固く閉ざした心をば
別にどうだっていいのだ。この身が滅びようとも、世界が滅びようとも、今ある自分の意識が消滅してしまえるのなら。
「ごめんね。きみはまだ、連れていけないんだ」
自らのトレーナーがそういって頭を撫でる。その手が一番嫌いだということを、きっとコイツは知らないのだ。
何も言わずに俺はその手から逃げた。離れた手はすぐに引っ込められる。
「…やっぱり、きみは僕に懐いてくれないね」
当たり前だ。どうしてお前がそんなところにいる。なんでお前が俺のトレーナーになっている。
俺は決めたんだ。どんなに時間が経ったって、俺はお前には懐かない。絶対、お前が親だったとしても、絶対に。
「それでもいい。きみがちゃんと認められる人を見つけられたら、僕はこのボールを渡すことに決めているから」
ふざけるな。今すぐ俺を野生に返せ。そうしたら俺は自由になれるんだ。
そいつは俺のボールを腰に戻し、俺に背を向けた。なんで連れて行ってくれない、なんで俺を野生に返してくれない。そんな中途半端な優しさが俺を殺すんだってことに気づけよ。
『なんで』
訴えた言葉はあいつには伝わらない。俺の声は全てポケモンの言葉になってしまうから。
どうしてこうなってしまったんだ。ただ至って普通の日常を過ごしていただけなのに、俺はどうしてこんなところにいる。
問いに答えてくれる人間は、この世界にはどこにもいなかった。
―――
――――
「まいったなあ」
ぼやいた俺はひとつの手紙を握っていた。
実はこれ、デボンの社長さんであるツワブキさんから預かったものだ。なんでもムロタウンにいるダイゴという男の人に届けて欲しいとか。
ダイゴって、あの人だよな。昔とほとんど同じ世界なら、あの石好きで物知りな青年の。
そういえばダイゴさんのフルネームはツワブキダイゴだったような…もしかして、ダイゴさんはツワブキさんの息子?ツワブキさんの息子ということは、ダイゴさんは御曹司?
この地方を代表する会社の御曹司と、多少とはいえ関わりがあったのか。前の俺もなかなかない体験をしていたんだな。
とはいえ、今回はあいつのポジションだ。あれほどあいつが親しみを見せていたということは、俺もある程度までは関わりを持つのだろう。
ようやく一段落したし、今日はカナズミのポケセンに泊まっていこう。
疲れを訴える頭で無理やり思考を弾き出した。重い足を引きずりつつポケセンの前まで行くと、ポケセンの前に誰かがいるのが見えた。
「あれは、…ポケモン?」
ポケセンの前でひたすら立ち続けているのはポケモンだった。俺が見たことがないポケモンだったので、この地方出身でないということはすぐにわかった。
図鑑を出してポケモンの方向に向ける。ぴぴっと無機質な音が鳴って検索が終わったことを示した。
リオル。波動と言われるものを使って他のリオルやポケモンとコミュニケーションをとっているポケモン。タイプは格闘…へえ。
でもなんでこんなところにリオルが立っているんだ。しかもどこかふてくされている…というか、怒っているような雰囲気で。トレーナーとの待ち合わせでもしているのか。
ひとえにトレーナーって言ってもいろんなやつがいるんだな。
「ま、俺には関係ないか」
街中にいるポケモンというのは、大抵トレーナーや持ち主がいるポケモンだ。リオルもそれには漏れないだろう。
幸いにも入口を塞がれているわけではなかったので、前を見つめ続けるリオルの隣を素通りする。今日はもう疲れたし暗いし、さっさと寝てしまおう。
服を掴まれたのはそのときだ。
自動ドアが開かれている。俺はちょうどポケセンの中に一歩踏みこんだところで、もう片方の足はまだ外にあるわけで。つまり何がいいたいかというと、このままならば間違いなく自動ドアに挟まれる。
引っ張る力は意外にも振り払うことができるほど弱いものだったが、後ろから引かれていることはすぐわかった。
ポケセンの外に一度舞い戻り、掴んできた誰かを見る。
「…えっと、リオル?」
ポケセンの前にいたリオルが俺の服を掴んでいた。俺より小柄な体は、服を掴んだまま動かない。
このリオルはどうして俺の服を掴んだんだ。言っておくが、さっきまでリオルというポケモンの名前自体知らなかったし、当然のことながら恨みを持たれるような関係はない。
声をかけても無言のリオル。多分俺の声は聞こえてるんだろうけど、なんで返事をしないんだろうか。
「お前、誰かの手持ちだろ?トレーナーは?」
とりあえず、待っているであろう人物が来るまで一緒に待とうかと思って問いかける。一匹で心細かったのかもしれない。
しかしリオルは俺の予想に反して首を横に振った。
「手持ちじゃない?」
次の問いにも首を振る。俺の常識が通じるなら、首を横に振るのはNOのサインだが。
しかも両方の質問に首を振ったっていうことが謎だ。手持ちじゃない、でも手持ちである。なんだ、なにかの謎かけか?
首をひねる俺の服をなおも引っ張るリオル。何が言いたいんだろう、話すにしたって声を出さないし、これ以上は手詰まりだ。
とにかく誰のポケモンかわからない以上、ジョーイさんに預かってもらうしかないよな。
『つれて、』
「ん?」
ジョーイさんを呼ぼうとポケセンを覗き込んだ俺に誰かの声がかかる。アルトほどの耳に馴染む声。
いったい誰かと後ろを振り向いた。そこにはリオルしかいない。
『連れて行ってくれ』
「…は、」
か細く聞こえたそれと、リオルの口の動きが一致した。