青い春


「ギャアァァアアアァ――――――!!」



 その日、人類は思い出した―――。

「…駆逐…してやる…」

 奴らに支配されていた恐怖を―――。

「一匹残らず…!」

 鳥籠の中に囚われていた屈辱を―――。

「伏黒くんがね!!」
「悪い何の茶番だ?」

 私の迫真の演技に対してしょっぺえ対応するこの男を私はギロリと睨みつけた。あの断末魔の叫びとこのモノローグから察して欲しいものだ。
 奴を見つけたとき、一人ではどうにもならないと確信した私は共同スペースまで全速力で向かった。今は大体20時、この時間だと真希さんたちもいるだろうと思い目指したのだが、居たのが何故か伏黒くんだけだった。この際真希さんの方が良かったなんて言ってられない、と私は魂が抜けたような様相の伏黒くんの腕を掴んで私の部屋まで引きずってきた次第である。そして、あのモノローグに至ったのだ。

「出たの!部屋に!」
「何が」
「何がって言わせるつもり?女子がビビって男子に助けを呼ぶときなんて、アレが出た時しかないでしょ?」
「お前最初真希さん探してたろ」
「論点ズラすな!」

 私の部屋の前に突っ立って早二分。こんなやりとりをしている暇などないのだ。だが、この扉を開けた瞬間に、奴がピョ〜ンとこちらに飛んでこようものなら私は失神する自信がある。
 相変わらず状況を掴めていない伏黒くんに、コッソリと奴の名を出すと伏黒くんは何の躊躇もなく「ああ、ゴキブリか」と言いやがった。ああ、じゃねえよこのウニ頭め。

「お前ゴキブリ苦手なのか?」
「苦手じゃない女子いると思う?」
「津美紀は素手で殺ってたぞ」
「ぅえ、え!?お姉さんそういうイメージなかった、意外だね」
「つか真希さんも…」
「もういいから!とにかくどうにかしてよ!伏黒くん!今私は伏黒くんしか頼れないんだよ?」

 奴をこのまま野放しになんてできない。このまま見つけ出せずに、夜寝たとしてその睡眠中に口の中や耳の中に入ってきたりしたら、と思うととてもじゃないけど正気を保っていられない。

「まあ退治してやらんこともない」
「わ〜ありがとう!伏黒くんやっぱ頼りにな…」
「けど頼むってんなら、それなりの態度があっても良くねえか?」

 そう言って真顔で見下ろしてくる伏黒くんは正直怖かった。しかしここで食い下がるわけにもいかない私は、ヤケクソになっていた。
 自分よりだいぶ背の高い伏黒くんを見るには首を結構上に向けないといけない。でも恥ずかしいから今は見てやらないでおこう。一歩伏黒の方へ近付き、彼が着ていたラフな黒いTシャツをきゅっと控えめに掴む。

「お願い、伏黒くん」
「任せろ」

 ■泉は伏黒を調伏した―――!

「で、どこだ?」
「さっき壁にいたんだけど…」
「まあここ古いからな。虫なんていくらでも」
「もうやめてよそういうの!ただでさえ虫嫌いなんだから!」

 頭を抱えて唸るっていると「悪い」という謝罪が降ってきたが、その声は妙に柔らかかった。すぐに見上げるとやはり笑っていた伏黒がいる。やっぱり伏黒くんってよく笑うよな。
 なんて思っていると、私の足元にカサカサと小さな黒いものが蠢いた。反射的にヒイッと声を出して、伏黒に抱きついてしまう。

「おい」
「はい」
「これじゃ退治できねえだろ」
「ごめん」

 そう言って私の体ごとぐるりと自身の後ろに隠してくれた伏黒くんだが、私たちがそんなことをしている間に奴は再び消えていたのだ。

「見つからなかったら、どうしよう」
「お前いつもゴキブリよりおっかねえもの祓いまくってんだろ」
「もう!笑わないで真剣に探してよ!」
「悪い悪い」




「伏黒また笑ってる」
「というかあの子あんな薄着で危機感無さすぎじゃない?」
「え?そう?普通だろ?」
「そういう俺は泉の全てを知ってんぞ、みたいなマウントまじでやめろ」

 泉の悲鳴は当然ながら他の人たちにも聞こえており、心配して見にきた虎杖と釘崎は、開けっ放しの扉の向こうを覗きながら予想外の展開に各々入っていくタイミングを失ってしまった。

「恵、あんな顔するんだね〜」

 虎杖の背後から聞こえたのは五条の声だった。いつもの目隠しを取り、ラフにサングラスをかけて髪は下ろしている。
 彼は伏黒が小学1年生の頃から知っているが、一度だってあんな穏やかな表情を見たことがなかった。それが、ここに来て佐狐泉という人間と接することで少しずつ彼本来の一面を知ることができた気がしていたのだ。

「青春だね〜」

 そう言った五条の言葉は、まだ青い二人の少年少女の背中を縁取るようだった。