プレリュードに導かれ

「コト、本当にどこに行っちゃったんですか…」

頭を抱える少年に大変申し訳なくなる。手がかりさえあればもう少し探しやすいんだけどな。

「しょうがないよ、このリオルが探してるくらいだもん。今回は本気で隠れてるのかも」

少女が少年を励ます。話から察するに、一番コトアを見つけるのがうまかったらしい。多分今は俺の行動に合わせているので見つけられないんだろうが、それに関しては黙っておくことにした。
励まされた少年も気を取り直し、落ちかけていたピカチュウを抱えなおした。

「紹介が遅れました、僕はトロバ。こっちの女の子が、」
「サナでーっす!よろしくね!」
「ああ!俺はシズク、リーグのためにジムバッジを集めてるんだ。よろしく」

差し出された手を握る。サナは握られたその手を見て口をもごもごと動かし、もう一度よろしくと告げてきた。俺、何かおかしいことでもしただろうか。
トロバもその手を無言で見つめていたが、思い出したように顔をあげてサナを急かした。

「サナ!早く行かないと、ルッチーのサイン貰えませんよ!」
「へ?あっ!」

出た名前に頬が引きつったのは仕方がないことと言える。先程まで会ってた人物に会いに来たのか、この二人。確かにテレビに出るくらい人気だもんな。
そう考えたら中々すごい人間と知り合い…というか、言葉を交わしたことがある俺はなかなかに幸運なのかもしれない。そしてそれは多分、前世のハルカにも言えることだ。

背中を向けた二人を送り出そうと手を上げた時、サナが思い出したようにこちらを向いてピカチュウを突き出してきた。

「この子、良かったら連れて行ってあげて!」
「へ?」
「このピカチュウも早くコトに会いたがってるよ。リオルが信頼してるんだから、シズクもきっと悪い人じゃないもんね!」

突然の申し入れに唖然としているうちに、ボールに仕舞われたピカチュウを差し出される。いや、リーグに挑戦しようとしている俺よりも、サナたちが見つける方が早いんじゃないか。
本当はリオルだって二人に預けたほうがいいかと悩んでいるのに、その逆でまた新しいポケモンも預かるとは。

俺が受け取らないことに痺れを切らしたのか、サナは無理矢理手に握らせて走っていった。
トレードなら嬉しいけど、預かるだけっていうのは引け目を感じる。そもそも俺、電気タイプは使わない方でもあるし。

どうやらニックネームもついていないらしいピカチュウのボールを眺めながら、俺は頭を掻いた。


―――
――――
「お前さんには痺れたわい。このバッジ、持っていくがいいぞ!」
「うしっ!ありがとうございます!」

一日を修行に費やし、キンセツのジムに挑んで勝利をつかむ。ハルカ以外のことはちゃんと順調に事が進んでいることに安堵しつつ、差し出されたバッジを受け取った。
キンセツに挑むために修行をしていたらポケモンが進化するものだから驚いた。そういえば全員進化するんだよな、俺の手持ち。

当たり前のことすら忘れることくらい頭にいろんな情報を詰め込みすぎているのかと突っ込まれそうだが、実際はそういうわけでもない。
今俺が自分につきつけている課題は三つ。ホウエンリーグ制覇、リオルの飼い主探し、そしてハルカへの謝罪。それ以外は特に何をするかは決めていない。

ひとつ、あいつがしていたようにアクア団を止めるべきかと聞かれたら悩む。
俺はあいつみたいに勇気があるわけじゃないし、そのための力を持っているわけでもない。こういう問題は大人が解決するべきだとすら思っている。

ただ、俺があいつのように世界の窮地を救えというのなら。俺はどうするべきなのかわからないままだ。

「見所のある若者の出現、実に頼もしいことじゃ!
もし可能なら、またこのジムに挑戦しに来て欲しいもんじゃのう!」

豪快に笑いながらそう言ってのけたテッセンさんは相当な大物だ。俺なら負けたあとにそんなに笑うことなんてできない。
よく考えたら、一番栄えている街のジムリーダーだもんな。そりゃあこれくらい器がでかそうな人に決まってるか。

いつか俺もこんなにでかい人間になれれば万々歳だと考えて、またジムに挑戦しに来るだろうことを伝えようと口を開く。
言葉は音として空気を漂うことはなく、喉の奥に消えていった。

突然現れた大柄の男性がこちら…厳密に言えばテッセンさんに話しかけたからである。

「失礼。ジムが開いていたもので、少し尋ねたいことがあって立ち寄らせていただいたのですが…」

お邪魔だったようですな。そう言ってのけた男性は、随分と特徴的な出で立ちをしていた。
ライオンのように広げたオレンジの髪。身に纏っているのは黒を主として髪と同じ色の最低限の装飾がされたスーツ。どこかの会社を牛耳るリーダーのような姿。

そして何より、体中から漂う威圧感が並大抵の人間ではない。もし一対一で向き合ったとしたら息すらできなかっただろう。
男性に話しかけられたテッセンさんといえば、特にそんなものを感じた様子もなく普通に対応していた。

「久しぶりじゃな。一年経ったが、お前さんはまだ気苦労が絶えんのう」
「自分で蒔いた種ですので、これくらい。それで、実はこの少年を探しているのですが…」

名前はわからないが、この二人は知り合いらしかった。それより俺がこの話を聞いていてもいいものかわからないため、大人しくジムの外に出ようと背を向ける。
男性が懐から取り出した一枚の写真をテッセンさんが眺め、首を振ったのだけは見えた。

「このジムには来ておらんな。おおい、挑戦者のお前さんも見てやってくれ!」
「はっ!?」
「おお、それはいい。ぜひ頼みたい」

既にリオルは外に向かっていって、話も聞かずに出て行ってしまった後だ。あまりひとつの場所に留まりたくはないらしい。
テッセンさんと男性の言われるままに差し出される写真を覗き込む。

「…え、」

写真に映ったそいつは、多少ピンボケはしているものの、俺がカイナで名前も教えてもらえなかった少年に間違いなかった。
どうだろうかと視線で訴えかける男性に伝えようとしても口がうまく動かない。

え、あいつも実は黙って旅に出たやつなのか。だから名前も教えることなく去っていったのか。そんなことはざらにあるので別に珍しくはないのだが。
でもこれは伝えていいものなのか、俺にはわからなかった。

「えっと、カナズミにいたとき、シャンデラとかいうポケモンを使ってバトルをしていました」

嘘は伝えていない。ただ少し最新の情報ではないということだけで。
俺の答えを聞いた男性はふむ、と顎に手を当てて何かを考える。これ以上情報を出す気はない俺としては早く開放していただきたいものである。

「…そういうことにしておこう。
私はフラダリ。先ほどの写真の少年を探している」

きみはどうやら信用できそうだ、もしもう一度見つけたらここに連絡して欲しい。そういって連絡先をかいた紙を渡される。
今、そういうことにしておこうとか言ったよな。まさか俺が嘘ついてることが見抜かれてるんじゃないか?いや、ここで焦ったら相手の思うツボだ。なるべく平静を心がけよう。

では、と去っていく背中を見つめ、ドアが閉まるのを確認した後に大きく息をついた。ただ話しただけだっていうのにひどく疲れた。

何事もなかったかのような…いや、実際ほとんど何もなかったわけだが、平気そうなテッセンさんに改めて挨拶をし直し、キンセツのジムから這い出た。
伝えないと怖そうだが、とりあえず連絡はしないようにしておこう。プレッシャーで押しつぶされそうだ。


―――
――――
ポケセンで回復させたあとにフエンへ向かうため、111番道路を自転車で走る。リオルは走っても疲れるのが遅いとかでペースに合わせられるのに感心した。
そろそろ草むらが見えてくるか。そう思ってペースを緩めたとき、目の前に見覚えのある赤色が飛び出した。

「…ハルカ」

草や泥で体中を汚している、ハルカだった。

あの日喧嘩別れしてしまって以来の出会いに頭がかき乱される。どうやって謝ろう、その前にどうやって話しかけていたっけ。肝心のところで回らない頭が憎い。
言葉が出ないまま硬直している俺を驚いたように見ていたハルカは、俺と同じように数秒固まっていたかと思うと、いきなり自転車に乗って背中を向けた。

「あ、ちょっ!」

猛スピードで走っていくハルカが見えなくなるまで一瞬だった。あいつ、買う自転車はダートを選ぶと思ってたのにマッハを選んでいたなんて。
慌てて自転車のペダルに両足を置く。ハルカだけじゃなく、俺だってマッハを選んでいて良かった。自転車の性能が同じなら性別の差の分追いつける確率も上がるはず。

全速力で漕ぎ始めた俺の自転車にリオルが付いてこられているかも理解できないまま、俺は炎の抜け道を走った。

向かうはハルカが走っていった先、ハジツゲタウン。