強くて弱いエメラルド

やっぱりトウカに来て一番最初にすることと言ったら、父さんに挨拶をしに行くことだ。
俺もポケモンを持ったことを伝えてバトルをする。そして勝つ。勝って最初のジムバッジを手に入れるんだ。

トウカジムの前に行くと、俺より少し年下くらいの少年と父さんの姿があった。少年はぐったりとしたポケモンを抱えていて、父さんはボールを握っている。
二人は二言か三言言葉を交わして別れたので、その間を狙って父さんに近づいた。

「父さん!」
「シズク?ポケモンも持ってないのに、どうやってここに…」

久しぶりに見る父さんは驚いたようにこっちを見ていた。予想通り、博士からポケモンをもらったということは伝わってないらしい。
わずかな優越感を味わいつつ、腰につけていた二つのボールを前に突き出した。二つとも左右に激しく揺れている。

それをみた父さんが感慨深そうに「ほう」と呟いた。

「まあ、立ち話もなんだ。ジムの中で話そうか」

提案されたそれに反論する理由もなく、頷いた俺を父さんがジムへと案内してくれた。
このジムは木造建築なのか、床は板張り、扉も職人の手が込んだ木彫りの扉だった。それぞれの扉には掛札があり、何かしらの文字が書かれている。

ジムの入口は自動ドアだっていうのになんともアンバランスなつくりだとは口が裂けても言うまい。

「久しぶりだな。シズクもわたしのようにポケモントレーナーになるのか?」
「もちろん!そんでもっていつかはリーグ制覇するんだ!」
「はは、そうなのか。それじゃあいつかはわたしのところに挑戦しにくるんだな」

数日で挑むつもりだった俺に告げた父さんはどこか楽しそうだ。負けるはずがないと思っているんだろうか。
リーグ制覇をすると言った手前、このジムに来ないわけにはいかない。絶対勝ってやる。

昔も今も変わらず、トレーナーの最高峰が集まるとされるポケモンリーグの挑戦権を得るためにはジム戦突破をしなければならないのだ。
父さんに挑戦者としての敵意を飛ばしていると、なんとそこに第三者が現れた。

「あの…ぼく、ポケモンが欲しいんですけど…」

背後から聞こえてきた声に気づいて左の方に体をずらす。よろよろと覚束無い様子で歩いてきたそいつは俺と同じくらいの少年だった。
こいつ、どこかで見たことがある。おぼろげだけど「昔」に一度だけ会った…

「キミは、たしかミツルくん…といったね」
「…あ、はっ、はい!ぼく、ポケモンが欲しいんです」

そうだ、ミツル。あいつが一度だけ紹介してくれたやつだ。チャンピオンリーグで戦ったときはものすごい強かったと聞いている。
これがあのミツルか。昔に会ったときよりも幼いな。それに心なしか、体調が芳しくないような。

「ぼく、今日からシダケタウンの親戚の家に行くんですけど、一人じゃさみしいからポケモンを連れて行こうと思って…
でも今まで自分でポケモンを捕まえたことがないから、どうやったらいいのか…」

その言葉で合点がいった。
シダケはトウカよりも空気が美味しい街だと聞いたことがある。ホウエンで一番発展しているというキンセツシティにも近いし、住むには申し分ない場所だろう。

ミツルは今体調が悪そうで、そこで親戚の家がちょうどいい環境にあるから一時的にあずけられるということか。この世界のミツルと戦うことは望み薄なのかもしれない。

父さんはその話を聞いてひとつ頷き、何をするわけでもなく隣で聞いていた俺の方をむいた。
言いたいことはわかっている。こういうときだけは思考が一致するからなあ。

「よし、ミツル!俺と一緒にポケモンを捕まえに行こう!」
「えっ?あ、あの、あなたは…?」
「俺はシズク!んで、俺の相棒はアチャモのフレアとポチエナの…って、あとでニックネーム考えないとな」

そういえばポチエナにニックネームをつけていない。ミツルのことが終わったら変なのをつけてやろうと心に決めて、困惑する緑色に手を差し出した。
恐る恐る手を握り締めた彼は、控えめに笑って「よろしくお願いします」といった。

「ボールはわたしからのプレゼントだ。シズク、お前のポケモンは彼に貸せるか?」
「え?あ、いや…」

父さんへの返事がどもったのはある意味仕方のないことだ。ポチエナは暴れるだろうし、フレアはこの辺のポケモンをほぼ一発でKOしてしまう。
そうすると父さんは大量の空のボールとは別に、もう一つボールを取り出した。中に入っているのはジグザグマ。

手渡されたジグザグマを見つめるミツルの手を引き、草むらを探して102番道路に舞い戻った。

「シズクさん…ポケモンって、こういう草むらにいたりするんでしょ…?」
「おう。その草むらに足を突っ込んでみろよ、危険ならフレアに助けてもらうからさ」
「はいっ!ぼくが上手に捕まえれるかどうか見ててください!」

返事をしようと口を開いたそのとき、ミツルが悲鳴をあげて後ろにすっころんだ。こんな調子で大丈夫なのか、ミツル。
と、その足元で緑色の何かが動いていることに気づいた。

「ら、ラルトスだ!」

ラルトスの出現率は結構低い。一発でラルトスに当たるだなんて、ミツルは相当ついてる。
ミツルもポケモンだということを遅ればせながら理解し、ジグザグマの入ったボールを放り投げた。

「た、体当たり!」

無我夢中といった様子で叫ばれた指示。ジグザグマは寸分の迷いもなく走りだした。

ラルトスもジグザグマが攻撃してくることがわかったのか、手早く両手をあげて念力を繰り出そうとする。
が、それより一瞬先にジグザグマの体がラルトスの小さな体躯を吹き飛ばした。勢いよく飛ばされる緑と白の体。

「ボール投げろ!」

咄嗟に叫ぶと、ミツルはもらったボールをラルトス向けて投げた。
ボールがラルトスにぶつかり、赤い光で小さな体を包み込む。ラルトスをしまいこんだボールが右に左にとしばらく揺れる。

長くて短い時間を要し、ボールはかちりと音を鳴らした。