうだな、と思って早く佐狐が帰ってこないかと思っていたところだった。

「あの子ね、結構訳ありなのよ」

 思いもよらぬ発言に、俺は五条先生の方を見た。先生は頬杖をついたまま話を続けた。

「去年のクリスマスに百鬼夜行あったっしょ?」
「はい」
「泉はその首謀者がまだまともな呪術師だった頃に、命を救われてるんだよね」
「…佐狐が?」

 そう、と思慮深く相槌を打った五条先生は口角をきゅっと上げた。

「姉弟揃って呪霊に襲われてたところを助けられたんだって」
「…そうなんですか」
「弟の方は今も後遺症があって入院してるんだけどね」
「それをどうして俺に言うんですか?」

 一言でいうと純粋、汚れを知らない子どもという第一印象だった。だからこそ、明かされる彼女の非現実的な過去の一部を聞いてしまってはいけない気がした。
 俺の問いに五条先生は珍しく目隠しをずらして俺を見た。

「この後彼女は高専で面談を受けてもらう。その内容によっては彼女は呪詛師の共犯者として処分される可能性もある」
「…共犯者!?どうして…」
「例の首謀者と百鬼夜行直前に会ってたみたいでね」
「…じゃあ12月23日に俺たちが仙台市に行ったのって…」
「端的にいうと夏油傑、そして彼と会っていたと思われる泉を探してたってことだね」
「けど、それって佐狐の方は単に命の恩人だと思って会っていたんじゃないんですか?」
「へえ、恵は泉の肩を持つんだね」

 そう指摘されて確かに偏った意見だと思った。呪術師としてこの先を歩もうと思っていたのならば、百鬼夜行について知らないわけがないと思ったからだ。「いやそういうわけじゃ…」と言うと五条先生は分かってるよ、と本当にそう思っているか分からない言葉を出して、青い瞳を再び隠した。

「その辺りが僕たちもよく分かってないんだよね。だから本人に聞いちゃおうって魂胆じゃない?」

 その言葉を最後にこの話題は終了となった。気になることはいくつかあったが、俺はどうしてもあんな無垢な少女が呪詛師の共犯者として処罰されるなんてこと、納得できなかった。だって見ず知らずの少年を、まるで自分の弟に向けるような慈愛に満ちた眼差しで見ていたのだ。俺はあの目を知っている。これは持論だがああいう眼差しができる人間に悪い奴はいない。こういう類の人間は疑う余地のない善人なのだ。
 何も知らず戻ってきた佐狐は器用に三人分のお冷やを持って帰ってきた。「氷入れてよかったですか?」と小首を傾げる彼女を見て、やはりこの少女が呪詛師と繋がっていただなんて思えなかった。

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