黒くに染まる暖かさへ

「少し困らせてしまったようだね。失礼。
改めて、ボクの名前はダイゴ。珍しい石に興味があって、あちこち旅をしているんだ」

ええまあ知ってます、とは言えず。
俺が前世で出会ったダイゴさんも相当な石好きで、今会っている方がまだちゃんとした大人という雰囲気が漂っている気がするし。別に驚きはしないけど。

というより、ムロのジムリーダーであるトウキさんから石の洞窟に向かったと聞いた時点で相当な変人だということはわかっているわけで。
ダイゴさんは俺にも名前を尋ねてきたが、別にそれほど深い繋がりになるというわけでもなさそうなので「しがないただのトレーナーです」とだけ答えておいた。

「名前は教えてくれないのかい?」
「…また会った時にでも」
「そう、それは残念」

それじゃあこれを。
ダイゴさんが出したのは一枚のディスクだった。暗がりで文字はよく見えない。

「ボクのお気に入りの技マシンで、はがねのつばさというものが入っている。届けてくれたお礼にもらってくれないかな」
「あ、ありがとうございます?」

はがねのつばさ。多分鋼タイプは使わないから使う機会はほとんどないと思うが、善意は無碍にできない。
大人しく受け取った俺を満足そうに見たダイゴさんは、自分の後ろを振り返って見上げた。そこには古代の壁画で描かれたカイオーガがいた。

「…ところできみは、この壁画を見て何か感じるところはあるかな?
数千年の昔、原始の頃。その力をもってボクたち人間の大いなる驚異となっていた伝説のポケモン……その力の凄まじさが、壁画を見ているだけで伝わって来るよ」

ダイゴさんに言われてもう一度カイオーガの壁画を眺めた。「昔」に会ったことがあるからなのか、大きな力を思い出しこそすれ、恐ろしさはそれほど感じない。
あいつのカイオーガは甘えたがりだったからかな。そう考えていることはダイゴさんは知るまい。

しかし、同時に忘れてはいないのだ。カイオーガは俺たちの脅威になりうる存在で、油断をすればすべてが飲み込まれてしまうということを。
あいつが時代を収束させなければ、隕石が落ちてくる前に世界は終わってしまっただろうということも知っている。

ダイゴさんは壁画を見る俺を眺めて一つ頷く。

「うん。きみのポケモンも、彼らに負けじとなかなかいい感じだね。
きみときみのポケモンたち……修行を続ければ、いつかはポケモンリーグのチャンピオンにだってなれる…ボクはそう思うな」

リーグのチャンピオン。
俺はもちろんその地位を目指してポケモンを鍛えているわけだが、ダイゴさんに言われたならそれもそれほど遠くないように思える。チャンピオンのミクリさんに挑む日は近いな。

「それじゃあ、ボクは先を急ぐから」

ダイゴさんはそう言って裾を翻し、入口の方に消えていった。物音も聞こえなくなり、人の気配も感じ取れなくなる。
誰もいないことを再度確認し終わり、ライラにフラッシュを使ってもらうよう頼んだ。

先ほどとは一変、明るく照らし出された壁画が全貌を表した。

ダイゴさんがいたときには見えなかった部分を見る。触れると崩れそうな気がするので触ることはできないが、そもそも壁画は下がっていなければ見えないほど広大なため支障はない。

「…おかしい」

何度壁画を眺めても違和感が拭えない。
描かれているカイオーガはなぜか両腕に小文字のAのような印が残っていて、俺の知っているそいつとすべてが一致しているわけじゃない。それも違和感の原因だろう。

しかし、根本的に違っている部分がある。俺の認識と違う、それが。

「グラードンがいないんだ」

独り言として響いたそれを、リオルと俺の手持ちだけが聞いた。
そう、グラードン。大地を司っていたとされる伝説のポケモンが描かれていない。天空から舞い降りたといわれるレックウザもいないが、そっちは恐らくレックウザのいた場所に記されているのだろう。

グラードンとカイオーガはそれぞれえんとつ山と海底洞窟で復活したという。そのときはこの壁画のことは何も聞かなかったし、俺が来た時も何もなかった。
つまり俺の前にある壁画はこの世界だからこそのもの。グラードンのものも、もしかしたら別の場所に描かれているかもしれない。しかし最初に石の洞窟を訪れた際に聞いたのだ。

「赤と青の…って、言ってたよな」

発掘に来た人が、この壁画を赤い服と青い服を来た軍団がそれぞれ見に来たと言っていた。それは恐らくマグマ団とアクア団で間違いない。
しかし、ここにあるのはカイオーガだけ。マグマ団が欲していたのはグラードンだったはずだから、この壁画を見に来る必要はない。

だから俺はこの壁画にはグラードンも描かれていると、そう思っていたのだけれど。

『お前は、このポケモンを知っているのか?』

考え事をしていると、リオルが壁画を指さしながら聞いてきた。そうか、普通の子供はこのポケモンを知るはずないもんな。
いい機会だし、どこにも他の人影はないし。精々俺のポケモンが聴いてるくらいだから、話しておいてもいいだろう。

「俺、生まれる前の記憶があるんだよ」
『は?』
「前世の記憶ってやつ?この状況とそっくりの世界でさ、俺はミズゴロウと一緒に旅をしてた」

だから最初ミズゴロウ欲しがってたんだよ、というと、フレアのボールが一瞬だけ動いた。まあフレアからしてみれば自分勝手な考えだよな。

「このポケモンはカイオーガって言って、前世での…友達、がさ。見せてくれたんだ。
フレアは知ってるだろうけど、そいつがアチャモを使ってたやつで」

でも俺は一度も勝てなかったんだ。
結局フレアが俺のパートナーになったことは後悔していない。…とは言えないが、これもあいつのポジションになってしまったことへの償いになるんだったらそれでいい。

リオルは呆然とその話を聞いていたが、ふと我に返ったようにこちらをしっかりと見て言う。

『変な奴だな』

それ、改めて言うことかよ。
しかしこんな突拍子もない話、どうせ周りはちぐはぐな作り話だと思うだろう。いきなり質問とは別の話題を出されて見当違いの答えを出されて。憤慨してもおかしくない。

そのことに対する皮肉も込められているだろうなと感じつつ、いつものようにへらりと笑ってリオルに返事をした。

「うん、知ってる」