勝利は飢えを呼んで

重量のある音が草をかき分けて落ちる。青く輝く体が寝転んでいるのをみて、俺の思考は一瞬停止した。

「…か、った…?」

思わず今のパートナーを見つめた。オレンジと黄色に彩られる我が相棒は俺に攻撃していた時と同じようにどうだと胸を張っている。
お前はなんでそんなにピンピンしているんだ、とか、一応苦手なタイプだぞ、とか、いろいろ言いたいことはあったが、とりあえず一番に言うべきことは、

「フレア!お前、やっぱ凄いな!」
「ちゃもっ!?」
「だってハルカに勝ったんだぜ!はつしょーり!やった、お前のおかげだ!」

ハルカに勝てるだなんて、思ってなかったんだ。精々ちょっと善戦したかなというくらいで終わるもんだと思い込んでいた。
あまりの嬉しさにフレアを抱き上げて上に手を伸ばし、ぐるぐると回り続ける。初勝利だ、ハルカがたとえ昔のハルカじゃなくても、やっと俺はあいつに勝てたんだ。

不意に、フレアの体が熱を上げたのに気づき、回るのをやめて顔を見る。フレアの顔は羽毛に包まれているはずなのに朱色へと変貌している気がした。
嫌な予感がひしひしと伝わってくる。

「ちゃもーっ!」
「どわっ!?」

フレアが動き、一瞬遅れて俺も両手を上げた。頭の上を赤く燃える炎が通り過ぎる。
こいつ、まさか俺の顔を焼くつもりだったのか?俺の行動がいったいどうしてこいつのスイッチを押したんだ。回るのが嫌いだったとか…は、ありえそうだ。

とりあえずハルカの方に走っていくフレアから距離を取り、なんで火を吹かれたかを考える。
さっきのバトルじゃ指示に従ってくれたし、一応俺のポケモンっていうことで、俺についてくることは確定らしい。それじゃあなんでフレアは俺についてきたのか?理由は不明。

そもそもフレアが俺を選んだ理由も不明なのに、さっきの攻撃の理由が分かるものか。普通わからない。
なんだ、新手の嫌がらせっていう考え方でいいのか。ハルカにだって懐いてるもんな、そりゃあ俺のことも嫌いだろうさ。そんなに嫌ならわかれたっていいんだぞ。

「こーら!あんまり攻撃しちゃうと、シズクくんに嫌われちゃうよ!」

ハルカがフレアに注意している。フレアがハルカに謝りながらこちらを睨んでいるような気がするがスルーだ、スルー。

「それにしても、シズクくんってすごく強いんだね!
あたし、お父さんがあなたのことを注目するのもわかるような気がする!」
「注目?」
「うん!だって、もらってすぐのポケモンがこんなになついてるんだもん。シズクくんならどんなポケモンとでも仲良くなれるかも!」

ハルカの言葉に唖然とした。
懐いてる、アチャモが?どこが?ハルカに会いにいく手前、思い切り襲いかかってきたんだぞ?

謎に包まれた疑問を解決するため、距離をとっていたフレアの方に視線を向ける。
ハルカの足に隠れるようにしてこちらを見ているアチャモは、俺と目が合うと即座にそっぽを向いてしまった。

「…どこが?」

指をさしつつ聞いてみたが、ハルカは微笑ましそうに「照れ屋さんなんだもんね〜」とフレアのふわふわの体をなでていた。俺よりハルカの方がよっぽど好かれてるのは確実だ。
バトルには勝ったはずなのに、ふたりの世界を超えた友情のようなものに負けてる気がする。

「さて、調査も一通り終わったし、研究所に戻ろうかな。シズクくんも一緒に帰ろっ!」
「お、おい!まださっきの答えきいてなっ、」
「ちゃーも!」
「うわっ!?驚かすなよ、フレア!」

帰ろうとするハルカを引き止めるために手を伸ばしたら、フレアが俺の足にタックルを食らわせてきた。だから攻撃は痛いんだって!
いい加減バトルも終わったんだから、と、ボールに仕舞おうとしたら、もう一度首を横に振られてくちばしでつつき始めた。外に出たいなら出してやるから、その動作をやめろ。

なぜか逃げ回るフレアをなんとか腕に抱き上げることに成功し、俺とハルカは博士のところに急いだ。


―――
――――

「おお、初めてでハルカに勝つなんてすごいじゃないか!」

ハルカはこう見えてトレーナー歴は長いんだよ、とのこと。俺も(精神的に数えると)トレーナー歴は何年もあります、とは口が裂けても言うまい。

「よし、シズクくんにも研究のために取り寄せたポケモン図鑑をあげよう!」
「マジ!?…じゃなかった、本当ですか?」

バトルで昔の感覚に戻っていたらしい。つい昔と同じような言葉遣いをしてしまった。知り合いの息子とはいえ、いきなり馴れ馴れしくされるのはいい気分でもないだろう。
博士はそのことを気にした素振りは見せず、懐に潜ませていたらしいポケモン図鑑を手渡した。

ほんの少しの重い感覚。記憶にあるものよりもいくらか軽量化されたらしく、幾分か物足りない重さだと感じた。すべすべとした表皮から、機械独特の冷たさが伝わってくる。
これがポケモン図鑑。俺はようやくあいつのスタートラインに並んだ。

博士がぺらぺらと図鑑の説明をしているのを聞き流し、気になる操作方法を確認してみる。
最新機器がふんだんに使われているようで、操作方法はマルチナビとそっくりだった。

「ポケモンや人々との出会い!目の前に広がる大自然!ポケモン図鑑を埋めながら、それらを経験してキミ自身の世界を広げてくれると嬉しいよ!」
「はい!
…それにしても、これがポケモン図鑑か…!」
「…なんだかシズクくん、最初に話したときよりも元気になったね」

フレアに見せつけたり、自分で眺めたりしていると、ハルカがそんなことを言った。
彼女が言っていることは部屋での出来事だろう。あのときは確かに、ハルカに会った衝撃が強くてほとんど喋っていなかった。

中々飲みくだしたりはできないだろうが、ハルカにだけ静かな性格というのもおかしいし、なれてもらうことにしよう。
ハルカは「それじゃああたしも!」といって俺に何かを渡した。手のひらに収まるほどのその大きさのものは、

「…モンスターボール?」

しかも空のものだ。どうやらこれをくれるらしい。
え、モンスターボールって結構高いのに。1個につき200円だぞ、10個も渡して大丈夫なのか?

思えば遠い記憶で、俺もハルカにモンスターボールを渡したような。あのときは研究に使うボールが余ってたからだが、このボールはどうだろう。
とりあえず厚意はありがたく受け取っておくことにして、そのボールを鞄にしまう。あとは家にいって旅の準備をすれば。

「実は私も、これから準備して町を出るの。お互い頑張ろうね、シズクくん!」
「ああ!」

そうと決まれば早速。今度はおとなしくボールに収まってくれたフレアを腰に戻し、研究所から出た。晴れ晴れしい天気が俺を祝福してくれている。

「よし、いくぞフレア!」