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「あー……」
 し、仕事の終わりが見えない。私のメインの仕事は事務みたいな物で、他の人ように任務や調査で外に出る機会が少ない。単純作業でも溜まれば山となり。こういった作業をやってくれる人がいるからこそ、上の人達も働けるのだから褒められてもいいはず。むしろ有給くれても良いはず。


「なまえ―、適度に休憩挟んでやれよ」
 後ろから声を掛けられ振り返るとほれ、と袋に包まれたチョコを投げられ慌ててキャッチした。

「先輩!ありがとうございます、生き返ります!!」

 大きな声でいうと、元気だなと苦笑された。警視庁公安部所属の直属の私の上司である先輩は、大事な癒し要素である。髭が似合って、ちょっこと親父臭いけど、頭も切れてユニークだなんて上司としては最高である。先輩がいるからこそ、私はこの部署で働けるのである。

「先輩が戻ってくるのは3日振りですね、長期任務でも始まるのですか?」
「あーどうだろうな。どうも面倒なやつが日本にいるそうだしな」
「そうですか」

 おぉ、先輩が疲れた顔をしている。どうやら本当にすぐには終わらない面倒な事が起きているらしい。どうか神様仏様、私の先輩を長期任務に出さないで下さいこれ以上私のメンタルが削れたらどうしてくれる。
 ブブブ、と携帯が鳴り青いランプが点滅する。どうやら久しぶりに会った先輩ともゆっくり話は出来なそうであるジーザス!

「差し入れ冷蔵庫に入っているので食べて下さい、私外出てきます」
「おっ、サンキュ」

 乱暴に携帯を開いてすぐ閉じ、上着を着て出かける準備をする。傍で見ていた先輩が苦笑している。

「いつも悪いな、降谷のこと頼むぞ」
「……別に先輩に頼まれることではありません」

 何で先輩は私が降谷さんの所に行くと、そんなに嬉しそうなのかは未だに分からない。とりあえず降谷さんには先輩の爪の垢でも煎じて飲ませたい。




 部屋を出て、倉庫に向かいお目当ての資料を見つけ指定された場所に向かう。因みに資料の重さは段ボール1箱分、紙って何でこんなに重いのだろう。

「なまえちゃん、また降谷さんのお呼び出しか?荷物持とうか?」
「大丈夫ですよこの荷物届けるだけなので」

 廊下の先から比較的最近入ってきた同部署の先輩がやって来る。私の扱いは部署内では有名である。

「しかし降谷さんもひどいよなぁ、女性をパシらせるだから。大変だろう?たまには俺が代わってやるから自分の仕事やってろよ」
「本当ですか!そう言ってくれるの先輩くらいですよ。お言葉に甘えても良いですか?」
「良いって良いって、これどこに運べばいい?」
「7階の小会議室です。……本当に良いのですか?」

 念を押すと先輩は良いから、と私の手から段ボールを取るとエレベーターの方に向かう。私は仕方ないから降谷さんの携帯に、私以外の人が行きますとメールを打った。





――――――――――

 男はエレベーターから降り、機材室に入ると段ボールの中をひっくり返す。書類が乱雑に床に散らばりその中から手当り次第に拾い上げ、文面を見る。どれも小さい文字で文章が多くて目当ての物が見つけづらい。あまり時間が経つと、疑われる恐れがあるのでリミットは少ない。
「くっそ、どれなんだ……!」
 焦りながらも視界の端に、付箋が貼られた書かれた書類を見つける。重要項目と書かれた朱印が押されているのを見つけ、勝ったと思った。残りの書類を適当に段ボールに入れ部屋を出る。廊下に誰も居なく、ほっとした。階段を上り7階の小会議室をノックすると、ターゲットが出てきた。

「みょうじの代わりに持って参りました」
「あぁ、どうも。なまえはどうかしたのか?」
「いえ、先ほど急ぎの用事を頼まれたようなので私が代わりに来ました。何か問題でもありましたか?」
「別に。大事な資料が入っているから早く持ってくるように伝えていたんだが、まぁ良い。ご苦労」
「失礼致しました」

 扉が完全に閉まったことを確認し、男は思わず口元が緩んでしまった。

――――――



 「馬鹿だろあいつ」
 
行儀悪くテーブルに腰かけた降谷先輩は呟く。

「降谷さんにしたら他の人達は皆さん馬鹿に見えるでしょうけどね」
 
 よいっしょと、テーブルの下から出る。何でお前隠れてるんだよ、と先輩が言うので念には念を押してですよと反論すれば、俺がそんな失敗する訳ないだろうと言い切った。

「3日後の会議で上の奴らがどう答えるか楽しみだな。もう帰っていいぞ、あとこの紙シュレッダーにかけといて」

 だ、段ボール1箱分の紙のシュレッダーって地味に時間かかるんですけどいやー。段ボール1箱分の偽書類を準備するのにいくら労力使ったと思っているんだろうこの人。暗い気分で段ボールを見ていると、降谷さんが近づいてきて顔を覗きこんでくる。

「あいつのこと気に入っていたのかお前」
「は」
「気に入ってたの?」

 イケメンの真顔程、居心地の悪い物はない。というかこういう顔している降谷さんは怖い。おそらく二度と顔を見ることもないであろう同部署の先輩に対して、同情する優しい心など持っていない。

「ある訳ないでしょう」

 端的に質問に対する答えを言うと、先輩はうんと満足したように頷き私の髪を乱雑に掻きまわした。うわ、と慌てて髪を押さえる。

「goodboy,なまえ」

 人間にその言い方なんて先輩もイカレてると常々思うが、その言葉が少しでも嬉しいと思う自分も相当だと思う。