明日もきっと晴れるもの
さすがはホウエン最大の都市、キンセツのポケセンである。夜でもぎりぎり滑り込めるほどの部屋の量を保有していた。
なんとか個室をとることに成功した俺は、ほぼ体力満タンの手持ちたちを全員ボールから出した。未だ小柄なポケモンばかりなのでそれほど狭くはならない。
各々が好きなように過ごさせて、自分は一枚のディスクをいじる。
『それ、今日もらったやつか』
ベッドに座っているとリオルが隣に座って聞いてきた。
そう、実はあの後、ミツルのおじさんが秘伝マシンをくれたのだ。ディスクケースに貼られた部分に書かれていた名前はいわくだき。
いわくだきはキンセツのジムを突破することで、バトル時以外の野外で使用を認められる便利な技だ。
ちなみにカナズミは居合い切り、ムロはフラッシュの使用を認められる。
リオルの問いかけに肯定を示してディスクをもう一度見た。
キンセツからフエンに行くためにはいわくだきが必須。しかしこいつを誰に覚えさせるのかということがミソである。
タイプ一致ならばフレアだ。だがフレアにはもう居合い切りを覚えさせているし、いわくだきなんて覚えさせれば俺の頭を粉砕しそうなので遠慮しておきたい。
ライラは覚えられないし、リオルには勝手に覚えさせていいものかわからない。それよりリオルのレベルがどんどん上がっていってどうしようか悩んでいる最中でもある。
「エポナに覚えさせるか」
物理が多くなるが、様々なタイプを使える方がいいだろう。明日エポナに覚えさせて使ってみることにする。
自分の中で完結したのでディスクを片付けた。リオルが俺の図鑑やナビを勝手に操作しているのはいつものことなので気にしていない。
ようやく備え付けのシャワールームに行こうと立って、不意に頭をよぎった考えがあった。
「…なあリオル」
『何?』
「俺、お前以外のポケモンと言葉を交わすことってできねーかな」
出来ると思うけど。即答で返ってきた言葉に拍子抜けする。そんなにあっさりできてもいいものなのか、言葉を交わすことって。
『ポケモンの言葉も一種の言語だ。
ポケモンは人間の言葉を理解できても、話すことができないやつが九割を占めてる。そのせいで、ポケモンが何を言っているのかちゃんと伝わらなくて、ぼんやりした意思疎通になるだけで』
「…えーと、それはつまり、」
『つまり、ポケモンが人間の言葉をしゃべるか、お前がポケモンの言語を覚えたらいいんだ。後者は俺がいるからできることでもある』
ポケモン。ポケモンの言語。それを覚えることができたなら、リオルがいなくなったあとでも円滑にコミュニケーションをとることだってできるんじゃなかろうか。
思えば言語の不一致のせいで、エポナの名前も付けるのが遅くなったし。もし言葉を交わすことが可能だというのならやっておくに越したことはない。
リオルが言葉を翻訳してくれるからこそ関係が成り立ってるところがある。もしこいつが元の持ち主…コトア?のところに帰ってしまったら、多分こいつらとは険悪なムードになるだろう。
ポケモンたちに俺たちの言葉を喋らせるか、それとも俺がポケモンたちの言葉を理解するか。
相手に言葉が理解できているなら喋らせるほうがいいんだろうが、それだと野生のポケモンの言葉がわからない。それに俺が言いだしたんだから、ポケモンたちに無理強いさせるわけにはいかない。
「教えてくれ、リオル」
頼む。
リオルは俺の言葉に一瞬思案するような素振りを見せたあと、静かに頷いた。何を考えていたかはわからないが、とりあえず協力してくれるだけありがたい。
安心して風呂に向かった俺。五匹しかいない中で、リオルがつぶやいた言葉の真意を理解できるものはいなかった。
『…俺も、覚悟を決めなきゃ』
―――
――――
キンセツジムに挑む前にいわくだきをエポナに伝授した。多分今回のジムでは使わないものだが、先に覚えさせても問題はない。
それにしても、今回のジムは少し厳しくなりそうだ。電気に強い地面タイプが手持ちにいない。
砂漠地帯にいるナックラーやヤジロンなら大活躍できるところだというのに残念な限りである。
他にも地面タイプはいないものかとなけなしの知識を振り絞ってはみるものの、このあたりで捕まえられそうな地面タイプは思いつかない。ゴリ押しで行くしかなさそうだ。
その分きっちりと全員を鍛えておかなければ行けないと感じて117番道路に進んできたのだけれど、
「流石にこれは、予測してなかったよなぁ」
足にすがりつくようにしがみついているポケモン。丸い水色の体、少し大きめの耳、進化前よりふたまわりほど小さくなった球体の尻尾。
女の人の方に人気がある、水ネズミポケモンのマリルである。
水ネズミといっても、進化したら水うさぎになるんだが。元になる動物の種族自体が違うなんてそんなことを気にしていたらポケモンの謎なんてものは解明されないので黙っておく。
マリルは俺の足にしがみついてぼろぼろと水の珠を落とす。おかげですねがびしょびしょなわけだが、一体どうしてこんなことになっているんだろう。
ポケモンの言葉はまだ勉強すら始められていない。故に俺がとぎれとぎれのマリルの訴えを理解できるはずもなく、仕方なしにリオルに頼んで通訳をしてもらった。
『主人と似てるんだと』
「…いや、なんでそうなった」
ざっとしたリオルの説明に呆れつつ、もう一度聞き直してもらう。俺が前の主人に似てるってどういうことだ。
ああでも、いつか波乗りを覚えさせるポケモンがいなきゃジムバッジが集まらない。ダイビングと滝登りも。水タイプのポケモンは色々いたから特に気に留めていなかったが、そろそろ捕まえなければ。
ラグナがいたときにはこんなことは考えなかったのに、と随分と昔のことに思いを馳せつつ、このままではまた逆戻りだとかぶりを振る。
『…トレーナーがいなくなったんだったってさ』
「ああ…多分厳選の餌食になったんだな」
厳選というのは、トレーナーがよくやる「個体値厳選」の話だ。
つまり、種族の中でより強いポケモンを求めて野生のポケモンを乱捕りしたり、生まれたポケモンの強さを調べたりするというだけの話だ。俺はほとんどしたことがない。
そもそも厳選にかける時間と労力がない。とりあえず戦えそうなら捕まえる。
ジョウトにいた時に厳選をするトレーナーが増えたせいでポケモンの異常繁殖まで引き起こした事件があって、厳選という作業にあまりいい思い出を持てないからだ。
こんなところで厳選するやつがいたんだなと思いつつ、泣きじゃくるマリルの体を撫でる。なんだかとても突き放しにくい。
どうするんだとぶすぶす突き刺さるリオルの視線に苦笑いしてマリルを抱き上げた。
「よし、なら一緒に来るか?」
どうせ水タイプは捕まえなきゃいけないんだ、今でも後でも捕まえるのに変わりはない。
マリルはその言葉を聞いて勢いよく顔をこちらに向けた。涙でびっしょりと濡れている顔が笑顔に染まる。
素早くボールを差し出すと、マリルは涙を拭うことすらせずにボタンを押した。すぐにマリルをしまいこんだボールが左右に小さく揺れる。
かちっと聴き慣れた音を耳にして、こんなポケモンの捕まえ方しかしてねぇなと複雑な気持ちになったのは言うまでもないことだ。