煮えるマグマへ飛び込んだ

ロープウェイの向かう先、えんとつ山は大変暑い。いくら温暖で他の地方から来る人が根を上げるといわれたって平気な様子をしている人々もこの付近でバテていたりする。
そんな山に大した対策もなく登る俺は相当変な奴に見られるかもしれない。いや、すぐに通り過ぎる予定なので軽装備なだけだが。

ありがとうございました、という職員の女性からのマニュアル的な挨拶を背に建物の外へと踏み出す。フレアの火の粉が頬をかすった時と同じくらいの熱量が俺に襲いかかった。
熱に比例して肌に汗が滲む。こんな暑い場所はさっさと通り過ぎてしまいたい。

「ぷしゃーっ!」
「わっ!?」

ポケモンだからかそれほど暑そうな素振りを見せないリオルを羨み、フエンへの道をふらふらの足で辿っている最中、いきなり足元で何かが吠えた。
思わず飛び退いて吠えたものを確認する。小柄な体躯、見覚えのある大きさのそのポケモンはポチエナだ。

もちろんこんな暑い場所、ポチエナの生息地ではない。ポチエナの生息地はミシロやトウカといった少し涼しい場所だ。現に目の前のポチエナも汗でびしょびしょに濡れている。
一体何が、と回転が遅い頭の処理を待ちつつ辺りを見回せば、視界に入ってくるのは通常の風景以外に付け足された赤と青。

想像通り、アクア団とマグマ団のいざこざに巻き込まれてしまったのだと答えが弾き出されたときにはもう暑さで倒れそうだった。もう少し対策を練っておけばよかったと後悔しても遅い。
このままバトルが終わるのを見ていたとして、すぐにフエンに降りられるかと聞かれたら答えられない。

なんで出入り口で喧嘩してるんだよ、と心内で悪態を吐いて汗だくのトレーナーを睨みつけた。バトルに夢中なそいつらはこっちを見ることはない。

「ったく、さっさと終わらせるか」

ボールがそれほど熱くなっていないのを確認して、えんとつ山の火口付近の方向に足を向ける。このあたりにいないということは恐らくマグマが見える場所にいるはずだ。
覚束無い足取りのままに進んでいると、3対1という不利な状況に追い込まれているマグマ団リーダーマツブサに出会った。

「ムウ…っ!小癪な…っ!アクア団の雑種風情が、このマツブサの行く手を阻むか!」

ここでアクア団に足を止められているということは、やはりマグマ団よりもアクア団のほうが強い力を持っているという証明だ。このままいくとやはり、グラードンを目覚めさせるのは。

腰のベルトから激しく動くボールを外し、マツブサのポケモンの前に放り投げる。
マグマにも劣らぬ鮮やかな赤が勢いよく飛び出して三体のポチエナを吹っ飛ばした。各々転がっていく三匹が目を回して戦闘不能になったのは見るまでもなく想像できる。

「き、さま…」

メガネがずれていることも気づかぬまま、目を見開いてこちらを凝視してくるマツブサ。アクア団の三人も何が起きたかわからない状態でこっちを見てきた。
まだやるかと言わんばかりに戦闘態勢に入りそうになっているフレアに赤い光を当ててボールに戻した。

アオギリはまだ先、恐らくもっと暑い場所にいるはず。早く行かなければグラードンが復活してしまう。

呼び止めようとするマツブサの声は耳に届いても、理解する前に溶けて消えていく。ハルカはここにいないのだから、俺がなんとかしなくてはいけないのだ。
視界が揺れる。肌がジリジリと焼けて痛い。対策をしていないことがここまで響くとは思わなかった。

こんなのでまともに戦えるだろうかと重い足を引きずって前に進む。次のバトルで多分倒れそうだ。

「なっ…アンタはっ!?」

アオギリの姿を探しつつふらふらと歩いていると誰かにぶつかった。浅黒い肌に露出の多い服装、メッシュの入った髪に濃いメイク。さらに聞き覚えのあるアルトの声。
視界がぼやけて見えないが、流星の滝で出会ったイズミという女性で間違いないだろう。

「流星の滝からわざわざ追いかけて来たのかい?っはー!まったくまあご苦労様ね!」

そうじゃない。確かに止めることも考えてはいたが、タイミングよくえんとつ山にいたアクア団とマグマ団が悪い。
俺だってこんな暑い場所からは早めに退散したいのだけれど、都合よくどいてくれるわけがないだろう。このバトルに力をつぎ込んだらアオギリとのバトルじゃ倒れる。

「…わかった、認めてあげるわよ。アンタは大したトレーナーってこと、そして…アオギリ様、アタシ、そんでもってアクア団にとってジャマな存在だってね!」

歯ぎしりをするイズミはどうしてこんなところでも平然としていられるのだろうか。この分ならアオギリも随分と平気にしていることだろう。
バトルしなければいけない、しかしここでバトルをするわけにはいかない。さてどうしたものかと悩んでいると、唐突に頭に重みが降りかかった。

「さっきの礼だ」
「は…」

後を追ってきたらしいマツブサが、自分の上着をこちらに投げてきたのだ。
なんでこんなものを。ただでさえ暑いっていうのに、こんな長袖を着ておけというのか。状況が理解できない俺に、中身が半分ほど入っているペットボトルを差し出してきた。

「飲め、小僧。そのままではアオギリのところにたどり着くこともままならん」
「…ドーピング剤とか、怪しいものは入ってないんだろうな」
「ただの塩水だ。見たところ、貴様はこの山の対策をしていない…えんとつ山では、多量の水分を取らねばすぐに倒れてしまうぞ」

マツブサの言葉に妙な説得力が宿る。そういえばえんとつ山に来てからはまだ水すら飲んでいなかった、短時間だからといって油断した結果か。
貸してもらった上着を身に纏い、差し出されたままのペットボトルを受け取った。何口か飲んで蓋を閉めて返す。

「ガキンチョだけじゃなく、マグマ団までも…!アンタまさか、マグマ団と手を組んだってわけ!?」

イズミが金切り声でこちらに叫んだ。別に手を組んでるわけじゃない、マツブサが追いかけてきただけで。
それにしてもこのマツブサの上着、防熱も兼ねているようでそれほど暑くない。ヒリヒリとした肌はまだ痛みを発してはいるが、上着を着ていないときよりはマシになっている気がする。

こんなものを貸して大丈夫なのかとマツブサの方を横目で見たが、特に熱さに動じた様子はなかった。どうやら下の服も防熱仕様らしい。

「アオギリ様の望む世界はポケモンにとってのユートピア…たとえどんな奴がこようと、理想に突き進むあの人のジャマをさせるわけにはいかないの!」

覚悟なさいな!とボールを構えたイズミがこちらを睨めつけた。俺が行こうとマツブサが行こうと、この先に行かせてくれる様子は見えない。
せめてどちらかがバトルに応じてこいつを足止めできればいいんだが、俺もマツブサも先を譲るなんてことはしたくないはず。俺としては自分を先に行かせて欲しい。

「先に行け」
「、は!?」
「アオギリを止めるためにここまで来たなら、最後までやり遂げろ」

マツブサがやけに親切で見返りを求められそうな気がして恐ろしい。
先を譲ってくれるということにいささか警戒心を抱きながら、礼を言ってイズミの横を通り抜けた。予想だにしていなかった彼女が狼狽えたのが分かる。俺も同じ気持ちだ。

俺も残る、というリオルの言葉に背中を預けてふらふらの足を前に出す。
このあと変なことをやらされることがありませんように。