催涙雨に囚われるのは

ムロでの用事も終えたので、ハギ老人に頼み込んでカイナまで連れて行ってもらえるかということを尋ねることにした。
水タイプがいない俺の移動手段はもっぱら船しかないわけで、つまり今、ハギ老人がトウカに帰ると言いだしたら俺はトウカジムに挑まなければならなくなることを示している。

もちろん父さんは認めてくれるはずがない。あの人はそれなりに意志が固く、どんなに説得しても彼が折れたところを見たことがないのだ。

船乗り場でどうやって話を切り出そうかと思い悩む。こっちは頼んでいる立場だ、それほど強く物事は言えない。
当たって砕けろ、としどろもどろに声をかける。

「おお、無事に手紙を届けられたようじゃな。いきなりじゃが、ツワブキ社長から追加のお願いがきとるぞ」

ハギ老人はそう言って何かが入った袋を手渡してくる。受け取ると、感じた覚えのある重量感。

「お前さんが取り戻してくれたっていうこの荷物をな、カイナの造船所にいるクスノキっちゅう人に届けて欲しいそうじゃ」
「えっと、それじゃあ次はカイナシティに向かってくれるんですか?」
「ああ!そうと決まれは善は急げ、早速出発するぞ!」

なんというかタイミングがいいな。
俺から言い出さないでもカイナに行けるとは思っておらず拍子抜けした。しかしハギ老人が荷物を持っているなんて。

まさか、俺がダイゴさんと話しているうちに一度トウカの方に戻ったっていうのか。それほど時間はなかっただろうに…ハギ老人恐ろしい。流石伝説の船乗り。


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カイナに着いたので、クスノキ館長に会うため造船所を訪れる。記憶とあまり相違ないことは助かった。
奥の方に頭を悩ませている人がいる。あれがクスノキ館長だろうか。

「あの、」
「あれがこうなってこれがこうなるから…ん?きみは?」

近づいて話しかける。彼の見ているものは船の設計図みたいだが、どこがどうなっているのか自分ではさっぱりわからない。もちろん専門外だ。
男性は俺の方に気づいて振り向いてくれたので、預かっている荷物をとりだした。

「デボンのツワブキ社長からのお届けものです」
「…ええと、僕はクスノキ館長から連絡船の設計を任された、ツガという者だけど…」

なんと。この人だと思って話しかけたのに、まさか別人だったとは。これほど恥ずかしいことはない。
恥ずかしさで熱くなる頬を冷やすために両手を当てる。リオルが笑っていたのであとで懲らしめてやろうと心に誓った。

男性改めツガさんの話では、クスノキ館長は科学博物館に行っているらしかった。そしてツガさんではこの荷物を受け取れないということも初めて知る。
仕方なく科学博物館に向かうと、そこには大量のアクア団の襲来。

「…なんだこりゃ」

アクア団がなんでこんなところにいるのか。しかも服装でさえ見覚えのある青装束で、こいつらぱっと見たら犯罪臭しそうだよな、という見解を持ってしまう。実際盗犯とかやってるわけだが。

受付の人はなんとも思わなかったんだろうかと思いつつ、アクア団に混ざって部外者の俺も展示品を眺める。宇宙の歴史、なるほどわからん。
ついでに言っておくが、この科学博物館はアクア団の貸切というものじゃない。こんなところを貸し切ることができたら、今頃優秀な研究者でも雇ってさっさとカイオーガを復活させているところだろう。

理解が及ばないままに説明文を読んでいくが、ポケモンとはまるっきり別の分野のことばかりで頭を素通りしていく。もう少しポケモン以外にも興味を持つべきか。
リーグの制覇を果たしたらいろんなことを学び直そうと思いつつ、近場にいる人でわかっていそうな人を探す。

『何をしてるんだ?』
「ここにあるものを簡単に説明してくれる人を探してる」

リオルが俺の答えにため息をついた。観光に来てるわけじゃないだろと小さくつぶやかれたのがわかった。どうせなら少しくらいは楽しんだっていいじゃないか。
俺がその気ならば、と、一応リオルも楽しむことにしたらしい。さっさと奥の方に歩いて行った。

あいつ、俺と一緒に行動しなくても一人で生きていけるんじゃね?

と、目線を向けた先にアクア団とは違う服装をした少女を見つけた。黒いノースリーブのシャツ、ピンクのミニスカート。お揃いらしい暗い赤の帽子からは濃い金色の髪が覗いている。

アクア団に聞くつもりはなかったし、あの人は親切そうだ。聞いてみるか。

「すみません」

声をかけてみると、その少女はすぐにこちらを向いた。切れ長の瞳にすっとした鼻梁、薄い唇、小さい顔。成熟しきっているわけではないが、大人としての魅力が垣間見える。
ハルカも可愛い顔なんだろうけど、この人も美人な人だな。ちょっと心臓が跳ねた。

そのまま何も言わない俺に、少女はどこかイラついた様子で「何?」と聞いた。どこかトゲがあるのは気のせいか。

「俺、ここに来たのはいいんだけど、内容が理解できなくて。もしよかったら教えてくれないかなー…とか」
「いきなり声を掛けてそれ?博物館の人に聞いてくればいいじゃない」

確かにそうだが、博物館の人はアクア団の人たちに質問攻めにされているところを見たから話しかけにくいのだ。だいぶ疲れている様子だったし。
思っても口に出せるわけでなく(なにせそんなアクア団はここに山ほどいる)、ごまかすために乾いた笑いを出した。

少女は滲む敵意を隠しもせず、俺をひたすら睨み続けていた。邪魔したのは悪かったけど、何もそこまで敵視しなくてもいいじゃないか。

「私はあなたと違って暇じゃないの。これで失礼するわ」
「えっ」
「…他に用はないんでしょう?」

それじゃ、と言ってリオルと同じように奥へと歩いていく少女に何かをできるわけもなく、その背中を見つめた。
確かに美人で、もっとまともに仲良くなったらいい人なんだろうけど…

「苦手だわ」

ポツリとつぶやいた言葉はアクア団のざわめきにかき消された。