トンネルを超えた先には

「なっ…アクア団の邪魔をするとは!」

先に声を上げたのは男だった。
ポチエナが俺の言うことを聞いてくれたおかげで、一応危機は脱することができたらしい。

「もう一回勝負しろ!
…と、言いたいところだが、もう手持ちのポケモンはいない。それにカナズミシティにもアクア団が狙っているものがあるからな!今日はこれぐらいにしといてやらぁ!」

男が走っていくのを見届けつつ、こっそりとガッツポーズ。あのじゃじゃ馬なポチエナが言うことを聞いてくれたのだ、言い表せないくらいの喜びがあった。
やったな、とポチエナのほうを向いて言ったが、ポチエナはまた違う方向を見ていて反応しなくなっていた。

「…ふう、危ないところだった!きみのおかげで大事な書類を奪われないで済んだよ!
…そうだ!恩人トレーナーさんのきみにはこれをあげちゃいましょう!」

危険が去ったことを確認し終えたのか、研究員さんは俺の前に躍り出て何かを差し出した。全体的に四角く、冷たい鉄の塊。
これは…もしかして、学習装置というものだろうか。

「その学習装置はね、ぼくの頭脳をフル集結させて作り上げたスーパーなメカニックさ!ぜひぜひ試してちょーだい。
でもってもひとつ自慢の科学の力!きみのポチエナくんも回復させてあげよう!」

研究員さんはそういって白い容器に入った何かをポチエナに吹き掛けた。かすり傷だけだったのか、少し痛そうにはしているがそれほど抵抗する素振りは見えない。
それにしても、学習装置か。ポケモンの育成を楽にしてくれる便利な代物だし、ありがたく頂いておこう。

「あの、ありが…」

「はっ!?
そういえばさっき、アクア団は"カナズミにも狙っているものがある"とか言ってたよね……?
大変だ!こうしちゃいられない!!」

ポチエナの手当をし終わり、一息ついた研究員さんにお礼を言おうとしたら、研究員さんは急いでカナズミの方に走っていった。言いそびれた虚しさが俺の中に残る。

さっき襲ってきたのは青い装束をまとっていた。どこか海を思い起こさせるコスチュームは、海を増やそうとしていたアクア団のものだろう。
あいつが言っていた通り、アクア団ともう一つ…マグマ団が争っているんだったら、俺は一体どうすればいいんだ。

「…なるようになる、か?」

元々物事を深く考える方じゃないし、いくら考えたところで答えが出るわけでもない。この問題は大人に任せたほうが円滑に進むかもしれない。
それに俺の最優先事項はジムバッジの取得。あいつみたいに世界のためだとか、そんな途方もない目的で自分の身を滅ぼすことはできない。

一応先を急いだほうがいいかもしれないのでフレアとライラを探しつつ足を動かす。ポチエナは相変わらずヘチを向いている。
さっきまでは言うことを聞いてくれたっていうのに、またなんでこうなるかな。

「フレアー、ライラー!いるんなら出てこいよー!」

予想以上に難航しているポケモン探索に苦戦しつつ、迷わないように道を覚えて進む。トウカの森はそれほど迷う森ではないが、油断はしてはいけない。
キノココも見つからないし、フレアとライラも姿が見えない。あの二匹どこいったんだ。

そうだ、今のうちにポチエナにどんな名前がいいか聞けばいいんじゃないか?

「なあポチエナ、お前ってどんな名前がいいんだ?」
「がう」

わかんねえよ。
そうか、俺が聞いてもポチエナの言いたいことは全然わからないんだった。だれかポケモンの言いたいことがわかる人間がいないものか。

とうとうポチエナと呼んでも反応してくれなくなったそいつ。重く息を吐いて腕に抱えたが、なぜか最初のように噛み付いてきたりはしなかった。
ポチエナの名前、早急に考えておかなければ。このままじゃジム戦どころかただのバトルにすら勝てないじゃないか。

「ちゃもー!」

捜索を再開しようとしたそのとき、遠くの方に見慣れた小さな体が走ってくるのが見えた。
フレアとライラは二匹で行動していたらしい、少し走るのがゆっくりなライラの手はフレアの体に回されていて、フレアが一歩踏み出すたびに小柄な体躯が不安定に揺れる。

「おおおおま、お前、なんでそんなことになってんだ」

謎の隊列に頭から疑問符を飛ばしつつ、とびこんできた二匹を受け止めた。加減はしてくれているのか痛くない。
毒にかかったりしていないかを確認したところ、ところどころ怪我をしているが動けないほどではないものばかりだったということにひと安心する。

とはいえ、このままキノココ捜索を続けると体力が危ない。
トウカの森を抜けてもカナズミまではまだ少し歩く必要がある。キノココ探しは明日に回して、まずはカナズミに向かったほうがいいのかもしれない。

思案する俺に鳴き声を浴びせ、どこかに注意を向けようとするライラ。いったい何を伝えたいのか。
と、そこでやっと俺はライラの異変に気づく。白と緑に彩られている体が僅かに発光しているのだ。俺のいない間に何があった。

フレアが見ている方向に視線を向けると、そこには奇妙な模様をした枯葉を思い起こす小型のポケモンの姿が。しかも宙に浮いている。
キノココがライラの力で捕まえられていた。

「はっ!?」

俺のポケモンの探索力が高いのか。確かに探してきてくれとはいったが、俺より見つけるのが早いってどうなんだろうか。
キノココは意外に大人しくつかまったままだ。どうしてライラに捕まったんだろう。

「えーと、キノココ。俺についてきてくれるか?」

ライラに念力を解かせてキノココを救出した後、じっとして動かないキノココに問いかけた。
キノココは何を思っているのか、こちらを見つめたまま動かない。俺もキノココから目を離さないので自然と見つめ合いの状態に持ち越され、二分ほど展開の変化も起きずに過ぎていった。

いつこの空気が崩壊するのかわからないので若干の不安を感じ始めたころ、キノココは俺が持っていたボールのボタンを押した。ラルトスとほとんど同じような状況で収まったボールを呆然と眺めた。

「…き、キノココゲット…?」

あまりにも呆気なさすぎる気がする。ポケモン探しはポケモン任せ、ゲットもポケモンがボタン押してるし、トレーナーというよりブリーダーの気分だ。
いや、俺はトレーナーになるつもりだし、これからもっと磨いていけばいいだけだろ。よし。

気を取り直してトキワの森を抜けるために出入り口に向かう俺たちはなにも気付くことなく、その人物を見逃したのだった。






「…こちら、トウカ方面調査隊」

木々の影に隠れた何者かが森を駆ける少年の姿を捉えていた。
青いバンダナとボーダー柄の服に身を包んだその小柄な人物は、手にしている携帯端末に口を寄せている。その目は鋭く少年の背中を追いかけるままだ。

「申し訳ありません、ウシオ隊長…残念な報告です。ミッションフェイラー……ちょっと邪魔が入っちゃったみたいで、
…はい、……はい。承知しました。引き続きあのエネルギーについて調査にあたります」

その人影は電子音を立てて切れても目をやらず、携帯端末をポケットに押し込み、口元に手を当てて思案顔をした。
周りにはその人以外に人間はおらず、時折住処に戻ろうとする野生のポケモンが通り過ぎるだけ。葉が擦れる音に混ざったか細いつぶやきは空気に溶けていく。

「………ふう。中々見どころありそうなトレーナーだったな〜。結構強そうなポチエナも持ってたし…
………」

長い沈黙の後、人影はどこかへ姿を消した。