幸せが降る夜に

 それはないだの可哀想だのと好き放題を言われて拗ねた初陽は3匹に向かってクッションを投げつける。当然、宙に表出された映像はすり抜けるだけで3匹にダメージは一切ない。それどころか、カラカラと笑われてしまい初陽が恥ずかしくなるだけであった。もう知らないと声をあげてカメラから背を向け、しばらくしてから笑い声をあげる。
 それからも楽しくじゃれるような会話を弾ませていると、コツンと窓に小石が当たったような音が聞こえてくる。身体を起こし、窓に目を向け数秒。再びコツンと音が鳴る。不思議に思って窓に近寄るが、見えるのは風で揺れる木の枝のみ。窓を開き、外を覗き込む。

「……気のせい?」
「じゃないんだよな」
「え……あ、ちょ、ちょっと待って!?」

 馴染み深い声が鼓膜を震わす。窓から音がして、外から聞こえてきた。それだけで状況を把握できた初陽は慌てて窓から離れる。直後、窓から人影が飛び込む。深い緑の髪を尻尾のように靡かせ、チリッとシルバーネックレスの擦れる音をたてて。
 よく見るまでもなく誰だか分かる。しかし、何故ここにいるのかが分からない。大方の予想はついているが、それにしてもと頭を押さえて溜め息を吐く。

「臣。今日はお休みのはずよ」
「休みだから」
「家族や友人や恋人とすごすべきと言ったわよね」
「恋人いないのはご存じのこと。前日の夜に休みを言い渡されてこんな日に一緒に過ごせる友人とか探す方が面倒だろ」
「……ご家族とは? お兄様がいらっしゃるでしょうが」
「年頃の男兄弟はクリスマスを一緒に過ごすとかめったにないからな」
「…………大切な人と過ごすものとも言ったはずよ?」
「だからここに来たんだろ」

 あ、これ何を言っても首を横に振られるやつだ。少しの会話で察した初陽は冷たい風が吹き込む窓を閉め、暖房をつける。少し窓を開けただけで身体が冷えるのだから、外にいた臣はもっと寒い思いをしたであろう。できるだけ部屋から出ずに済むようにと部屋に隠し持っている冷蔵庫から水を取り出し、電気ポッドでお湯を沸かし始める。
 緑茶。珈琲。紅茶。ココア。その他諸々。さて、どれをいれようかしらと缶箱に詰め込んだ茶葉や粉末を見比べる。しばらく悩んでから、日頃の疲れを労うという気持ちを込めて取っておきの茶葉を使うことにする。

「仕事中毒な従者も考えものね」
「分かってて言ってるだろ」
「……一応聞いておくけれど、何の用でせっかくのお休みにここに来たの?」
「休みの日でもはつの隣にいるのは今更だし、休みなら無礼講も許されるだろ?」

 にんまりと笑い、白い袋から取り出される一瓶。緑の瓶に金色のラベル。少しお高めそうなものだ。いったい何を持ってきたのかしらと興味を抱いた初陽は紅茶を淹れ終え、テーブルに並べながら瓶のラベルの文字を読む。そして、「悪い子ね」と。苦笑を浮かべる。
 まだあるぞ、と臣が続けて出すのは白い箱。開けば砂糖菓子で作られたサンタクロースとトナカイが乗ったブッシュドノエル。クリスマスを満喫するのに欠かせない品物に初陽は心を躍らせる。

「シャンパンにケーキなんてクリスマスを祝うしかないじゃない!」
「そりゃあ、クリスマスを満喫しろと言い渡された休みだしなあ」
「私、未成年なのに」
「ばれなきゃ不問だろ。それに酒は20歳からなんて人間の基準だしなあ」

 椅子に座り、初陽が淹れた紅茶を口にする。じんわりと身体の芯から温まるような感覚にほっと一息をつき、脱力をする。ここまで気を緩めた姿を見れば初陽はこれ以上のお小言を言う気にもなれず、向かいに座って同じように紅茶を口にする。
 はて、このシャンパンを注げるようなグラスは部屋にあったかしら? と。首を傾げて考えていると、臣はそこは抜かりないと再び白い袋に手を入れ、背の高いグラスを2つ取り出す。

「ふふっ。まるでサンタクロースみたいね」
「緑色のサンタクロースとかいないだろ」
「私専用の特別なサンタクロースなのでは?」

 自分本位な理由で休みを言い渡しておきながら、なんて我儘なことを言っているのだろうと自分自身に呆れる。しかし、浮かれないなんて難しい乙女心もある。特別な思いを抱いている相手に、休みだからここにきた。大切な人ととか言われたからここにきた。そう言われてしまえば開き直ってこういうことも言いたくなる。
 そんな思考を表情に出さないようにポーカーフェイスを保ちつつ、紅茶を飲み干していそいそとグラスにシャンパンを注ぐ臣をチラ見する。ぱちりと目が合えば首を傾げられるが、ふるりと首を横に振り、なんでもないと笑って誤魔化した。

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