ほれたはれたの戦争を
暴れるポチエナをなんとか抑えつつ、102番道路を隠れて進む。髪の毛がポチエナの涎だらけになっているが気にしない。
まさかこんなにオスに嫌われているとは。昔からジグザグマに噛み付かれたり、ケッキングに叩かれたりはしていたが、父さんは一言もそんなことを言わなかったから気付かなかった。
「がうっ!」
「どうどうどう、俺のことが嫌いなのはわかったから落ち着け」
がちんっ。もう一回耳元で歯がかち合った音がした。
「あっ!シズクくん!」
なんとかトレーナーに見つからないようにと息を潜めていたところに声がかかる。トレーナーと目が合えば勝負のこの世界、まともに戦ってくれるのはフレアだけじゃきつい。
そのため逃げていたのに見つかった。悲鳴を上げたい気持ちで後ろを振り向いたら、そこには嬉しそうに駆けてくるハルカの姿が。
「もう先に行っちゃったって聞いて、急いで追いかけてきたんだ。どう?色んなポケモン捕まえられた?」
追いかけてきたハルカは笑顔でそう聞いてきたが、俺はそれに苦笑いしか返せなかった。
いろんなポケモンを捕まえるどころか、ポチエナのオス一匹に嫌われて食べられそうになってますが。
そのとき、ポチエナの動きがいきなりとまった。
さっきまで俺のことを食べる気満々だったっていうのにどういうことだ。手元を見ると、目を細めて口をだらしなく開け、ハルカを見ている一匹のポケモンが。
「シズクくん、そのポチエナ、どうしたの?」
「手の付けられないやんちゃなやつ捕まえちゃってたみたいでさ、反抗心剥き出しでボールに戻ってくれないんだ」
「そうなんだ!たまにいるもんね、ボールに入るのが嫌だーっていうポケモン」
そういう類じゃないぞ、ハルカ。俺のポケモンが二匹ともボールに入るのを嫌がってるとかそんなことないはずだ。
腰についたボールがガタガタと揺れている。フレアが外に出たがっているみたいだが、今この状況で手を離すわけにもいくまい。
「あっ、見て!アゲハント!」
俺のパーティ、最初から不安ばっかりなんだけど。ハルカはそんなことお構いなしで、飛んでいるアゲハントの群れを楽しそうに見つめている。
きっとハルカはこういうことはなかったんだろうな。あいつはいろんな人やポケモンに好かれてたし。
綺麗だね。一言つぶやいて、ハルカは飛んでいったアゲハントを見つめ続けていた。
ああ、やっぱり俺はこいつに敵わない。
「楽しい時間ってすぐに過ぎちゃうってほんとだね。…ほら、もうそこがトウカシティだもん」
ハルカの指差す方向には踏み固められてできた道が続いていて、ちらほらと建物があるのが見えた。
あれがトウカシティ。俺の父さん…センリさんが、ジムリーダーをしている街。
一番最初は父さんのジムか。生半可な鍛え方じゃすぐに負けてしまうことは目に見えている、せめてフレアがワカシャモくらいになっておかなければ。
素早く切り替わった頭で考えている俺の隣で、ハルカもジムに挑戦するらしく、気合を入れているのが見えた。
「それじゃ、あたしは先に行くね!」
走っていくハルカに手を振り、俺と俺の手に抱えられたポチエナが取り残された。
ポチエナはアゲハントを見ていたときのハルカと同じく遠ざかる背中を目で追いかけていたが、見えなくなった途端に気まずそうに俺の方を見た。
「…惚れた?」
その三文字で一気に暴れ始めたポチエナ。当てずっぽうで言ったらこの動作、俺の言葉は的を射ていたらしい。
へえ、ポケモンにも春か。口元が緩むのを抑えきれずに歪な笑みを浮かべると、ポチエナはハルカと会う前よりもさらに強く襲いかかってくるもんだから手に負えない。
それでもこいつをからかう口実ができたっていうのはうれしい誤算だった。これから事あるごとにそれでからかってやろう。
「俺についてきたら、ハルカともまた会えるかもな」
暴れるポチエナに小声で教えてやると一気におとなしくなった。おお、扱いやすい。ハルカさまさまだ。
ようやく一息つけた俺は、隠しきれない疲労を滲ませてトウカシティに足を踏み入れた。