シティボーイ


「野薔薇ちゃん!これでしょ、言ってたやつ!」
「これこれ!うわ、結構値段すんのねぇ」
「だね、ちょっと高いねぇ。出世払いとかできるかな?」
「いやできないだろ」

 野薔薇ちゃんと会話していたはずなのに、ガラス越しに見ていたバッグから視線が遠のく。そこに伏黒くんの声があったことにより、私は今ピッタリと引っ付いていたガラスから引っ剥がされたのだと認識した。

「つか恥ずかしいからガラスに引っ付くな」
「だって、このバッグめっちゃ可愛いなって、ね、野薔薇ちゃん?…て、あれ?」
「釘崎なら虎杖連れて別の店行った」
「え、何で悠仁?」
「荷物持ちだと」

 そうか私一人でガラスにくっついていたのか。それは確かに恥ずかしいな。伏黒くんに感謝だ。

「野薔薇ちゃんたちどのお店行ったの?」
「さあ」
「え、知らないの?じゃあ迷子だね」
「いや別に迷子ではないだろ。俺この辺土地勘あるし」
「うわ、急にそんなシティーボーイアピールしなくていいよ?」
「してねえよ」

 はあ、と特大のため息を吐かれてしまった。せっかく四人で東京の街に出てきたのに、これじゃあバラバラだ。

「どうする?伏黒くんなんか見たいお店ある?」
「別に」
「えー、つまんないなあ」

 平日だというのに賑わう人の多さに本当に東京、都会にいるのだと痛感する。悠仁と一緒に過ごしてきた街ではあり得ない光景だった。
 さて、どうするか、と考えていると、不意に通りすがりの人がぶつかってきた。悪気はなかったようで「ごめんなさい」と謝られたが、足がもつれてしまい思い切り体勢を崩してしまう。

「おい」
「ぅわ…ッ」

 このまま後頭部を地面に打ち付ける覚悟だったが、そうはならずに視界いっぱいに伏黒くんが映し出された。おそらく倒れかかった私を支えてくれたのだろう。珍しく少し動揺したような顔をしている伏黒くんを、見入ってしまった。

「大丈夫か?」
「うん、ごめん…ありがとう」

 背中に回された腕が思ったよりも逞しいって言ったら伏黒くん怒るかな。背は高いけど悠仁みたいな筋肉質な感じとは少し違うんだよな、伏黒くんって。色白だし、体も薄い気もするけど、私のこと軽々と抱えてるの見ると正直やっぱり男の子なんだなあ、とか思っちゃうよね。
 ゆっくりと体勢を戻してくれた伏黒くんは、こちらを見てくれなかった。色白の彼が珍しく、耳を赤くしていた。

「伏黒くんってウィンドウショッピングと、カフェとかでゆっくりするの、どっちが好き?」

 乱れた髪を整えるように耳に掛けながら問うと、伏黒くんは心底どうでも良さそうな顔で私を見下ろしていた。いつの間にか耳の赤さは消えていた。

「どっちも興味ない」
「じゃあカフェ行こう」
「人の話聞いてるか?」
「伏黒くんは興味ないとか言っても、付いてきてくれるよね」

 そう言うと伏黒くんは少し何か考えるような仕草をとった。そしてすぐに悪戯な笑みを浮かべる。

「流石にオノボリさんを都会に野放しにするわけにいかねえからな」

 なんて言ってるけど、私は知っている。きっと伏黒くんはカフェに行きたかったのだ。だから珍しくあんな笑みを浮かべたのだろう。可愛い奴め。