見つけた絵本の中身

「あはは! 慣れない我慢を重ね続けた結果、体調不良と嫉妬で理性飛ばして地雷踏むとかどんなガキだよ! だから素直に休んどけつったのに!」

 と、大泣きしながら帰宅し、ノヴァに事の経緯を話したら大爆笑されたのが数ヶ月前のこと。その笑い声は痛む頭に響くわ、ささくれだった心を抉ってくるわで最悪だった。そして熱は38度後半あった。そりゃあ身体も重いし、気持ちのコントロールもできないわけだ。 だからといって先生に投げつけた言葉は許されるわけがない。結果、合わせる顔もなく今日に至るまで1度も先生のところに遊びにいけてなかった。寂しい。

「退屈だなあ」

 思えば先生に出会ってから週一ペースで通っていた気がする。さすがに自分の繁忙期のときは避けていたけれど、それ以外のときは熱心に足を運んでいたなあ。それを理由に仕事をため込むとノヴァが煩いので、依頼を受けたらすぐに片付けるようにして先生のところに行く時間を確保するようにしていたんだっけ。と、既に懐かしい記憶となりつつある。胸がぎゅっと苦しくなってきた。
 そしてその仕事を早く済ませることは癖になっていたようで、時間が有り余ってしまった。最初の頃は部屋の掃除とか余った時間を家事に回し、途中から料理に精をいれるようになり、それから風月ちゃんとか麗月とか連れ回したりして、「しつこい!」と叱られてからは控えてみたり。つまりやることがなくなった、暇潰しをやりつくしてしまった。

「……あ。今日、先生の新作発売日だ」

 合わせる顔がなくて家に行けなくなったけれど、情報だけはきちんとチェックしていた。最初は先生に近づくための口実にしていたけれど、今じゃ本当に先生の絵本が大好きだから作品だけは読みたいと思ったのだ。嫌われて、友達ですらないと思われても当然なこと言ったし、せめてファンとして離れたところで応援したいと……あ、どうしよう。あんなこと言っちゃったから本当に軽蔑されて冷めた目を向けられるところ想像したら泣けてきた。
 涙をこらえるためにぐっと上を向く。青空がどこまでも広がり、太陽が眩しすぎるくらい照っているのが憎らしい。

「先生の新作は、っと」

 近場の書店に辿り着くなり絵本コーナーに行って入荷商品を探す。お目当てのものが見つかるのにそう時間はかからなかった。人が触れたものを買うのは嫌なので、積まれた絵本を下の方からとる。それからレジの方に向かいつつ、今回はどんなお話なんだろうと、数ページめくり……そして足をとめた。

「あれ、これって」

 目を奪ったのは黄、黒、赤の組み合わせの色。この色はあの日先生が使っていたものだ。そうか、先生はこの絵本のために練習していたことに気付く。が、僕が足を止めた理由はそこじゃない。あの時はこの色の組み合わせが何なのか知らなかったけれど、これは……と、その内容が信じられず目を丸める。そして、そっと自分の項に触れた。

「……うろこ」

 でも、そうするとこの絵本は。
 そこまで思い至った僕はいてもたってもいられず、会計を済ませるなり書店を飛び出して近くの公園で絵本を広げることにした。


* * * * *

 絵本の内容を要約すると以下の通り。
 皮膚に鱗のついた男の子が主人公の物語。周囲の者はその鱗を気味が悪いと否定的で、鱗の持ち主もひどく嫌われていた。だが、1人の子との出会いでその見方は変わることになる。その子は唯一鱗をもった男の子に「きれい、ずっと見ていたい」という言葉を投げかけた。それをきっかけに少しずつ鱗の男の子をきれいと言う人が増えていった。

「あ、それマキ先生の新作だ」
「うわあ?!」

 ああ、この話の男の子はまるで……。と、読み終えてベンチの背もたれに体重をかけたとき、緑髪を揺らした頭がにゅっと現れた。突然、気配もなく背後からの出現にさすがの僕も声をあげてベンチから転がり落ちそうになる。落ちる寸前に「おっと。大丈夫?」と、彼女の影から伸びた手が僕の身体を支えた。

「あ、んた」
「アローラ! 貴方、数ヶ月前にも書店であったよね。とっても可愛い子に睨まれちゃったなあって覚えてたの」

 喋り方は意気揚々、にこりと愛らしい笑みが浮かんでいそうなものだった。しかし、実際に喋る彼女の表情は眉1つ動かない無表情。しかし、僕にとっては表情の変化の乏しさなんて些細な問題であった。それよりも問題なのは目の前にいるこの人。彼女は書店で先生と一緒にいた同業者だ。
 どうして、突然。声をかけられた動揺に第一声に悩んでいると彼女は「ふーん、なるほど」と、僕のことをまじまじと観察してきた。

「その絵本、結局誰のために描いたんだろうとずっと考えてたけど……貴方かあ」
「え、何が」
「ふふ。同業者とあまり関りのなさそうなマキ先生が、それこそほとんど同業者との関りを経っている私にわざわざ色の出し方を聞いてくるくらいだからね。ほら、ここのページ」

 ぱらりと、探す間もなく一度でお目当てのページを開いて見せた。それは最初、僕が書店で立ち読みしたときに目を奪われたシーン。おさかなの男の子が幸せそうに微笑み、身体の鱗がとても美しく描かれているところ。

「それは気味が悪いものではなく綺麗なものなんだと知ってほしい奴がいる」
「っ、」
「なあんていうことは、直接本人に聞いた方がいいだろうから私は何も言ってなかったってことにしてね」

 彼女はたてた人差し指を唇にあてて「しーっ」と、ほんの少しだけ口角をあげる。何も言ってないと言われても、聞いてしまった僕は察するほかなかった。
 ああ、やっぱり。先生、この絵本に描かれているのは僕の鱗じゃないか。だとしたらこのさかなのおとこのこは僕、ということになる。……あの時はまだこの色を出す練習をしていた段階だったじゃないか。だとすれば、この絵本を描いたのは僕が先生を怒らせた後の話しになる。どうして、という呟きは動揺で上手く声にならなかった。

「先生のとこ、いかなきゃ……っ」

 いかなきゃ、というよりも会いたい。が正しい。彼女が何かを言いかけていたけれども、それを聞いている時間も惜しくて、立ち上がる。そんないてもたってもいられない僕の姿を見て、くすくすと笑い声をあげていた。笑っているけれど、やはり表情の変化が乏しいのは少し不気味だが……おそらく彼女はゴーストタイプを有した種族なのだろう。その不気味さもご愛敬としておく。

「その、確認しておきたいんだけどさ。きみは先生と」
「あ、私の彼氏はネコ科じゃなくてイヌ科なので」

 食い気味に否定されてほっと安心した。何度そんなはずはないだろうと考えを振り払っても、話しのテンポも職も合う女性が身近にいるならもしかしてというものがついて回って不安で仕方がなかったのだ。それも本人の口から否定されたことで安心感に繋がる。

「ありがとう。次会ったとき、何かお礼するね」
「機会があればぜひ」

 絵本をぎゅっと抱きしめてから先生の家の方面へ歩き始める。一歩、二歩と歩む速度は徐々に早まっていき、気付いた時には駆けだしていた。





「園香ちゃん、急にいなくなったと思ったら公園で何してたの?」
「恋に悩める女の子の背中を押してたの」
「恋のキューピット的な?」
「そうそう。あ、アサヒくん。次あっちの画材屋さん行きたい」
「今日はよく買い物するね」
「つーちゃんがいつもにも増して気合い入れてるから私も頑張ろうかなって」
「そっかあ」


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