ラストオーダーにデザートとそれに合う酒を飲み、食欲を満たす。会計を終え、店を出れば生温い風が頬を撫でる。アルコールで火照った身体には心地よい。ぐぐーっと身体を伸ばした蘭丸は帰路につこうとするネビロスの後ろを歩く。
角を隠すためにフードで頭をすっぽりと隠しているから残念だとか。同じ性別の身体なのに自分より一回り大きく見える背中に意識してしまうとか。少しづつ離れていく距離が寂しいとか。次会う約束をどうやってとりつけようかとか。一緒にいられる残りわずかの時間の会話を探っていると、酔いが回って足取り覚束無い背の高い女がネビロスのぶつかる。
「あっ、ごめんなさ……わっ、見て! ちょーイケメン!」
「その後ろにいる子も超可愛いーっ」
「おいこら、そこの酔っ払いたち。人様にぶつかるだけでなく絡もうとするな」
「そこのイケメンなお兄さんと可愛いお兄さーん。よかったら私たちと二次会しなぁい?」
「タイプの違う美形2人と二次会とか最高じゃんねえ」
「人の話聞け。酔っ払いの逆ナンほどうざいものないんだから帰るよ」
「やーん、ふうちゃんってばつーめーたーいー」
「そんなに冷たいと相月様に言いつけちゃうぞっ」
「言いつけたいのはこっちなんだけど。はあ、うちの酔っ払いがご迷惑をおかけしてすみません」
ぶつかった女はネビロスに謝りながら離れようとする。だが、ピンヒールの靴が安定したバランスをとることは難しくよろめく。後ろに転倒する前にネビロスが腕をとり支える。その拍子にネビロスの顔をしっかりと見た女は目を輝かせて黄色い悲鳴をあげる。その声を聞きつけたのだろう。連れであろう2人が寄ってくる。
3人のうち2人はそれぞれネビロスと蘭丸が好みだったのか、アルコールが回って赤らんだ頬や潤んだ瞳を向けて夜の誘いをする。3人の中で1番若いのであろう女はそんな2人に辟易とした様子で謝罪をする。早々と2人を連れ帰ろうと首根っこを掴むも肉食女子は強し。離れるどころか距離をつめ、べたべたと触り出す。
「きゃーっ、身体超逞しい! 顔も身体もイケメンとかやばくない?」
「ん、そうか?」
「うわ、腰ほっそ。それで肌もすっべすべ! 触り心地良さそうだねー」
「ひぁ、っ。ちょっとくすぐったいからやめてって……んっ」
「めっちゃやばいって。え、二次会は居酒屋じゃなくてホテルに行かない?」
「は? 何言ってんの」
「ふうちゃんも混ざる? 5Pとかもはや乱交じゃん」
「彼氏一筋なので結構です。そんなことになるなら私帰るから」
「見るからに普通そうなあの彼氏くん? わっかるわぁ、日々刺激的なカジノで働いているとああいう胃に優しい子が本命になるよねぇ」
「二日酔いでしんどいときの味噌汁的な? そう考えるとイケメンのお兄さんはウイスキーで可愛いお兄さんはカクテルって感じだよねーっ」
女のように細い腰周りを掴まれ、びくりと身体を震わせる蘭丸。その反応は肉食女子の心をくすぐったのだろう。白く滑らかな頬に手を添え、するすると撫でる。面倒臭い酔っ払いに絡まれてしまったと思いつつ、ゲイビ男優しかも受け専門という仕事柄こういうセクハラ同然のスキンシップをとられることも少なくはない。ここは穏便に流そうと心を無にしようとする。けれど、もう1人の女がネビロスの腕や胸をべたべたと触っているのを見てもやもやと胸の内に黒い蟠りが膨らむ。
普段なら、ネビロスの性質上そういうことが食事になるのだからと自分に言い聞かせて見送っていた。片思い相手が他の女と夜の街に消えることを快く思える者はいないだろう、寝盗られ趣味があるなら話は別だが。しかし、ネビロスにとっては大事な食事。それを邪魔するようなことをすれば面倒臭いと思われ、少しずつ距離を置くようにしてやっとの思いで繋いだ縁を切ることだろう。そうなるくらいならと。友人としてこうして酒を一緒に飲んで他愛のない時間すら過ごせる関係でなくなるのなら。自分の中に沸き上がる感情を見て見ぬふりして笑ってネビロスを見送るようにしていた。
だから、こういう行動をとるのは初めてのことだった。酔っ払って質の悪い逆ナンをする2人の女ほどではないが酔いが回ってきつく張っていた理性がたわんだのか。それとも可愛らしい表情を浮かべて好きな人のことを話すラットを羨ましいと思ってしまったからか。
「…………め」
「どうした?」
「……だめ」
ネビロスの服を摘まみ、くいっと引っ張る。蘭丸の珍しい行動を不思議に思ったネビロスは振り返る。紅色の瞳に不安げな表情を浮かべた蘭丸の顔が浮かぶ。何度見ても綺麗な瞳だなとどこか他人事のように思いながら、ネビロスの首にするりと腕を回し唇を重ねる。公衆の面前で、しかも誘惑する女の前で蘭丸がこのような行動をとるのは予想外であった。目を丸め、抵抗するわけでもなくそれを受け入れる。引き剥がされるわけでも、嫌な顔を浮かべられるわけでもないことに蘭丸は安心する。
驚きから薄らと開いたままの唇にぬるりと舌を差し込む。条件反射のようにその舌を受け入れ、絡めとる。遠くからひゅうと口笛を吹いて冷やかす声が聞こえる。その音は舌が絡み合う水音で遮られ、蘭丸の耳には届かない。長く感じるが実際は数十秒にも満たない短い時間だった。ほんの少し息を荒くし、アルコールが回ったときとはまた別の火照りを身体に帯ながらネビロスの胸にこてりと頭を預ける。
「……こういうことだからだめ」
目の前で交わされる口付けに息を呑み、固まる3人の女に向けて言い放つ。これ以上何か言われる前にと蘭丸はネビロスの手を引っ張って歩き出す。しばらくの間、2人の間には沈黙が流れる。日付けを超えても店を開いている居酒屋の客引き。酔っ払いの怒号。宴会帰りの賑やかな声。それらを聞いているうちに蘭丸の思考がクリアになっていく。それと同時にこの状況、どうしようと冷や汗が伝う。いっこうに振り返る様子も声をあげる様子もない蘭丸の背中にネビロスの視線が突き刺さる。それに気付いていることもあり、蘭丸は思考をぐるぐると回して必死に打開策を考える。そして、ふっと思いつく。
「こっから先、目を瞑ってて」
「どうしたんだ、急に」
「いいから。ぶつからないようにちゃんと手を引くから」
「? 分かったが……」
くるりと振り返り、恥ずかしさから目を合わせることができない蘭丸はネビロスの額に焦点を合わせる。意図の読めない突発的な提案。きょとりとしたネビロスは首を傾げる。蘭丸は質問に答えることをせず、有無を言わせない勢いでもう一度目を瞑るように言う。押し負けたネビロスは変わらずクエスチョンマークを頭上に浮かべながらも言われた通り目を瞑る。手を繋ぎ、人にぶつからないように進んでいく。しばらくすると人気のない駐輪場に到着する。一度足を止め、駐輪場を見渡す。探し物が目につき、そこに向かう。
「ここ、跨って」
「なあ、まだ目は瞑ってるのか?」
「うん、瞑っているの。はい、これ被って」
「ん。なんだか重たいが」
「腕伸ばしてー、ちゃんと掴まっててね」
目を瞑ったまま、蘭丸の指示に従う。すっぽりと頭を覆う硬いものを被らされたあたりでじわじわと嫌な予感がする。蘭丸の細い腰に腕を回したあたりでなんとなく察するが、時既に遅し。蘭丸は尻ポケットの中にいれていた鍵を挿し込み、ぐっと回す。同時にエンジン音が駐輪場に響く。ぎょっとしたネビロスは目を開け、蘭丸に声をかける。
「待て、さっきまで酒を飲んでたよな!?」
「みずタイプポケモンがアルコールで酔うわけないじゃん。大丈夫大丈夫、ジュンサーと追いかけっこすることになってもそれはそれで楽しいものだよ」
「何1つとして大丈夫じゃないぞ、それ」
「それじゃあしゅっぱーつ」
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