赤い花は日常に溶け込む

「リハビリ終わって疲れてるでしょ。横になれば」
「せっかくひなちゃんが来てくれたのに寝るのはもったいないよ」
「体力もやしが何言ってるの」
「そうだけど……」

 みるみるうちに表情が沈む。しゅんと上目で遣いで紅葉を見つめる。まるで捨てポチエナのような姿に折れるしかなく、「看護師に怒られるから内緒ね」と。翼を広げる。
くすんだ赤い翼を目の前にしたみのりは目を輝かせ、床頭台の引き出しからタオルやブラシを出す。

「ひなちゃんの翼は外の匂いがするんだあ」
「外にいたからね」
「お花の冠も貰ってたもんね」
「ここの人たち、貢ぎ癖でもあるの」
「んー。ひなちゃんにお供えすると元気になって退院できるとかいう噂が流れてるからかな?」
「は、何それ」

 ぞっとした。そう言って嫌そうに身震いをする。当然、翼もバサッと震えるため、みのりの顔にあたる。「わぷっ」なんて驚いた声をあげ、抜けた羽が鼻をくすぐったのか、それとも翼に付着していた砂埃が気管支を刺激したのか咳込んでいた。しまった。慌てた紅葉は手入れはおしまいとでも言うように翼をしまい、咳込むみのりの背中をさする。
 咳込み、合間合間にする息継ぎでヒュー。ヒュー。と、苦し気な喘鳴が響く。どうしようと狼狽えているうちに看護師が病室に入ってくる。そうだ。人差し指に巻いているテープでpO2、とかいう数値をモニタリングしているんだ。それがあるからナースステーションからも分かるのだとか。そういう話を何度めかのお見舞いでお喋りな看護師が話していた気がする。
 みのりを寝かしつけ、ベッドの頭部分をあげて。経鼻カヌラから酸素マスクに変更し、投与する酸素量も増やし。そういった処置をぼんやりと眺めていると、終えた頃に看護師から「みのりさんにお願いされても翼出しちゃ駄目ですよ」と、説教を受ける。リップの説教を聞き流す紅葉もこれは真面目に聞くようで、看護師が去ったあと落ち込んだ表情を隠すようにみのりの肩に頭を押し付ける。

「僕がわがまま言ったから怒られちゃったね。ごめんね」
「……別に気にしてない」
「今日は体調いいからって調子に乗っちゃった」
「そういう油断が命取りだって。中庭で遊んでる子どもでも分かるでしょ」
「あはは。入院が長い子たちってしっかりしてるもんねえ」

 ぐりぐりと頭を押し付け、唸る。こんなんじゃ中庭で花を見るなんてことできないじゃん。出かかった言葉はきっとみのりを困らせるだけだと紅葉でも分かるので飲み込む。代わりに「翼の手入れしたいならもう少し丈夫になって」と。
 それを皮切りに、ぽつぽつと会話を始める。子どもから受け取った花冠を見ては中庭にどんな花が咲いていたか。最近は暑くて空を飛ぶと太陽に焼かれそう。雨の音が心地良いと。そんな会話の最中に紅葉がお腹が空いたというのでバスケットの中に入っているパンを千切り、みのりが食べさせる。そこでふと、バスケットの中にはいっている一冊の本に目を向ける。


「そういえば、お花と一緒に持ってきた本ってなあに?」
「……赤ずきん。読んでもらおうと思って」
「読み聞かせ?」
「僕、あまり字が読めないから教えてもらおうと思って。キミならのんびり教えてくれそう」
「あれ、そうなの?」
「正確には文章を読むのが苦手。野生のポケモンなんてそんなものでしょ。学習する機会も必要性もないから」

 言葉は知っているから会話はできる。けれど、その文字がその言葉を示しているのだとは分からない。文章になると文字のパターンが複雑になって更に理解ができない。そう語る紅葉にみのりは少し困ったよう眉を下げる。
 そうか、紅葉さんは文章が読めないのか。紅葉が来る前に片付けた物を浮かべ、棚をチラ見する。少し残念な気持ちでいると、「それがさっきバレて、帰ったら怒られそうだから。先に教えて」と。

「そっかあ。うん、いいよ。一緒にお勉強しようね」
「何嬉しそうな顔してるの。なんか腹立つ」
「ひなちゃんといろいろなことできるの嬉しいなあと思って」
「何それ。本当単純。馬鹿じゃないの」

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