スムーズすぎる程進んでいた撮影はあの休憩を挟んだのち、徐々に減速していった。モデルの2人は仕事にストイックゆえ、あのやり取りをした直後だろうと顔にも仕草にも出さず完璧な仕上がりを見せたのだが。スタッフの方が妙な緊張を走らせ、身を強張らせていたのだ。そんな神経すり減るような撮影がようやく終え、解放感すら覚える者も少なくないだろう。
「お疲れ様でしたぁ。お先に楽屋に戻りますね〜」
ただ1人、puÅだけは妙に上機嫌であった。軽い足取りでスタジオから出る背に刺々しい視線を向ける者も何人か。見事にヘイトを集めていた。その視線を気に留めることなく楽屋についたpuÅは崩れ落ちるしゃがみこみ力なく小さな声をあげる。
「嫌われるためとはいえ、的確に嫌がるような事を言うのしんどい。一目惚れすること間違いなしな子に嫌われるようなことするのしんっどい!」
蓮実は簡単に他人を嫌わないであろうことは簡単に察せた。恐らく、自分に向けられる敵意や悪意くらいでは揺るがないタイプなのだろう。そういう者が1番嫌がる方法をpuÅは知っていた。
そう、それは身内に害されること。そして空木という男性俳優が蓮実と親しいことも知っていた。知らないわけがない。男女の性差なんてないかのように親しいモデルと俳優としてこの2人はよく目立つのだ。男女の友情なんて成立するわけがない。いつか絶対瓦解するもの。幼い頃からそう確信しているpuÅにとって蓮実と空木は衝撃を与えるものだったのだ。もしも、蓮実がpuÅの好みから外れていたとしても、いずれは2人のことを知って意識せざる得なかったであろう。だからこそ、その関係を邪推でつつくことが地雷になると容易に思いついた。
「あー、泣きそう」
「そこまで落ち込むならどうしてあんなこと言ったの?」
「本気で嫌われる必要があるからだよ。嫌われさえすれば仕事以外での関わりは絶ってもらえるだろうし。……もっとも、私が避けていると察したらやんわりと距離を置いてくれそうなんだけど、念には念をいれておかないと」
「確かに距離を置かれているとは思ったけれど、嫌われたかったのはどうしてかな?」
「そりゃあ、もちろん──」
はて、私は今誰と会話をしているのだろう。わざとらしく首を傾げてみる。が、答えを導き出すのに数秒もかからない。1人しかいないはずの楽屋でなぜか会話が成立しているという事実に気付いたと同時に理解してしまった。今まさに、思考の渦中にいる人物の声を記憶力の良いpuÅが違えるわけがないのだ。
ぎ、ぎ、ぎ。錆びれたブリキのようにぎこちなく振り返る。そこには少し気まずそうな、それでいて困ったような不思議そうな。そんな表情を浮かべた蓮実がいた。
「……っえ、あ、どうして、きゃっ」
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます」
驚きすぎて慌てて立ち上がる。感情と頭と身体がそれぞればらばらに動くものだから、その勢いのまま転倒しかける。これは絶対痛いやつだと目を瞑るもいっこうに衝撃はこず。お恐る恐ると目を開けば蓮実の顔が近くにあった。これは一体どういう状況だろうと把握に努める。
密着して感じる体温。puÅの腰に回った蓮実の腕。息遣いがよく聞こえる至近距離の顔。なるほど、転びかけたところを助けてもらったのか。ようやく理解できたところで、次は緊張が駆け巡る。なんて忙しい瞬間なのだろう。puÅは蓮実に気付かれぬよう、冷静になろうと浅く深呼吸をする。
「いつの間にいたのかな? 声かけてくれたらよかったのに」
「しんどいと連呼しているところから、かな? ノックも声かけも一応したけれど反応がなくて」
「そ、そう。……で、どうしてここに? チェックも全て済ませているから私の仕事もないし、私的な用がある関係でもないし」
「これ、忘れ物」
「あっ!」
差し出されたのはモクロー柄のカバーに覆われたスケジュール帳。休憩中に明日の予定を確認するために開き、モデルの仕事がない代わりにポケメアでバトルの予定があったことに現実逃避したまま置きっぱなしにしていたことを思い出す。
わざわざ申し訳ないなと思いながらお礼を言って頭を下げる。さて、用件が終わったのであれば早く出ていってほしい。そして触れないでほしい。そう強く念じるのだが、蓮実の足が扉に向かうことはなかった。
「ごめんね。立ち聞きするつもりではなかったんだ」
「今すぐ忘れて。即刻忘却をして」
「それは少し難しいかな」
「…………そういうの、疲れない?」
そっと手の甲でpuÅの頬に触れ、顔色が良くない女の子を忘れるのはね。なんて言う蓮実をじぃと見つめ、問いかける。突然の質問に首を傾げ、きょとりとした表情を浮かべている様子から、この人は善意と厚意と優しさの塊みたいな人なのだろうと今まで抱いていた印象の中に付け加える。
元の人柄だろう。身内に害をもたらす相手であれば容赦はしないが、対象が自分である限りは温厚で居続けやんわりと場を丸める。少数派だがときどきいるのだ。それを苦とも思わず、当たり前のようにやっていける人が。それはとてもすごいことだ。もしも自分がそういうことをしたらと少し想像しただけでどっぷりと疲れてしまう。
黙り込んで思考するpuÅを心配した蓮実は再度「大丈夫?」と、声をかける。「大丈夫だよ」と、答えてからpuÅは小さな小さな声で「前言撤回、作戦変更」と。何かを呟いたことだけは分かった蓮実は聞き返そうとするが、それよりも早く、puÅは顔をあげてにこにことした笑顔で蓮実に再び質問をする。
「蓮実さん、このあとお暇? 恋人といちゃいちゃデートも信者とのわいわいパーティもご友人との華やかな誕生会のご予定は?」
「え。特にないけれど」
「それは僥倖」
ふにゃりと頬を緩め、可愛らしくはにかむ。数時間前に浮かべていた悪意と好奇心をごちゃ混ぜにした笑顔とは全く違うもの。ころりころりと変わるpuÅの表情に目を奪われた蓮実は反応が遅れる。
するりと腕を組み、恋人のように指を絡めて手を握る。その身長差はおよそ20pほど。頭1つ分上にある蓮実の顔を見上げ、これはなかなか理想的な身長差だとpuÅは気分を良くする。数十分前まではどのようにして嫌われ、避けて通るかを考えていたというのに、我ながら呆れるほど切り替えが早い。自嘲気味に小さく笑ってから、戸惑う蓮実を誘導するように引っ張り、puÅは言う。
「じゃあ、私とデートしよ!」
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