砂を水に投げつけた
あのあとハギ老人のいる104番道路に戻って船を出してもらうよう頼み込んだ。
ツワブキさんから連絡が行っているということで安心してきてみれば、なんとその老人はピーコちゃんの持ち主だったという。世界は狭い。
ムロタウンに降り立ち、辺りを散策する。そういえばここにもジムリーダーがいたから来たことがあったな。
随分と懐かしいなと思いつつ、前をさっさと歩いていくリオルに苦笑をこぼしながら逆方向に歩く。俺に同行することになったリオルは街を探索するのが好きらしい。
確証はないが、ムロタウンはそれほど大きな街というわけじゃなかったはずだ。それほど離れなければ俺をみつけて走ってくるだろう。
「それにしても、」
気持ちのいい海だ!と叫ぶ。
船に乗っていると体が固まって疲れるのが難点だ。ハギ老人に言ったところで改善できるわけでもなし、やっぱり水タイプのポケモンを捕まえて育てる方が早そうだ。
「昔」に使っていたラグナは手元にいない。やっぱりフレアを選んだのは失敗だったか、などと言うとすぐに蹴られるので口が裂けても言えないが、実は少し…いや、かなり後悔している。
俺が泳ぐという手段も考えては見たが、ポケモンに遭遇したときに水上で戦えるポケモンがいない。全員が溺れる。
一応人並みには泳げるが、それほど泳ぎがうまいというわけではないのだ。
どこかにいいポケモンでも見えないだろうか、と海辺を散策する。数軒の家とポケセン、あとムロタウンのジムがあるくらいで見所はほとんどといっていいほどない。
これじゃあ探索しがいもないよなあ。急降下していく気分を隠しはせず、水際で水分を含んだ砂を蹴っ飛ばした。
「あーあ、どこか鍛えられる場所があればなー!なあフレア!」
ジムに挑戦するため、手持ちのポケモンを鍛えられる場所さえあれば十分だ。
それすら人に聞いても「ぶっつけ本番だ!」とか「当たって砕けろ!」なんて返答が戻ってくる。つまらないことこの上ない。
たまたま外に出ていたフレアも「ちゃも」と一言。どこか退屈そうなのは俺と同じだ。
と、そこで海辺に誰かが立っていることに気づいた。海を見つめたままじっとして動かない、俺と同じ年くらいの子供。それに付き添っている二匹のポケモン。
緑のピンズがついたベージュのハンチング帽、オリーブ色のフード付きパーカー、黒のチノパンツ、茶色のショートブーツ。黒とオレンジに彩られた肩掛けカバンは適度に膨らんでいて、その様子からも旅慣れていることがわかった。
風に吹かれて彼のこげ茶の髪が揺れる。
ふと、その少年が116番道路で見たシャンデラの使い手だということに気づく。
ハギ老人の船以外に何かが止まっている様子は見えなかった、波乗りを習得したポケモンがいるんだろうか。
「なあ!」
慌てて声をかけて走り寄った。一度砂に足をとられて転びそうになったけどそんなものは関係ない。
声に気づいたらしい少年はどこかに意識がとんでいるような状態でこちらを向いた。
光を通さないエメラルドグリーンの瞳に底知れぬ闇が浮かんでいる。すぐにそれは消えたものの、見てしまった衝撃は俺の中にくすぶっていて消える様子がない。
「お前、116番道路でシャンデラで戦ってた?」
取り繕うように言葉を紡いだ俺の後ろでフレアが呆れたように鳴いた。リオルがいないとやはりどんなことを言っているのかほとんどわからない。
けど多分これは予測できる。「聞かなくても分かっているだろ」だ。
問いかけた少年の方は、さっきのどこか浮世離れした雰囲気はどこへやら、不思議に思っているような顔でこちらを注視した。その表情は年相応である。
しまった、いきなり声をかけてそんなことを言ってしまうのは失敗だったか。怪しいものだと思われたかもしれない。
「あ、いや、あんまりにも強かったし、印象に残ったっていうか、」
「…ふふ」
「なっ、なんだよいきなり!」
「ううん、何でもない。不快にさせちゃってたらごめんね。友達にちょっと似てたから」
ね、と少年が足元に寝そべっている二匹のポケモンに尋ねる。チラ見をしただけなのでよく見ていなかったが、片方はこの地方に生息していないイーブイだ。
それに気づいて、少年もこのへんに住んでいたわけじゃあないらしいという考えに至る。なるほど、他の地方から来たのか。
気持ちよさそうに寝転んでいるロコンが気の抜けた返事を返した。少年はそれを複雑そうに眺めている。
それにしても、随分と人に慣れた二匹だ。俺の方なんて蹴られてつつかれて噛み付かれての三段コンボだぞ。羨ましすぎる。
「どうやったらこんなに懐くんだ?」
「え?」
「俺の手持ちなんて全然懐かないんだよ。毎日蹴られたりとか噛み付かれたりとか…しかも一匹、嫌われてるって太鼓判押されたし」
腹を出して寝転ぶイーブイをなるべく優しく触り、くすぐってやる。身をよじって俺の手から逃れようとしているがそんなのは無視だ。こいつも可愛いな。
少年から戻ってきたものは、沈黙。イーブイに向けていた視線を少年のほうに移すと、少年は何かを考えるように口に手を当てていた。
「別に、懐かれてないっていうわけでもなさそうだけど」
「へ?なんで?」
「そのワカシャモ」
随分と丁寧にお世話もされてるし、今だって。そこまで言って言葉をつまらせた少年。何か思うことでもあったんだろうか。
少年は寂しそうに笑ったあと、反対側で砂だらけになって転がっていたロコンを抱き上げた。不思議そうにロコンが首をかしげている。
「そろそろ行かなきゃ」
「どっか急ぎの用事か?」
「うん。
キミと話せて良かった。もしどこかでまた見かけたら、声をかけてくれると嬉しいな」
「おう、バンバン話しかけてやるよ。俺の名前、シズクってんだ」
「僕は…、ごめん、急いでるんだ。また今度会えたら教えるから」
ばいばい、と言ってモンスターボールからまた見たこともないようなポケモンを出し、その少年は俺の前から飛び去った。俺の手の中にいたイーブイも、いつの間にやら彼の肩に乗っかっていた。
なんだかへんなやつだった気がするな、と思いつつ、俺もまだ俺がいないことに気づいてないらしいリオルを迎えにいこうとジムのほうに足を向けた。