血縁者


 その日、審議所で開かれていたのは、エレン・イェーガーの処遇を問う特別兵法会議であった。憲兵団と調査兵団、各々の主張が反発しているところで、取り上げられたのはエレンとミカサが過去に起こした犯罪のことであった。
 いくら正当防衛とはいえ、あのおぞさましき惨状に至るには、彼らの人格にそれなりの問題があるのではないか、という判断をする憲兵団。ミカサがあまりにも不服そうにする最中、調査兵団は新たに参考人を申し入れる。許可が降り、入廷してきたのは、先の壁外調査に出陣し、その後トロスト区防衛奪還作戦を途中からサポートした調査兵団員の一人。そして、それはエレン、ミカサ、アルミンにとっては、馴染みのある顔であった。

「ベティ・シュタインフェルト、君は今別件で勾留中であるが、今ここに呼び出されたことには充分に理由がある」

 ベティは二名の憲兵に連れられて入廷した。両腕を背中で拘束されており、表情は酷く険しかった。およそいつも見ていた彼女とは違う様子に、エレンらはかなり驚いていた。

「さて、エルヴィン、彼女から何を聞き出すんだ?」

 ザックレーの問いかけにエルヴィンは短く返事をした。
 エレンたちには目もくれなかったベティは、彼らの知っているベティではないようだった。調査兵団の幹部で、リヴァイと同じく人類最強と謳われる兵士。そんな彼女だがハイネも含め、ひょんなことからエレンたちとは昔からの知り合いで、駐屯兵団のハンネスたちとよく笑い合うことも多かった、所謂彼らの憧れであった。

「シュタインフェルトは、エレン・イェーガー、及びミカサ・アッカーマン、アルミン・アルレルトとは、昔からの知り合いであるという情報が入っています」
「それが何だ」
「ベティ」

 ナイルの反論に、エルヴィンから目配せを貰ったベティは、不服そうに深呼吸をして重い口を開く。今現在、この場にいる全ての者の視線は彼女に移されていた。

「エレンもミカサも、昔から知っているが、我々人類に危害を及ぼすような人間じゃない。―――それは、…ハイネも、同じ意見のはず」
「今ここにいない人間の意見は何の意味にもならんぞ」

 ベティが言葉を詰まらせていたにも関わらず、間髪入れないナイルの反発に思わず舌打ちをするベティに、監視でついていた憲兵から注意が入る。一言二言言われたことに対し、彼女は確かに「煩いな」と言っていた。
 今ここにいない、という発言でアルミンは異変に気付く。この特別兵法会議は調査兵団にとって大事な会議である。それなのに、調査兵団の幹部であるハイネがこの場所にいないことはおかしい。他の分隊長たちだって参加しているというのに。何故、いないのだろうか。そう思い彼はベティを見る。その瞳はやはりどこか虚だった。

「今回の件、私は直接見ていないから何とも言えないが、エレンが巨人をこの世の誰よりも憎んでいることは明白だし、好き好んで大切な人を傷付けるような子じゃないことは知ってる」
「昔のよしみで済まされる話じゃないんだぞ」

 ベティの発言を即座に突っぱねるナイルに、彼女は鼻で笑った。何がおかしい、と商会の人間から指摘されると、彼女は半笑いの表情で発言を続けた。

「じゃあ逆の立場だったらどうだ?例えば自分の家族や知り合いが、強盗に襲われたら…。なあ、ナイルお前には子どもがいたよな?その子どもが強盗に襲われ、妻は殺されたりでもしたら―――」

 饒舌に話すベティの表情は高圧的で、ここにいる全ての人間たちを圧倒させていた。そんな様子を見てリヴァイは大きくため息を吐いた。

「…アイツを参考人にしたのは間違いだったんじゃないか?」

 その問いはおそらく隣にいるエルヴィンに投げかけられたものだが、彼は何も言わずただベティの発言に集中していた。

「お前も、その強盗を殺そうと思うだろう?」
「…お前、自分が何を言っているのか、分かってるのか!?」
「悪いことをした奴にはそれ相応の報復があって当然だ。私は当時のエレンやミカサの行いは真っ当だと思うが?」
「真っ当だと?本気で言っているのか?」
「全く、この私の英知の全てをもって本気だ。それとも私のこの考え方も人間性を疑うか?だったらどうする?調査兵団員として相応しくないと、私を憲兵団の牢にぶち込むか?」
「…お前…っ」
「私はリヴァイに並ぶ人類最強の一翼だ。ハイネ分隊長が死んだ調査兵団で更に人類最強の一翼を欠くということは、お前らは全員巨人の餌になりたいという解釈でいいんだよな?」

 そこまで言い切るとベティは大きく深呼吸をした。ナイルを始めとした憲兵団は、彼女の持論に到底理解できないという表情だった。
 それとは別にアルミンは先ほどからの違和感がようやく分かった。エレンやミカサもその事実に驚きを隠さないでいる。

「…ベティさん、ハイネさんが、死んだって…」

 大きく瞳を開いたエレンがベティを捉えていた。彼女はエレンを見ると、一瞬だけ表情を曇らせた。すると、悲しみの空気を切り裂くように「そもそも」と商会の男が声を上げる。

「この女を呼んだのは間違いだったんじゃないのか?コイツは今上官への暴力罪でお勤め中なんだろ?そんな人間が何言ったって、このガキ共の人間性の証明にはならねぇだろ」
「間近で巨人と対面したことのない連中がほざいてんじゃねえよ」
「何だと!?」
「…ベティ」

 歯止めの効かなくなったベティの発言の数々は、リヴァイの制止によってようやく止まる。不服そうなベティだったが、彼女はリヴァイの顔に施されたいくつかの傷の手当てを見て、そっぽを向いてしまっていた。エレンらは憧れであったベティの見たことのない姿に、呆気に取られてしまっていた。
 審議所が静けさを取り戻した後、やがて口を開いたのはナイルだった。

「本件とは逸れますが、ベティ・シュタインフェルトについて、彼女の出身は地下街であることしか明かされていないようですが、我々憲兵団は彼女についてある事実を突き止めました」
「おい、待て」

 明らかに変わった声色にそれぞれが怪訝な顔をする。

「彼女は地下街が出身だと言っていますが、元はこの上界で暮らしていました。家庭的な理由で、地下に移ったようですが、その際実の母、姉と生き別れたようです」
「…ナイル、やめろ」
「その姉の名前は我々も驚愕する事実でした」
「やめろっつってんだろ!」
「いい加減にしろ、いくら調査兵団の幹部でも、ただじゃ済まないぞ!」

 彼女は憲兵にそう脅されても、ナイルの言葉の続きを必死に止めようとしていた。その様子は幾許もの月日を共にしたリヴァイやハンジらも目を見開く程であり、憧れの調査兵団員として話を聞かせてもらっていたエレンたちにとっても、初めて見るものだった。

「彼女の姉は、今まさにこの審議の渦中にある」
「ナイル…やめろ!頼む!」
「…――エレン・イェーガーの母、カルラ・イェーガーです」
「……っ、」

 およそここにいる誰にも想像がつかなかった展開に、一番困惑していたのはもちろん当人のエレンであった。
 ナイルは更に「家庭環境は複雑で、カルラ夫人とは異父姉妹であったようです」と付け足していた。

「は…?何だよ、それ」
「………ッ」
「なあ、今の本当なのかよ、ベティさん!てか、何で言ってくれなかっ…」
「おいおい、ちょっと待てよ。だったらこの女も、何か隠してんじゃねぇのか?」
「はあ?」
「そうだ…コイツの得体の知れねぇ強さも、このガキの巨人の能力から来てるとすれば…」
「コイツの親族ってんなら、あり得ん話じゃねぇだろ」

 商会の人間たちはここぞとばかりに、ベティをも巨人側の人間だと決めつけ話を膨らませていく。
 その時、微かに聞こえた笑い声が、やがて大きくなっていく頃には、その笑いの主がベティであることは明確だった。彼女は天を仰ぐように笑っていた。そんな様子を見て「ついに壊れたか?」と言う憲兵の声を無視してひとしきり笑うと、ベティは顔を上げたまま言った。

「私の強さがエレンの巨人由来だったら、リヴァイもそうなんじゃないか?」
「…何、言って…」
「だったら私も、エレンも、リヴァイも、皆家族だなァ」
「おい、コイツ頭イカれちまったのか?」

 突然呟くベティの言葉の数々に、憲兵や商会の人間たちは困惑していた。そしてそれはエレンや調査兵団たちにも同じことだった。
 リヴァイは壊れたように呟くベティを見て眉を顰める。魂が抜けていってしまったようなその表情を、リヴァイはつい最近目の当たりにしていた。大きくため息を吐く。

「馬鹿野郎が。自分がここに来た理由を少しは考えろ」

 小声でそう言ったリヴァイは、今回も聞き流されると思っていた。

「アイツは脆くて純粋だな」

 頭の上から降ってきた言葉にリヴァイには、押し殺していた感情が駆け巡る。その言葉に、彼はエルヴィンはベティがこのことを隠したがっていたことを知っていた。そしておそらく隠したがる理由すらも。その全てを知っておいて、敢えてこの審議に出させた。
 昔、刃の矛先をエルヴィンに向けた時の感情が拭えなかった。

「ちょっと待ってください!いくらなんでもそれはアンタらの勝手なこじつけだ!ベティさんはそんな人じゃない!」

 そう吠えたのはエレンだった。彼は彼の見てきた事実だけを胸に、一生懸命に吠えていた。今は人を庇っている状況では無いというのに。

「わしもエレンに同意だな。彼女はハイネの直属の部下じゃ。あのハイネがそんなことを見抜けん人間じゃとは思えん。同期の君にはそう思えぬか、ドーク師団長?」
「しかし…確かめようにも彼はもう…」
「……エルヴィン、私をここへ呼んだのは逆効果だったんじゃないか」
「そんなことはない。あと一つだけ良いか」

 おそらくエルヴィンはベティの出生について知っていた。ここで新たに浮き出たエレンとベティの微かな血縁関係を、悪く捉えるわけではなく、むしろ逆手に取ろうとすら考えていたのだ。エレンと血の繋がりのあるベティを既に調査兵団へ入団させていることは、エレンを調査兵団へ引き渡す為の促進剤となるだろう。
 恐らく調査兵団幹部にはエルヴィンのこの考えが読み取れた。だからであろう。こんな形で露呈してしまった彼女の出生を知り、少なからずリヴァイは怒りを覚えたのであった。

「叔母に当たるお前から見て、エレンは我々に危害を及ぼすと思うか?」

 ベティは自身を見ているエレンの顔をじっと見つめる。改めてそう言われると、確かに少し顔が似ているような気がしないこともなかった。そう思うとベティは、この場には似付かわしくない笑みを浮かべてしまう。

「エレンの力は、我々人類を夜明けへと導いてくれるものだ」

 今こそは、と胸を張って意見を述べるベティは、どこか誇らしげであったが、その瞳は悲しさを孕んでいた。

 ベティはその直後にすぐ審議所から出された。その後、やはり二転三転した審議だったが、エレンは調査兵団預かりとなった。そしてリヴァイ班配属となったエレンの審議は、次の壁外調査での成果を条件に、幕を閉じた。

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