水面を滑る目くらまし

117番道路を抜けた先にはシダケタウンが広がっている。
少し小さな街だが、ほかの街と比べて柔らかな自然の香りが強いのは気のせいじゃない。ミシロとは違った落ち着いた雰囲気があった。

ミツルはこの街で療養をしている。この街はほかと比べて空気が澄んでいて、持病などを持っている人間にはもってこいなんだとか。
俺が来た理由は、ミツルに会いに来たからである。

ミツルが強くなりたいと願うなら、一番手っ取り早いのは地方をすべて旅することだということ。
それを伝えて、俺と一緒に回らないかと誘いに来たのだ。

「ああ、ミツルくんならいないよ」

いきなり出鼻をくじかれた。

ミツルのおじさんが言うには、ミツルは俺に負けたことがかなりショックだったらしく、もっと強くなるといってシダケを飛び出していったんだとか。なんだって。
これは多分、ミツルもジムを巡り始めたんだろう。病弱な様子はだいぶ改善されていたわけだし、旅に出ても支障はなさそうだった。

だからといってこれは早すぎないか。
そんな不満は口に出せる訳もなく、俺は複雑な感情を抱えながらもその家を後にする。

『元々あいつとは回るジムの数が違うだろ。いずれは別れるんだし、そんなに落ち込むなよ』
「ミツルが行くなら俺もまたカナズミやムロに戻ったっていいんだよ…はあ」

折角一緒に旅ができると思ったのに。次に会う日はいつになるかわからないし、しばらくは話すこともできないんだろうな。
こうなったらシダケにもう用事はない。想定していなかった事態に時間が有り余ってしまったため、やることもなくかなり暇になってしまった。

キンセツジムには明日の朝一で戻って挑戦するつもりだったので、そのための特訓でもするかと辺りを見回した。当たり前のことながら、めぼしい特訓場はない。
特訓する場所は見つからなかったが、コンテストの会場は見つかった。

カイナのときは目当ての人物が外に出てきたので、内装は見たことがあっても足を踏み入れたことはない。初めての感覚に沸き立つ胸を抑えて一歩踏み出した。

そこに足を運んだのは単にあの少年がいないかと思ったからだ。俺がコンテストで輝けるとは思えないし、そういうのは少し気恥ずかしい。
煌びやかな室内に戸惑いを覚えつつ進む。コンテストの最中なのか、閑散としたロビーに見覚えのある姿はない。

「あっ!シズクくん!」

あの少年は神出鬼没だし、ここにいたらいたで驚くから別に落ち込む要素もなかった。
外に出て全員を鍛えようかと思案していると、どこかで聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。可愛らしいソプラノだ。

声のした方向を向くと、そこには笑顔でこちらに駆け寄ってくるルチアの姿。
ハルカに負けず劣らずの可愛い顔立ちをしている少女に駆け寄られるって、ともすればどこかのハーレムみたいな状況だよな。相手はそんな気持ちを微塵も抱いてないだろうが。

俺の心情を知るはずもないルチアは息を切らしながら目の前で止まる。

「シズクくん、コンテストに出るの!?」
「え…」
「この会場に来たってことはそういうことだよね!ねっ!」
「あ、いや、俺はちがうけど」

友達が居るかと思って寄ってみたことを告げると、それを聞いたルチアが肩を落とした。これほどコンテストで舞い上がるなんて、ルチアはよほどコンテストが好きらしい。

「絶対シズクくんはコンテストで輝けるよ!だからちゃんと、ポケモンのコンディションは整えておいてね!」
「あ、ああ…けど俺はまずリーグ制覇が目標だから、コンテストは出ないかもな」

「そっか…」

俺の乗り気じゃない返答にどんどん落ち込んでいくルチアを見て大変心が痛むが、二つ同時に制覇なんて真似は俺にはできないので仕方がない。
それにコンテストで輝くと言ったって、今まで散々バトル三昧だった俺にいきなりそれは無理だ。

しかしルチアはまだ諦めてないらしい、参加者の控え室らしい場所にまで案内して渡してきたものは、

「これ!」
「…なんだこれ、服?」
「そう!絶対シズクくんに似合うと思って!」

ライブスーツ、というわけではなさそうな、なんの変哲もない布地。白や黒が布地を走っている中、ふと見える若草色を引っ張り出した。すぐに戻す。
…気持ちだけもらっておこう。これを着てコンテストには絶対出てやるものか。

ルチアは俺が大人しく受け取ったことを確認して、このあとあるらしいコンテストに備えて準備をしに行った。

「もう外に出よう、そうしよう」
「待ってー!」

これ以上いたら無理矢理にでもコンテストに出ることになりそうだ。そうならないためにもさっさと会場から出よう。
そう思いつつ控え室のドアを開けると、足に何かがぶつかった感覚がした。

「?」
「ぴっ、かぁ」

足元から鳴き声がして黄色い身体が転がる。反射でその正体を目にした。少し丸みを帯びたそれは、この地方ではサファリでしか見かけないはずのピカチュウ。
俺の足にぶつけたらしい鼻を赤く染めてこすっているピカチュウは、尻尾の形から即座にメスだということが判別できた。なんだこのメス遭遇率。

言い忘れていたが、少し前に捕まったマリルもメスである。メスホイホイという名前がつきそうな気がするが口にするのはやめて欲しい。
しかし、これは誰のピカチュウなんだ?

「あっ!そのピカチュウ!」
「ん?」
「ごめんなさい、そのピカチュウこの子のです!」

鼻が痛いらしく、ずっとその部分をこすっているピカチュウを抱き上げたら、すぐに走ってきた人がこちらにお辞儀をしてきた。同じ年ほどの少年が指しているのは同じく同年代らしい少女。
ピカチュウの頭を撫でたあとに息切れしている少年にピカチュウを渡した。

ようやっとといった風に受け取った少年がお礼を言おうとしたのか口を開いて、そしてリオルを目にした途端目を見開いた。
俺はこのまま帰ろうとしたので話しかけるつもりは無かったが、少年は口を開けたり閉めたりと忙しない様子で何かを伝えたいようだった。何を言いたいのかさっぱり分からない。

「トロバっち?」
「あああ、あの…そ、そのリオル…」

中々動かない彼に痺れを切らしたのか、少女が眉をひそめながら声をかけた。ピカチュウが落ちかけているのが1番気になるところである。
様子からしてこのリオルに何かを言いたいのだろうが、まさかまた知り合いだという落ちではないだろうなと願う。

バイブレーションのような振動数を記録し続けている少年に、諸事情でトレーナーとはぐれたリオルだということを説明した。
少女がポーチから取り出したマルチナビをリオルに向け、持ち主の名前を読み上げる。

「ああ、やっぱり…」

それを聞いて項垂れた少年。

「ええと、僕たちはそのリオルの持ち主を探しているんです。なにか知りませんか?」

嫌な予感が的中である。
確かコトアという名前だったか、そいつの顔すら知らないんだから探し方もわからない。リオルが教えてくれれば何とか見つけることだってできそうなのに、リオルは一向に教える気配はない。

情報は俺のほうが欲しい、と思いつつ首を振る。それを見て二人が肩を落とした。