心の溝は布団で埋めて

 と、いうやり取りをして、そろそろ季節が1周しようとしている。
 最初こそ、迷惑は一切かけたくないからと言って部屋の隅に蹲って夜が明けるのを待っていたpuÅであったが、年月が経つと慣れてくるらしい。

「……何がどうしたのか」

 いつものように部屋の隅で蹲っていたはず。最初の頃と違うのは「身体が資本なのに冷やすのはよくないでしょ」と、差し出された毛布を素直に受け取ったことで。ではなぜ今、こうして布団の中に潜り込んでいるのか。しかも、男に抱き着く形で。
 首を傾げる。数秒悩む。静かな寝息をたてている空木の顔をじいっと観察する。目元と頬に当てられた手をチラ見する。溜め息を1つ吐いて、元の場所に戻ろうかと布団から足を出すが、思わぬ寒さに引っ込める。

「さむい」

 事態を理解した。毛布だけでは寒さが凌げず、本能的に温もりを求めてここにきたのだろう。
 寒さに弱いのは自覚していたが、まさかここまでとは。と、自身の行動が恨めしく先程よりも深い溜め息が零れる。仕方がないからもう少しここにいて、日が昇ったら出よう。彼が起きる前に動けばセーフだろう。などと考えて、一瞬布団から出しただけで冷えた足を温めるように空木の足に絡めた。

「つめたっ」
「…………ねえ」
「あ、しまった」
「いつから起きてたの」

 顔に、一目見れば泣き腫らしたことが明らかな目元と殴られた痕が残る頬に手を添えられていた時点で自分が布団に潜り込んでから空木が一度は起きたのであろうことは予想していたが。まさか今も起きてるなんて思わず、狸寝入りをしていた空木をじとっと睨む。
 突き刺すような視線に耐えれず、瞼で隠していた夕焼けのような瞳を露わにする。そして、困ったように笑い「冷たい身体で潜ってきたときかな」と。puÅに似合わない皺を作る眉間を解す。

「だったら起こしてくれたらいいのに。このベッドで2人は狭いし、休まらないでしょ」
「さすがに凍えた身体を追い出すとか酷いことはしないからな」
「お人好し」
「そりゃどうも」

 お人好しな一面に付け込んで、この1年間あの悪魔のような兄から逃げるためにこの家に匿っている私も私だが。どう見ても訳ありなのに理由も聞かず毎度泊めてくれる彼も彼だ。と、考えていたpuÅは他人に、それも男にそこまで頼っていることが悔しくなり、腹癒せに「てい」と。掛け声をあげて、冷えた手を空木の服の中に滑り込ませ、腰に腕を回す。
 ひんやりとした寒気は空木の全身を駆け回り、「それは凶器だぞ」と。身体を強張らせ、仕返しとでも言うように両手でもっちりとした頬を挟み、むにむにと押す。

「これだけ温かければ、寝ぼけて潜り込みたくもなるかも」
「キュワワーってくさタイプだったか?」
「はなつみポケモンとまで言われるのに実はフェアリーだけだよ」
「そのわりには効果抜群並みに寒さに弱いよな」
「冷えは女の子の天敵だからね」
「それでよく部屋の隅で蹲って寝ようとしたな」

 布団の中に潜ってきて1、2時間は経過しているはずだが未だ冷える頬を包む。日頃は仕事意識の塊のようなpuÅは途端に自分のことを疎かにのはどうにかならないものか。求めてるのは逃げ場であり、それ以上もそれ以下もいらないし、迷惑をかけるつもりもないの一点張り。最初の頃は髪の毛1本すら残さずにいたくらいだ。本人が放っておいてくれていいと言うのだから踏み込むつもりもないのだが、さすがに泊まっている最中に風邪を引かれたら気になる。
 そこまで考えた空木は、蓮実ならともかく俺に言われても意地を張って頷かないのだろうと結論づけて思考を放棄する。せめて、珍しく布団に潜るってきたpuÅを温めるかと思い、頬から手を離し、成人男性の手の形をした痣を残す首元に手の甲をあてる。
 触れられて痛がる様子こそないが、反射的に身体を強張らせるため、拒絶の罵倒でも飛んでくるかと身構える。しかし、予想とは異なる反応をpuÅはする。

「……熱を下げるときに使う冷えピタの逆バージョンみたい」
「ああ、あれって額に貼っても意味無いらしいな」
「太い血管を通して血液を冷やすことで体温を下げるんだって。体温イコール血液の温度みたいな話を誰かしてた気がする」
「じゃあ首元を温めるのは間違いではないのか」
「そうだねー」

 などという会話を繰り返した後、puÅは観察するように空木の顔をじっと見る。なんだ? と聞くように首を傾げると、puÅは目を細めて首元に当てられた手の甲に擦り寄ったのだ。

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