歯車は既に動き始めている

引きずられた先は、先程までルチアがいた部分だった。声をかけられたときよりさらに多い視線が俺に突き刺さる。なんでこんなところに俺がいる。
流されるままに名前を聞かれ、ようやっとの思いで「シズク」とだけ伝えると、ルチアは「シズクくん!」と笑いながら言った。

「シズクくんは、よく見たらジムバッジも持ってる強いトレーナーさんでした!」

そりゃあリーグ目指してるんだから当然持ってるけど。
ルチアはまだ手を握ったまま、俺を逃すまいと捕まえている。もう逃げないから離してくれるとありがたいんだけど。

コンテストの説明をすべて右から左に聞き流し、早く終わってくれと切に願う。もう今日は疲れてるし、休憩としてあの少年に話しかけようとしただけだっていうのに。
もう少しやる気のあるトレーナーをなんで誘わなかったんだと思ったが、口に出したら屠られる気がするので口を謹んだ。

「ぜひあなたのポケモン強さじゃない輝き、感じて欲しいな!はい、どうぞ!」

ようやくコンテストの説明が終わり、出場に必要だというコンテストパス、それとポケモンの魅力に磨きをかけるというポロックキットをもらう。

「シズクくんの物語が今日始まりました!そう、タイトルをつけるなら…
"突然の出会い!ミラクル☆アイドルスカウト!"って感じだね!」

みんな!これからのシズクくんの活躍に期待しちゃおうね!

「それでは…ミラクル☆ルチアの!コンテストスカウトでしたー!」

観客や野次馬から拍手と声援が飛んできて、ようやく俺の出番が終わりだということを告げる。もらったコンテストパスとポロックキットを眺めながらため息をついた。
別に俺、コンテストには出場しないと思うんだけど。

ルチアがコンテスト会場に入っていくのに比例して捌けていく観衆を見つめていたが、そこで俺が会場に入ろうとしていた理由を思い出す。
さっきの騒動で帰ったりとか。ありえる、あいつはそういう騒がしさとかは嫌いそうだ。はやく行かなければ。

会場の入り口に足を踏み込んだとき、出迎えてくれたのはあの少年だった。

「…シズクくん?」

この前聞いた落ち着いた声がわずかに揺らぐ。俺もまさか出てきているとは思わず、勢いよくぶつかりそうになった。つんのめったところを少年が受け止める。

「さ、さんきゅ」
「そんなに急いだら危ないよ。…キミもコンテストに興味があるの?」
「へ?」

なんでそんなことになってるんだ、という意味合いを込めて少年を見つめた。それほど器用ってわけでもないから、やるとしてもリーグ制覇以降なんだが。
少年は俺をしっかりと立たせたあとに、俺の手元を指差した。

ポロックキットとコンテストパス。そういえばもらったままカバンにしまっていなかった。
それを慌ててカバンの中に仕舞い込み、訂正をしながら少年の手を引いて外に出た。中はルチアのファンですし詰めになっていて空気が悪い。

109番水道にある無人のベンチに座り、途中で買ってきたサイコソーダを手渡す。この辺は暑いからサイコソーダがうまい。
少年はそれを恐る恐る受け取った。

「ありがとう」
「どういたしまして。いやー、入れ違いにならなくてよかった!」

入れ違いになっていたら今頃コンテスト会場の人混みをかき分けて探してるところだった。人酔いはしないほうだが、流石にあれほどの人数が会場に詰まっていたらげんなりする。
少年は俺がぼやいた言葉で笑いつつ、「本当に話しかけてくれるとは思わなかった」といった。人の顔は覚えられる方だしな。かなり印象に残ってたし。

それにしても、本当に神出鬼没だなこいつ。ムロからどこかに飛んでいったかと思えばカイナにいるし。空を飛ぶことができるなら、ジムを制覇するのも楽だろうけど。
でもカイナはジムはないし、ムロになにか面白いものがあるかと言われても別に何もないし。本当にどういう基準で回っているのか謎である。
そういえば今日はロコンとイーブイはいないんだな。

「あれからなにかあった?」

少年はそう言ってサイコソーダを一口含み、飲み込んで口を離す。少し顔をしかめたのが見えた。

そうだ、少年にそのことも話してしまおう。流石に他の人に話を聞いてもらわないと俺がつらい。
ムロで出会う前にカナズミで出会ったリオルのこと、カイナでアクア団に襲われたこと、そして人を探している少女に詰問されたこと。

愚痴にもとれる俺の報告を、最初は笑顔で聞いていた少年も段々真顔になって聞いていた。表情から読み取れる深刻さに、俺の巻き込まれたことがそれなりに重要なことだとわかる。

語り終えると少年はやけに真剣な顔で考え込んだ。

「それは怖いね。アクア団は強いし、コトアは探さないといけないし。このままいったらえんとつ山でも遭遇するだろうし」
「だろ?ただジムを制覇するために回ってるのに、どうしてこんなに巻き込まれてるんだろうな」
「…うん」

思えば、アクア団はそれなりに規模の大きいチームだ。俺みたいな子供にどうこうできることはないに等しい。
俺は類似した未来を知っているからこそあまり怖さを実感していないが、本当はこんなことを子供がやるとすると相当な心的負担がかかるに違いない。

あいつは…「昔」のハルカは、怖くなかったんだろうか。
こんなことをやっていたら辛かったんじゃないか?相談できる友達はいなかっただろうし、頼れる大人たちはいるが、最後にはハルカが頼られる立場だった。
あいつがバカみたいにまっすぐで無鉄砲で、そして普通なら持つことができないようなほどの勇気は、もしかしたら。

「そういえば、お前の名前はなんて言うんだ?」
「僕?」

少年も俺もお互い別のことを考え込んでしまって続いた沈黙を破る。あいつの心境について考えるのはやめておこう、今は隣にいるやつと話を弾ませよう。
いきなり話を振られた少年は、少し頭を悩ませてから「ううん」とつぶやいた。

「今はまだ、内緒にしておこうかな」

ムロでは教えるって言ったんだけど、ごめんね。
もちろん理由は話してくれるはずもなく、納得はいかないわけだが、申し訳なさそうにする少年に強くは言い返せなかった。人それぞれの事情はあるし、あまり突っ込みすぎるのもよくない。

それからは特に変わった内容でもない話をぽつぽつと交わし、俺とその少年は別れた。もうそろそろ日が暮れるし、俺もポケセンで待つリオルのところに帰るか。
みるみる縮んでいく背を見送ったあとにふと二人での会話を思い出した。厳密に言えば、俺の愚痴のような報告部分と少年の反応を。

「…えんとつ山のこと、なんで知ってたんだ?」





「…これは、かなり危険だ」

空気を裂き、滑らかに宙を舞うカイリューに跨りつつ、少年はそうつぶやいた。少年を背に乗せているカイリューが弱々しく嘶く。
短い体毛に包まれた肌を優しく撫で、大丈夫、と一言告げる。

少年が後ろを振り向いた。砂浜は遠くに消えて、夕焼け色に染まる広大な海が広がっている。

「まさかセレナとシズクくんが接触してるなんて…
ああいや、それよりもシズクくんがアクア団と交戦してることがそもそもの誤算だった。シズクくんは予想以上に厄介事に巻き込まれるタイプかな」

僕も負けず劣らず、だけど。

「さて、全部が終わったら念願のコンテストに出るとして…――

まずはこの大きな荷物を片付けないとね」

少年のつぶやきが聞こえたのは、彼の持つポケモンと橙に染まる自然だけだった。