灰色に差し伸べた

進んでいる途中で、草むらに隠れて動いているポケモンを発見した。灰色の毛並みをこのあたりで見かけるとすれば、それは間違いなくポチエナだ。
よし、最初に出会った記念としてあいつを捕まえよう。なるべく静かに忍び寄って、背後からポチエナの体を掴んだ。

灰色の体が勢いよく跳ね、俺の方に飛びかかってきた。素早く腰に伸ばしていた手でボールの開閉ボタンを押してフレアを出す。
華麗に着地したフレアが振り向きざまにポチエナへと火の粉を被せる。のたうち回ったポチエナがフレアに襲いかかった。

「ひっかく!」

踊り狂うポチエナの体を避け、引っつかむようなポーズで一撃を食らわせた。相手の体の重心がぶれる。
地面に転がったポチエナにすかさず空のボールをぶつけた。壊れることなく収まったそれは、何度か抵抗するように揺れておとなしくなった。

「よっしゃ、ポチエナゲット!しかもオス!」

さっそくポケセンに連れて行って回復させてやろう。しばらくは懐かないかもしれないが、有無を言わさずばんばん使っていくことにする。
それにしても、オスか。オスのポケモンかっこいいよな。

なぜかメスのポケモンばかりが寄ってくるという異常事態が起こっていた幼少期を思い出して複雑な気持ちになりつつ、フレアの後ろに新しくボールをつけた。これでよし。
そういえばフレアもメスだったな。そんなにポケモンの母性をくすぐるようなことをした記憶はないんだが。

バトルのために離れていたフレアがこちらに戻ってきたので頭を撫でた。今度は真っ赤に染まりつつも、俺に炎を吹くことはなかった。おお、これはちょっと、なついてくれたのかもしれない。

何となく嬉しくなったのでボールに戻さず、腕に抱き上げてポケセンを目指す。
その際体が尋常じゃないくらい震えていたので、やっぱり腕に抱かれるのは嫌がっているようだということがわかった。そのくせ地面に下ろしたら突っついてくるんだから手に負えない。

ポケセンでポチエナを回復し終わったのでフレアをボールに戻し、代わりにポチエナを出してみた。

「さっきは驚かせて悪かったな、ポチエナ。俺はシズク!よろしくな!」

手を差し出して笑いかける。さっきはいきなり襲いかかってしまったが、これからは仲間として戦ってもらうんだ。
さっきはボールに収まったし、大抵の場合はおとなしく従ってくれるはずなんだが。

ポチエナは俺の方にこわごわと近づいてきて、と思えばいきなり牙をむいた。咄嗟に手を引く。
先程まで手があった部分で歯と歯がぶつかる音が鳴る。あのままだったら指先全部持って行かれていた威力のそれを見て青ざめた。

「おま、は、なに」

上手く思考がまとまらず、途切れた言葉が口の端から落ちていく。捕まえていたはずのポチエナは警戒しているのを示す唸り声をあげ、俺を睨みつけていた。
嘘だろ、ここまでオスに好かれないなんて思ってなかったぞ。もしかして、俺はメスに好かれてるんじゃなくて、オスに嫌われていたとか、逆転の発想の問題だったのか。

腰についたボールがガタガタと揺れていることも気づかず、ただ呆然とポチエナが反抗心をむき出しにしているのを見つめていた。
これ、絶望的じゃないか。

「がう」
「ぽ、ポチエナ?どうどう、おちつ、落ち着け、うん」

俺の言うことなんか聞かないと言わんばかりに喉を鳴らす。

このまま八つ裂きにされたらどうしよう。あ、そうだボール。ボールに閉じ込めてしまえばいいんじゃないか。
慌ててボールを取り出すと、ポチエナはそれに反応してもう一度吠えた。さっき回復したばかりだからか、ボールから照射される光は避けきってやろうという意気込みすら伺える。

「フレア」

名前を呼んだのは半ば無意識といってもいい。もうひとつのボールから飛び出した橙の体が俺の前に立つ。
怒気を振りまいているフレアがポチエナに甲高い鳴き声を上げた。俺を攻撃していたときよりも更に怒っているようだ。

目つきが鋭い。メスだとは思えない凶悪な顔つきになっていくフレアが俺に嫌なものを投げ寄越してくる。それを受け取り、纏まらなかった思考が冷静さを取り戻した。
これは、ダメだ。このままいくと危ない。フレアを止めなければ。

「す、ストップ!フレア、やめとけ!」
「ちゃも、ちゃあも!」
「何もされてないから!なっ?」

慌てて触り心地のいい体を掴んで抱き寄せた。大仰に震える体がこちらに火を噴き、白い帽子に焦げ跡を残す。

「そのままいったらポチエナもお前も大怪我、また回復しなきゃならない!俺を待たせるつもりかよ!」
「ちゃもっ!」
「旅を遅らせるつもりはないんだっての!ほら、ボールに戻ってくれ!」

自己中心的だと言われたって構わない。怒り狂ったフレアとポチエナが戦って、大怪我どころかポケセンの備品を壊してしまうのが一番やってはいけないことだ。
暴れているフレアをなんとかボールに収め、距離をとっているポチエナを見る。

ポチエナはどうやらボールに戻るつもりはないらしい。参った。

「…ポチエナ、お前も」

このまま手を差し伸べればポチエナが噛み付いてくるのは目に見えている。かといってボールにもどる様子はないし、さてどうしたものか。
とりあえずフレアみたいに扱ってみるか。

噛み付かれる前に手早く近づいて両手で抱える。途端に手足をデタラメに動かし始め、俺の手から逃げようとするがなんとか耐えた。
ポケモンから逃げるためにある程度の筋トレをしておいてよかった、じゃないと今頃鋭い牙の餌食だった。

耳元でガチガチと歯がこすれ合う音なんか聞こえない聞こえない。