背面で光った陰謀と

113番道路を抜けた先には小さな町、ハジツゲタウンがある。
無我夢中で漕ぎ続けてようやく見えたハルカが町に入る直前で自転車から降りたのがわかった。

ハルカは俺がここまで追いかけてくるということを予想していなかったんだろう。110番道路ではすぐに追いかけていかなかったから当然といえば当然だ。
そのまま緩やかに歩き始めるハルカに追いつくために、さらにペダルを踏み込んだ。

「ハルカ!」

追いつく直前で自転車から飛び降り、細い腕を取る。小柄な肩が大げさに震えた。
息が荒い。全力で自転車を漕いできたせいでキンセツでの疲れが取れるどころか増えるばかりで、手も足もどこか覚束無い。

火照ったせいで赤くなっているだろう頬から汗が滴り落ちた。もう既にひと仕事終えた気分だが、俺がやらなければいけないことはまだ残っている。
勢いよくこちらを向いたハルカの揺れる瞳をまっすぐと見つめ、口を開く。

「あの、この前は…――」

一番言いたかった一言が口から出ていく直前、大きな音がそれを阻む。何事かとハルカから視線を外し、素早くそちらのほうを振り向くと、そこにはひと組の男女が揉め事を起こしていた。
それだけだったならばまだ良かった。が、女性の方にどこか見覚えがある気がして目が離せない。

「あの人、確かソライシ博士の…」

俺の前に立っていたハルカがこぼしたことでようやく思い出した。今揉め事を起こしている最中の彼女は、ハジツゲタウンで隕石の研究をしているソライシ博士の助手をしている人だ。

記憶では普段温厚だった気がする彼女が揉め事を起こすなんて珍しい。何かあったのだろうか。
未だ仲直りしていないハルカと顔を見合わせて、同時に助手さんのところに向かう。やはりハルカも何かおかしいと悟ったらしい。

「お願いします、お金はいくらでも出しますから…!」
「いいや、ダメだね!あいつらが相手だってんなら話は別さ!」
「そんな!」
「けっ、早く帰ってくるのを祈るか、自分で連れ戻しに行くこった」

話がよく見えないが、どうやら依頼を頼んで断られていたらしい。それにしたってトレーナーが嫌がるような依頼ってどんなものなのだろう。
ベトベトンの大量捕獲…とは違うよな。そういう雰囲気でもなかったし。

憤慨したトレーナーが立ち去り、助手さんが泣き崩れる。慌てて駆け寄ってハンカチを差し出した。

「ありがとう…優しいんですね」

ハンカチを受け取ってくれたことに安堵し、何があったのか話を聞く。

「それが、ソライシ博士がアクア団という怪しい連中に攫われてしまって…」
「アクア団に?」
「はい。ソライシ博士が研究なさっている隕石について、なにかを企んでいるみたいで…
博士は自分の研究に興味を持っていると言われたらホイホイついて行っちゃう人なのですが、どうしても嫌な予感が拭えないんです」

なるほど、だから現地にとどまっていたトレーナーに助けるように頼んでいたのか。
助手さんもソライシ博士も、ポケモンバトルは苦手で特定のポケモンは持っていない。だからこそ助手さんは博士を助けに行くことはできないし、博士が心配なんだろう。

どうやら先ほどのトレーナーが頼れる最後の人だったらしいが、アクア団という名前をきいて断られてしまったようだ。

アクア団はこれからの計画のことは知られていないが、知る人ぞ知る悪の集団だ。恐らくトレーナーもそれを知っていたからこそ逃げたのだろう。
しかし、ここはなにか違和感が残る。

「…ハルカと助手さんはここで待っててくれ。俺が連れ戻してくる」
「シズクくん!?」

助手さんからアクア団の説明を受けていたハルカが驚いたように名前を呼んだ。そういえば、ハルカはまだアクア団とは接触したことがなかったんだっけ。
俺もアクア団と関わっているなんてことは言っていないので、彼女は得体の知れない集団に無謀に突っ込んでいくようにも見えるんだろう。

ハルカは何かを言おうとして口を動かすけれど、中々肝心の言葉が出てこない。感情に敏い方だが今回は何を言いたいのかを察することができなかった。
言いよどんだままのハルカの頭を軽く叩き笑いかける。

「俺は強いんだろ」

お前に強いと認められたのなら、その強さに誇りを持つことができる。だから俺はアクア団からソライシ博士を取り返すことだってできるって信じてくれ。
こっちを見て数秒固まったハルカの頬が真っ赤に染まる。

へ、と間抜けな声をあげた直後、左側から強い衝撃。乾いた音が部屋を満たした。

勢いよく転がって壁に頭をぶつけたところで、ようやく自分がハルカに叩かれたことを理解した。
なんで殴られたんだ。まだ仲直りすらしてないのに馴れ馴れしくするな、というメッセージか?それとも頭を叩くと馬鹿になるからやめてくれ、か?

疑問符が頭の上に浮き上がる俺に向けて彼女は「馬鹿」と叫んだ。その頬はまだ熟したリンゴのように真っ赤で、目尻には涙が溜まっている。
ハルカがこの前よりも怒っているのは明らかだった。

「絶対、戻ってこないと許さないからね!」

続けざまに俺を殴った言葉。ああ、さっきの発言が彼女を貶している言葉に聞こえたのか。それはまた謝ることにしておこう。

「それじゃあリオル、急いで流星の滝に…」

リオルに次の目的地を告げつつ後ろを振り向く。
そこにリオルはいなかった。

状況が理解できない俺に女性陣二人が首をかしげる。ハルカも同じ様子だということはまさか、ハジツゲに来る前に自転車を全力で漕いだときに振り切ってしまったのか。
なんということだ、一緒に旅をしているポケモンをど忘れしておいてきてしまうなんて。カッコつけるにしてもこれは多大なるマイナスだ。

「…ハルカ、俺と一緒にいたリオル、探しに行ってくれないか」
「う、うん…」

リオルがハジツゲの場所がわかっているかは定かじゃない。もしかすると炎の抜け道を出たあたりで間違えて砂漠の方向に進んでいるかもしれないと思うと余計に心配になってきた。

出鼻はくじかれたものの、先程交わした約束を破るつもりは毛頭ない。早くソライシ博士を探しに行こう。
ひと段落してソライシ博士を連れ戻すことができたらハルカに謝る計画を立てて、よし、とひとつ気合を入れた。