託された意味と警告と
「まさか…まさか、シズクに…シズクに敗けるとは…」
気を失った巨体の向こうで、父さんが呆然とつぶやいた。
ナックラーをゲットしたあと、キンセツを経由してカナシダトンネルを通ってトウカに帰ってきた。海から帰るという手立てはあったものの、それはハギ老人を呼ばなければならないので却下した。
そしてトウカで一日休息を取ったあと、ジムに挑戦した。
結果は僅差で俺が勝ち星を上げた。肩で息をするフレアと、完全に目を回したケッキングがそれを物語っている。最後のケッキングがかなり固かった。
「…わかった!これを渡そう」
目を閉じ、空を仰いで数秒。父さんは俺にひとつのバッジを差し出した。均整のとれた形のバッジ、バランスバッジだ。
父さんは少し俺に負けたという実感が沸いていないらしい。かくいう俺も、父さんに勝ったという自覚がまだ薄いけれど。
「……ふぅ。
ジムリーダーとして言い様がないくらい悔しい…だが、親としては嬉しいような寂しいような、不思議な気持ちだ…」
強くなったな。
その一言を告げる時、俺の目をまっすぐ見た父さんの目が潤んでいた。そうか、父さんに勝ったっていうことは、バトルにおいて俺は父さんを超えてしまったという証拠か。
昔から強かった父さんに追いつくほどになったんだ。これほどすぐに超えられるとは思わず拍子抜けする。とはいえ、父さんは規定の強さで戦っているようなものだけれど。
やっと実感が沸いてきた俺は、勝手にカバンを漁ろうとするリオルを無視してフレアにタックルした。
「やったなフレア!俺たち、父さんに勝ったんだぜ!あの父さんに!」
「しゃ、しゃも」
「フレアということは…そのバシャーモ、オダマキからもらったものか。よく育てられているな」
手を挙げて喜ぶ俺に、ぎこちなく顔を背けるフレア。父さんが笑って切り出した話題に体が固まったのがわかった。
オダマキ、親父の名前。今はもう俺が名乗ることができないその名前は、きっと記憶や感情の整理がついてしまったら捨ててしまわなければいけないのだろう。
複雑な気分だ。もう使われてすらいないのに、その名前が出ると少し反応してしまう。
早くこの記憶とはおさらばするべきだろうにな、と内心苦笑いをしながらその言葉に頷いた。今まで呆れたように見ていたリオルからの視線が痛い。
「…シズク。外まで送るよ。
…さ、行こう」
俺がそれ以上何も話さないことを悟ったのか、父さんは静かに俺を外に連れ出した。オダマキ博士のことになったら言葉少なになることは昔から変わらないからだろうか。
なんにしたって言及はされなかったことに安心する。フラダリさんと同じくらい、下手をするとそれ以上父さんに嘘は通用しない。
外に出ると、ジムのそばで話し込んでいた二人がこちらを向いた。そのうちの片方が目を輝かせる。
「シズクさん、センリさん!」
駆け寄ってきたそいつは、シダケに行ったときにもう旅に出たといわれたミツル本人だった。しばらく会えないと思っていたのにこんなところで会えるとは。
まさかミツルもこのジムに挑戦しに来たんだろうか、と首をひねりつつ、片手を挙げて挨拶をする。
お久しぶりです、といって花が開いたようなしまらない顔で笑うミツル。話を聞くに、トウカには忘れ物を取りに来ただけらしい。
「ミツルくん、頑張ってるようだね。勝負しなくてもわかるよ」
「え!そ、そうですか…?へへ…嬉しいです。ありがとうございます!」
父さんにそういって褒められるミツル。俺だって頑張って強くなったっていうのにこの差、父さんは不公平か。
頬を膨らまして不満であることを表していれば、父さんが笑って頭の上に手を置いた。それで収まると思ったら大間違いだ。絶対ミツルに勝ってやる。
と、ミツルの隣にいたおじさんが声を上げて笑った。短くて小さいものだったが、なにか面白いことがあったのだろうか。
「そうか、きみがシズクくんか」
初めまして、ミツルの父です。と言って自己紹介を受けた。誰だと思っていたらミツルの父親だったのか。
言われてみれば確かに、目元や雰囲気がそっくりだ。ミツルも少し年をとったらこんな感じになると言えば納得できる。
俺の父さんと戯れるミツルを見つつ、親父さんは俺にお礼を述べた。なんでもミツルがポケモンを捕獲するのを見てくれていたおかげであんなに元気になったんだ、とか。
それは見ていただけで、特にお礼を言われるようなことはしていないと思うんだが。
「…そうだ。お礼と言ってはなんだが、これをきみにも」
言うべきか言うまいかと悩んでいる俺をおいて、何かを思いついたようにミツルの親父さんが一枚のディスクを取り出した。波乗りと書かれたそれは、今まさに俺が必要としているもので。
秘伝マシンというものは中々手に入るものじゃない。
きみにも、ということは俺にくれるということだろうか。いやいや、高値で取引されるそれをなんでこう簡単にホイホイと。おじさんといい親父さんといい無用心すぎるだろ。
「それを使えるようになれば、ポケモンたちと一緒に海を超えることだってできる」
「え、いやでも、これってかなり高いんじゃ、」
「シズク」
もらっておきなさい、と父さんが親父さんからそれを受け取った。流れで押し付けられた波乗りが入ったディスクを不承不承でカバンにしまい込む。
俺としては嬉しいのだが、あとでお金を払いに来なければ。いわくだきの分も含めた代金を。
父さんは俺が受け取ったことに満足したのか、いつもどおり静かな笑みを称えて俺に告げる。
「シズク。
お前やミツルくんの実力なら、118番道路から海を渡った先に広がる大地―――
さらなる強気ポケモンが暮らし、強きトレーナーたちが待ち受けるホウエンの右側でも旅を続けられるはずだ。頑張るんだよ」
ミツルも一緒なのか。まあ父さんが実力は申し分ないって言ってるんだから間違いないだろうけど、まさか一緒にされるとは思わずに少し不満が残る。くそう。
そんな俺の感情はいざ知らず、ミツルは元気よく返事をして「シズクさんに負けないように頑張ります!」と言った。
「それじゃあ行ってきます!シズクさん、一緒にキンセツに行きましょう!」
「はっ!?」
状況が理解できないまま腕を掴まれ、ミツルに引きずられていく。おいちょっと待て、俺はポケセン寄ってから出発する予定で、お願いだから話を聞いてくれ。
やけに上機嫌なミツルから助けてもらうために視線で訴えるが、リオルは呆れたようについてくるばかり。父親二人もこちらに生ぬるい視線を送ってくるだけである。だから助けろ。
二人分のいってらっしゃい、という言葉を受けて、俺の意志に関係なく足はキンセツに進んでいく。
「…なんといいましょうか」
「…はい」
「いつの間にか育ってゆく我が子を見て、嬉しいような、寂しいような…」
「ははは、偶然ですね。ついさっき私も同じことを考えましたよ」
「はっはっは、なんとそうでしたか。
……このままずっと…あの子が、ずっと元気に育ってくれたなら、もう何ものぞみはしませんよ」
「…ええ、本当に」
「………本当に、あの子が幸せになってくれたなら」