それが弱いと悟ったから
翌日、カイナを飛び出してキンセツに向かっていると、道中でハルカに出会った。
数日の間にいろんなことに巻き込まれたからか、随分と久しぶりにあった心持ちだ。確かカナズミ以来だし、一応久しぶりといえば久しぶりなんだが。
「あっ、シズクくん!久しぶり!」
ジグザグマを相手にしていたハルカがこちらに気づいて手を振ってくる。ジグザグマが不審そうに見てきているのはきっとあいつがオスだからだ。
と、いきなりボールからエポナが飛び出してハルカの方に近づいた。そうか、お前ハルカのことが好きだもんな。ほかのオスが近くにいたらそりゃあ不満だろう。
ジグザグマに威嚇しているエポナを横目で眺めつつ、久しぶりとハルカに告げた。
こんなところでジグザグマを相手にしているということは、ポケモン調査の一環だろうか。そういえば前世じゃ俺がこの辺で調査をしていたらあいつが来たような…
これは前世と同じところか。あいつから聞いている話とは随分違うこともあるが、概ねの話の流れは変わらないようだ。
隣にいるリオルは前世とは違う。あいつの隣にいたのなら、俺はリオルという名前を知っているはずだから。
「お父さんが言ってたんだけど…昔はね、もっともっとこの世界に自然がたくさんあって、もっともっと多くのポケモンがいたんだって!
お父さんもわたしも、そんなポケモンたちの昔のことを知りたくてフィールドワークをやってるんだ」
「へえ、ハルカって凄いカッコいいことを考えてるんだな」
「ええ?そ、そんなことないよ!シズクくんの方がずっとかっこいいし、えっと、」
俺なんてただリーグ優勝くらいしか考えてないけど、ハルカはポケモンのことを知りたいとか、いろんなことを考えているんだ。昔の俺ってこんなこと頭にあったかな。
褒められて照れているらしく、顔を真っ赤にして否定をしてくるハルカに思わず笑みがこぼれた。相変わらず落ち着きがないな、ハルカ。
「そ、そんなことよりも!シズクくんはリーグ優勝を目指してるんだよね!」
「?おう」
「だったら…ちょっと、勝負しようよ!」
勝負。103番道路以来のハルカとのバトル。
それを思うだけで胸の奥の何かが熱くなっていくのを感じる。ハルカとのバトルは他の誰よりも楽しいと思えるのだから不思議だ。…ハルカがそう思っているのかはわからないが。
おう、やろう!そう言おうと口を開いて、ふと、不意に思った。
ハルカに出会った最初のときに感じたそれだ。俺があいつのポジションにいて、そしてハルカがユウキのポジションにいるんだったらという疑問が、俺の中で急に顔を出した。
昔と違う未来が待っているのかもしれない。ハルカはここで俺に勝つのかもしれない。"ユウキ"はそれくらい必死に実力をつけたという自信だってある。
でも、もし目の前のハルカが俺に勝てなかったら?
俺がもしハルカに勝ってしまったら、こいつは俺と同じようにずっと追いかけてくるのかもしれない。"ユウキ"がひたすらに望んでいたように、俺の背中をずっと見つめて。
それをされたら、俺はハルカをどんな気持ちで見つめればいいんだろう。
「…いいぜ」
俺はそう言って腰にぶら下げたボールを掴んだ。ハルカは俺の心境の変化には気づいてないだろう。
最初に出されたのはキノココだった。
―――
――――
どしゃり。音を立てて地面に横たわったのはフレアの方だった。
ハルカが驚いた顔をしている。別に、そんなに驚くことはないだろ。実力だって拮抗してたんだし。
「どうして…」
「…悪い、フレア。負けちゃったな」
俺はもう戦えるポケモンが一匹もいない。つまりさっきのバトルは俺の負けだ。
フレアも随分奮闘してくれたよな、と力なく横たわる体を抱き上げて傷薬を吹きかける。オレンの実を少しずつ食べさせて回復させていると、誰かが腕を掴んでその作業を中断させた。
ハルカが泣きそうな顔をして俺を睨みつけていた。
「なんで、本気を出してくれなかったの」
彼女の少し伸びた爪が腕に食い込む。目が潤み、声が震え、顔を真っ赤にしている少女が俺をずっと見つめていた。
そんなはずはない。俺は本気でハルカと戦ったんだ。でも俺はハルカよりも弱くて、だから負けた、それだけ。
「本気でそんなこと言ってるの?」
「…本気以外に、何がある?」
俺の言葉をきいたハルカが、手を離して思い切り俺を押した。予想外のことで横に倒れる俺を起こすこともせず、彼女は「ふざけないで」と吐き捨てる。
「シズクくん、本気じゃなかった」
「…」
「あたしは!シズクくんが強いんだって思って、必死にポケモンを育ててきたのに!シズクくんは本気を出してくれなかった!」
「…そんなこと、」
「あるもん!」
そんなこと、あるはずがない。俺は本気でバトルに臨んだ。ハルカに勝つために必死に戦ったはずだ。だから、今のハルカの発言はおかしいはずなんだよ。
しかし彼女はその大きな目から水の粒を落としながら、俺を睨みつけて動かない。
どうして。お前は勝者だ、勝ったやつなんだ。本当は嬉しいはずだろ?俺に勝てたら自分は強いんだって、少しは思ってくれたんじゃないのか?
それともあれか、俺なんかに勝ったってそんなのは踏み台にもならないってことか。はは、ハルカは本当に手厳しいな。俺も見てもらえるように頑張らないと。
刹那、乾いた音があたりに鳴り響いた。
頬が熱を持っている。恐る恐る手をそこに持っていくと、鈍い痛みが熱を発している部分に広がっていった。
「シズクくん、何もわかってない!」
叩かれたのだということに気づいた頃には、ハルカは遠くの方に消えていて、俺は今の選択を間違ったのだと言うことを悟った。
赤く腫れているであろう頬を手で抑えながら、ポケモンたちを回復させるためにカイナへと引き返す。野生のポケモンからは走って逃げた。
幸い傷薬で治療を終えたフレアとリオルがそばにいてくれたが、俺は何を話せばいいのかわからないまま黙っている。
ポケセンでの長い沈黙。ライラとコノハ、そしてエポナはまだ治療をしてもらっている最中だ。
負けたことを謝ればいいのだろうか。それとも、次は勝とうと励ませばいいのか。そんなことは長らくしていない。あいつに負けたのはもう、十五年ほど昔の話だ。
胸の中でとぐろを巻く悩みに動きの鈍い頭を働かせつつ、俺たちの時は過ぎていく。