得体が知れない結果論

あのあとよく考えたらマツブサとかなり際どいことをしてしまったんではなかろうかと思い悩むハメになった。
熟睡していた俺の様子を見に来たリオルに蹴飛ばされて起きたあとは大変だった。ボールから飛び出したフレアを筆頭にもみくちゃにされた。いまだに引っかかれた頬が痛い。

そもそも俺はもっと警戒するべきではなかったか、いくらマグマ団に助けられたからといっても。いくらフラダリさんを見たことがあったとしても。
彼らはどう足掻いても世界を壊す危険性がある因子であることは忘れてはいけないんじゃないか、と。

「勝者、挑戦者のシズク!」

高らかに宣言された声に、フエンタウンのジムリーダーであるアスナ…さん?が、悔しそうに拳を握った。体中から蒸気を発しながら倒れているのはコータスだ。
俺はというと、ジムの中が温泉だらけの為にびしょ濡れになった体を震わせていた。いくらやけどギリギリの熱さの温水といっても所詮は水だ、陸地に上がってしまえば冷えるに決まっている。

「昔」のジムは砂風呂で大変暑かったが、こっちはこっちで熱いし寒い。どうしてこんなジムの作りに変えてしまったのか…疑問は増える一方だ。
これはまた風邪でも引きそうだと考えつつ、今回活躍してくれたマリルリをボールに戻した。レベル上げをしてマリルがマリルリになったときにはまた驚いて殴られたのはいい思い出である。

唇を噛んでいるアスナさんは相当負けたことが堪えたらしい。このままだと舌を噛み切って自殺でもしそうな勢いだ。猪突猛進型の恐ろしさが垣間見える。
どうやら新任のジムトレーナーだとかで、がちがちに緊張していた上にプレッシャーらしいもので押しつぶされていそうな印象すら受けた彼女だ。ここで負けたらジムリーダーの名折れだとでも思っているんだろう。

「…見事勝利を勝ち取ったお前に、」
「あの」

アスナさんがジムバッジを持った手をこちらに向けてきたところで止める。
このまま終わってしまえば確実に彼女はこれ以上強くなるべしと躍起になって特訓を始めてしまうに違いない。ジムバッジが取れないように、自分に勝てる人を少なくするように。

けれどそれではチャンピオンリーグまで行く人数が減ってバランスが崩れてしまう。ジムリーダーがリーグチャンピオンほどの強さを持っていたらそれこそリーグの意味がない。
一応ポケモンリーグだって商売だ。バランスが崩れれば商売だって崩れる。

「そんなに力を入れたら、勝てるものも勝てませんよ」

今日は緊張でがちがちになっていたのでそれほど苦戦はしなかったが、多分落ち着いたら十分な強さを持っていることだろう。
俺に負けたことが悲しいらしい、項垂れたコータスを撫でる。

「まずは自分のポケモンを見てやって、それでいけそうだと思ったらちゃんと任せる。緊張でガチガチになってるからちゃんと指示が通らないだけです」
「えっ…と」
「それができたら十分強いですから」

隣にいたリオルが腰あたりを突いてくる。多分俺もポケモンを見ることはできてないという反発だろう。わかってるからそんなにどつかないで欲しい。
バッジを見せたまま固まっているアスナさんの手からジムバッジを取り、一礼する。仮にも勝ったのだから、バッジはもらわなければ。

このあとフエン名物の温泉でも行こうかとリオルに提案してみたが、リオルはあまり乗り気ではないようで「先にポケセンに帰ってる」と告げて鍵を要求した。

いきなり温泉でびしょ濡れになって機嫌が悪くなったようだ。炎タイプでもないポケモンなんだからそれくらいは平気だろうに。ブラッシングも嫌がって自分でやるし。
外に出たら既にリオルの姿は見えなくなっていた。いや、行動するにしたっていなくなるの速いだろリオル。

ふう、と一つ息を吐いて、張り付いて気持ちが悪い服を着替えるためにポケセンに向かうかどうか悩む。このままでは砂風呂にも入れない。
するとジムの傍にあった店のドアが開いて、見覚えのある少年が顔を出した。

「あ、シャンデラ少年」

思わず口に出してしまった単語に反応したらしくこちらに気づかれる。今度はイーブイとロコンをボールから出していたそいつは、俺の姿を見て目を瞬かせた。

「…なんでそんなに濡れてるの?着衣水泳?」

どこで泳いできたって言うんだ。
まるで的外れな質問に対して、先程までジム戦を挑んでいた旨を伝えた。それを聞いた少年は納得したように「ああ」とこぼす。一瞬だけ顔を歪ませたのは気のせいだろうか。

少年はジムに挑戦するつもりは毛頭ないらしく、とりあえず歩きながら話そうかと言って先を歩き出した。手に持っている袋の中が少しだけ見える。
大量の漢方薬を買っているのは何故かを聞くこともできず、とりあえずその少年についていこうとして、ふとフラダリさんのことを思い出して慌てた。フラダリさん、こいつを探していたんだった。

「フラダリさんって人がお前のこと探してたぞ。しかも昨日までここにいた」

微かに反応してみせたことから、やはりこの少年の知り合いだということは見て取れた。俺を挟んで鬼ごっこをされている気分で複雑だ。
フラダリさんの名前をきいた少年が、今度は隠すことなく顔を歪ませる。心なしかイーブイとロコンもその名前を聞いて毛を逆立てたような…険悪にも程がある仲だな。

「…あの人は何をしてるんだ」
「?」
「あ、ううん。…こっちの話。
フラダリさんが昨日ここを出たなら、しばらくこの街にはいないから安心してる」

どう見ても安心している顔ではないんだが、それはあえて黙っておくことにしよう。それより俺が手を近づけたら威嚇してくるロコンへの対処を教えて欲しい。
さっきまでは大人しかったっていうのに、フラダリさんの名前を出したら一気に警戒心を強めたロコン。どれほどフラダリさんが嫌いなんだと思いつつ頬を掻いた。

俺もあまりあの人は好きじゃない。なんというか、雰囲気が苦手なのだ。

「会ったら場所を教えてくれって言われたんだけど、その調子なら教えなくて正解だったみたいだな」
「教えてないの?」

独り言として呟いたそれに、素っ頓狂な声色の質問が返ってくる。そりゃ、多少親近感を感じている少年と初対面で苦手なフラダリさんなら少年を優先するに決まっている。
116番道路で会ったことだけを教えてあると伝えて連絡を取るように言う。名目上はこっちも少年を探している側だ。

「…そうだね、今やりたいことが終わったら連絡することにする」
「やりたいこと?」
「そう。コンテストに出るんだ」

ああ、だからカイナのコンテスト会場にいたのか。そういえばホウエンは他の地方に比べてコンテストが盛んに行われている場所だとかなんとか聞いた気もする。
ジョウトにはなかったし、俺としてはあまり興味はないから詳しくはないが。

それにしても、こいつはコンテストよりもリーグに挑戦したほうがいいんじゃないのか?イーブイもロコンもそれなりに鍛えられてるみたいだし、コンテストのコンディションというわけでもなさそうだし。
これだったら俺のほうが多分コンディション整えてるんじゃ、という言葉は飲みこむ。よく考えたら昔手入れの仕方を母さんに叩き込まれたから当然だった。

多分ポロックケースやキットは持ってるだろうし、コンディションについては教えておこう。

「でも、コンテストならすぐに出られるだろ?優勝でも目指してるのか?」
「ううん。まずはノーマルランクに出ること」
「…コンテストに出るだけならすぐじゃないか?」
「その前に片付けておかなきゃいけないことがあるんだ。少なくとも、それが終わるまで連絡は…」

喋っていた少年がふと口を止める。

「もしよかったら、フラダリさんにそのことを伝えてくれないかな」

固まった。
少年は知らないかもしれないが、フラダリさんと俺の遭遇率は恐ろしく低い。最近会ったばかりで、恐らくマグマ団とは遭遇する機会は少ない。グラードンのことについては記憶と違いすぎてわからないことばかりだ。

一応連絡先は教えてもらっている。しかしなんというか、連絡するのは抵抗があるというか。フラダリさんに番号を教えることが何となく嫌というか。
だがそんなことが許されるとは思えないので、とりあえず伝えておくことだけは了承しておく。自分の頬が引きつったのがわかった。

少年はそれに少し安心した素振りをみせて、そして懐から何かを出した。
ピンクと緑で彩られた、少し…かなり?趣味に合わないゴーグル。それほど使われていないらしく、傷んだ様子はない。

「貰ったのはいいんだけど、砂漠に行くつもりもなくて。シズクくんは砂漠に行く?」
「あー…地面タイプ捕まえに行くかな」
「じゃあこれ」

そのまま手渡されて、少年は踵を返してフエンの外へと歩いていく。いきなり道具を貰った俺は呆然とするしかない。
これは、フラダリさんへの伝達を頼んだ報酬の前払いという認識でもいいのか。どうしろっていうんだ。

嵐のように去っていった彼の背中を追いかけることもできないまま、冷たい風が吹いて俺の体を冷やしていく。