砂に紛れて恋に揉まれて
少年に手渡されたものはゴーゴーゴーグルだった。砂嵐で進みにくい砂漠も比較的楽に進めるようになる。値が張るものをいったい誰からもらったのだろうか。
返す前にさっさと行ってしまったため、俺の手元にはゴーグルが残ったままだ。俺も捕まえたいポケモンを捕まえられたらもういらないので、次にあったときにでも返すことにする。
「地面タイプのポケモン捕まえるか」
111番道路の砂漠には地面タイプのポケモンが多数出現する。ベトベターなどの毒タイプにはエスパーや地面の技がいい。
ライラはエスパータイプだけど、フェアリーの方が毒に弱いから使うのに抵抗があるんだよな。なるべく幅広く対応できるように別のタイプも欲しかったし、ちょうどいいか。
そうなると必然的にポケモンも預けなければいけなくなるが…それはまあ、追々全員で話し合うことにして。ずっとボックス要員というわけでもないしな。
できたら二つのタイプが欲しいので、願うならばナックラーだ。ビブラーバやフライゴンになれば空も飛べる。
『俺は外で待ってる』
よし、と気を引き締めてゴーグルを身につければリオルが砂漠の前で立ち止まった。砂漠に入りたくない気持ちはわかるが、一応旅に同行してるんだからついてくるものじゃないか。
しかしリオルには譲る気などさらさらないらしい、いつもどおりの仏頂面で腕を組んで壁にもたれかかり、目を閉じてぴくりとも動かなくなった。
「おいおい、何も戦えって言ってるわけじゃないんだし」
『…』
「砂嵐だってそんなにひどくないだろ」
『お前にとってはそうだろうな。でも俺には効果抜群だから』
こいつ、本気でここで一時離脱するつもりだ。このまま俺がハジツゲからカナズミに行っても知らねーぞ。
渋々リオルを手前に置いて砂漠に足を踏み入れた。
ゴーグルのおかげで目は保護されるが、強風で巻き上げられた粒が体中を叩く。ポケモンじゃなくてもダメージはそれなりにあるあたり、リオルにとっては相当きついものがありそうだ。
…まさかあいつ、ハジツゲに行こうとして先に砂漠に足を踏み入れたんじゃないだろうな。
とにかく早々にナックラーを見つけて出なければ、と、なるべくダメージを食らわないように蠢くトレーナーやポケモンの位置を確認しながら歩く。
しかし、数歩進んですぐに何かしらを踏んだ感触がしてバランスを崩した。前のめりに倒れそうになって慌てて体制を立て直し、反射的に俯いて足元を見てしまえば、そこには黄砂に塗れた緑色。
大変憤慨したサボネアがいた。踏みつけられたことを怒っているらしい、刺が生えた腕を突き出してこちらを睨みつけている。今にも攻撃されそうだ。
慌ててとったボールを投げれば、出てきたポケモンはハジツゲでついてきたチルット。よし、チルットなら草タイプには強いはず。
「チルット、サボネアにつつく!」
手早く指示を出し、後ろに下がって攻撃対象外に出る。ふわふわで手触りのいい羽毛が大きく動いて素早くサボネアの体を打った。
チルットよりも一回り大きい体が宙を舞う。そいつが地面に着地する前にすぐさまチルットをボールに戻し、自転車で逃げる。さらにひどくなった砂嵐もこの際気にしてはいけない。
口に砂が入って顔を歪める。吐き出しても吐き出しても砂は入るので我慢するしかない。
必死で漕いだせいで息が荒くなり、口を開けて大きく息を吸いたくなる。そのままでは砂に喉をやられてしまうので仕方なしに自転車を止めた。
砂が入らないように手でふさぎ、息を吸って休憩する。えんとつ山といい111番道路といい、このあたりは随分と通りにくい道ばかりだ。ポケモンにとってはそれほどでもないだろうが。
少しマシになってきた砂嵐を確認して奥に進もうとペダルに足をかけた。もう少し行ったらなにか珍しいものが見つかりそうである。
しかし、ペダルに体重を乗せる直前、いきなり前輪すれすれの場所からポケモンが飛び出してきた。
「うわっ!?」
驚いたせいで自転車とともに倒れる。服の間から入り込んだ砂が肌をこする感触に怖気が走った。
幸い砂地は柔らかいので怪我はなかったが、いったい何が砂から飛び出してきたのだろうか。トレーナー…は、掘るのも一苦労なのでまずないだろう。
原因のそいつは、先程チルットで攻撃したばかりのサボネアだった。まだ怒っているのか腕を突き出して威嚇してくる。
「さぼっ!さーぼねっ!」
何かを物申していることはわかったが、普段通訳してくれているリオルは砂漠の外にいるので言葉が理解できていない。ポケモンの言語だって一日二日で培われたものでは対処できるはずもない。
怒ってはいるものの、こちらに攻撃を仕掛けてこないサボネアに疑問を抱きつつ、再び応戦するためにチルットのボールを投げた。このまま逃げることはできそうにない。
元気よく飛び出したチルットがサボネアを睨みつけ、臨戦態勢に入る。
一触即発の雰囲気が漂うかと思いきや、元気よく腕を回していたサボネアがうろたえておとなしくなった。腕を回すことをやめ、チルットとは別方向を向く。
これは、いったい何が起きてるんだ。
唖然としている俺を放置して、チルットが威勢良く鳴き声を浴びせかけた。普段は愛嬌のある鳴き方をしているというのに、敵というだけでこんなにも威圧できる声が出せるのか。
ポケモンの恐ろしさの片鱗を味わった気分だ。もちろんチルットとしてはこれが当たり前のことなのだろうが。
チルットの鳴き声に触発されたサボネアが腕を振り上げて大きな声を出す。さっきまで怖気づいていたように見えた素振りは見せない。
何だったのかと考えるよりも先に、チルットが怯んで言葉をなくした。それどころか顔をフレアのように鮮やかに赤く染めて動揺している。言葉がわからない身には疑問符ばかりだ。
リオルがここにいてくれたのなら、今何が起きているのかを説明してくれるというのに。言葉の壁は想像以上に高かった。
お互い攻撃もしなければ引き下がりもしない。サボネアもチルットも顔を赤くして沈黙を貫いている。…えーと、既視感があるが、まさか。
動かなくなった空気をなんとか壊すためにエポナという切り札を出す。出てきたエポナが砂嵐を受けて機嫌悪く「がう」と鳴いた。俺もお前を出すとは思わなかったさ。
エポナの声を聞いたチルットが慌ててこちらに飛んでくる。砂まみれになった翼を見て、後の手入れが大変そうだと場違いな感想を抱いた。
途端にエポナの後ろに隠れたチルットはサボネアに対して何かしらを伝える。サボネアが言葉を失ったのがわかった。
「ちるっ!」
俺の意見も何もなくボールに戻っていったチルット。取り残されたのは呆れた様子のエポナ、チルットの言葉で固まったサボネア、状況理解ができていない俺だった。
サボネアはしばらくぼーっとした様子で己の身に何が起きたかをわかっていなかったが、エポナの姿を改めて認識したのか腕を振り上げてまた威嚇を始める。こいつは一体何がしたいんだ。
するとエポナは指示していないにも関わらず、サボネアの傍に行って差し出されている腕にかぶりついた。ぶぉん、と砂嵐ではない風を切る音が耳に届き、サボネアが再び宙を舞った。
俺と同じように口に砂が入ってしまったらしい、エポナが嘔吐いて更に先を行く。砂嵐の中を歩くのはそれほど抵抗ないようだった。
慌てて倒れたままの自転車を起こし、見えなくなりそうなエポナを追いかける。出したら指示も出せずに振り回されるって、まともにトレーナーになってる自信がない。
どんどん口内に侵入してくる砂を吐き出し、自転車に乗ってエポナの後をついていく。ナックラーを探す余裕なんてものはない。
と、エポナが突然砂地の一部を掘り始め、その中に頭を突っ込んだ。犬の習性みたいで少し笑えてくる。
笑いをこらえつつその様子を見守っていれば、それほど時間もかけずにエポナが顔を上げた。何かを咥えている。
何を咥えてるのか気になってエポナの前に回り込み、その正体を見た。
「…お前、本当にポケモン見つけるのうまいな」
思わずそうつぶやいてしまったのは仕方がないことともいえよう。
当然だと胸を張っているエポナが出しているのは、驚いたのかなんなのか、気絶しているナックラーだった。しかもご丁寧にメスを発見してくれている。
気絶しているうちにゲットしてしまおうとボールを当て、捕獲を完了させる。…本当に、こんなゲットの仕方をしてていいものだろうか。
一応目的を果たしたのでリオルのいるところへ戻る準備をしつつ、ポケモンの捕獲方法について考え始めた。