信じられない衝動を

あの後のことはよく覚えていない。
気づいたらポケセンでとったらしい部屋の一室でベッドに腰掛けていて、どこか心配そうに俺を見つめてくるポケモンたちが目の前にいた。

リオルが言うには、俺はあのおじさんに強姦なるものをされかけていたらしい。なんでもすっかり忘れていたが、おじさんがきんのたまをくれたときから薄々嫌な予感がしていたんだとか。

『戻ってきてみればお前があんなことになってたから焦った』

力加減ができてなかったかも、と珍しく反省した様子を見せたリオルはどこか気まずそうにしていたが、あそこでリオルが殴らなければと想像してしまってぞっとする。
リオルやフレアがいてくれてよかった。俺一人ならば恐らくこれ以上に取り返しがつかないことになっていただろう。今回のことだけでも相当なダメージを食らっているのだから。

『今日はもう休んだほうがいい。俺たちもベッドには入らせてもらうけど』

フレアが俺の頭を叩いてベッドに潜り込む。続々とベッドに潜るポケモンたちで埋め尽くされたそれは、俺が寝るスペースがなくなっていた。
俺が寝る場所は、と尋ねると申し訳程度に空けられたところを指し示される。多分普通に寝たら落ちるんじゃないだろうか。

俺が慰められてるんじゃなくて全員がベッドで寝たかっただけじゃないか、と苦笑しつつ優しさに甘えることにする。
昔だってこんなことなかったのに、なんであんなことをされたのかわからない。吐き気と気持ち悪さが引かないままにベッドに潜り込み、目をつぶって力を抜く。

今は優しさだけが俺を支えている。


―――
――――
寝たら大分すっきりして、完全とは行かないまでも精神的に安定はしてきた。あんなことがあった以上あまり長く滞在しないほうがいいだろう。
おじさんが一日中倒れていないことを祈りつつ屋上に行ってみても何もなかった。少しだけホッとする。

「よし、118番道路に行くぞ」

118番道路を通って北に進めばヒマワキにたどり着くはずだ。波乗りを使えばすぐに新しい道へと進むことができる。
ミツルもこの向こうにいるのか。多分ハルカもこっちにいるはずだし、俺も頑張らないと。

波乗りを使って向こう岸に渡り、先に進もうと足を動かす。なるべくキンセツでのハプニングを思い出さないように努めているが、思った以上にダメージがでかくてぐらぐらする。
きんのたまはリオルがショップで売ってきたらしい。少し多めのお金が机の上に置かれていて、カバンの中にあのきんのたまはなかった。

歩いていると、前方に見たことがある白銀の髪がちらついた。

「ん?きみは…」

ダイゴさんだった。
彼はこちらに気づいて歩み寄ってくる。服がムロで見たときより少し汚れているが、いったいどこの発掘所に潜っていたんだろうか。

心なしか近いと感じるあたりでとまったダイゴさんが大人らしい愛想笑いを浮かべる。

「やあ、久しぶり」

久しぶり、とは、まさか俺のことを覚えていていっているのか。結構前に一度だけ会った人間を覚えているとは思わなかった。
一歩下がってダイゴさんに曖昧に笑いかけ、俺からも久しぶりですねと言葉を投げる。

最悪だ。なんで今日に限ってこの人に会ってしまったんだ。
昨日のことがあったせいなのか、元々(勝手に)親近感を抱いていたはずのダイゴさんですら恐ろしく感じる。あのおじさんだって一応俺の中ではいい人だという認識をしていたのに裏切られたのだ。

腹の中で熱いものがとぐろを巻いている。動悸が激しくなって息が浅くなり、顔から血の気が引いていくのがわかった。

「次に会ったとき、名前を教えてくれるって言ったから覚えていたんだ。少し体調が悪そうだけど…大丈夫?」
「あ、いや、へ、平気です。…よかったらそれ以上近づかないでもらえませんか」
「?でもこの前はこれより、」
「いいからちょっと…近づいて欲しくないんです」

突き放すような言葉で悪いが、本当に余裕がないので許して欲しい。ジョーイさんは大丈夫だったっていうのに、ダイゴさんはひどく恐ろしく感じる。
顔を背けて口を隠した。これ以上近づかれたら本当に吐くかもしれない。

視線を外したので彼の表情はわからないが、俺の予想では苦笑いをこぼしていると思っている。頭の中ではどう思っているかは知らない。
俺の言葉に少しの間をおいて、へえ、と返事をしたダイゴさんの声はどこか好奇心が覗いたようなものだった。予想と違っている反応に頭で警鐘が鳴る。

素早くダイゴさんの様子を見れば、彼は一度距離をとった俺の方に容赦なく近づいてきていた。鋭く光る目に浮かぶのはほんの僅かな探究心と、膨大な悪戯心。
反射的に後ろに下がろうと足を動かすも、緊張してうまく動かずに砂に足をとられる。もたもたしているうちにダイゴさんは着実に近づいてきて、俺を見てにこりと子供のような笑みを浮かべた。

俺の震える肩に優しく手が置かれ、顎を軽く挙げられる。

「近づくなって言われたら近づきたくなるんだ」
「っ、」
「それで、きみの名前は…」

鮮明に思い出せるのは昨日のことだ。触られていた時間はほんのわずかだったというのに、おじさんの気持ち悪い吐息と汗ばんだ手のひらが簡単にフラッシュバックする。
体が一瞬にして全く動かなくなったことを本能的に悟った。呼吸が止まる。あれ、俺ってどうやって息してたっけ。

直後、鈍い音がして顎と肩から手が離れた。

後ろによろめいたダイゴさんが少し下方部分を見て笑う。それは愛想笑いなんてものではなく、獲物を仕留めようとしている獣のようだった。
下半身から力が抜け、柔らかい砂場にへたり込む。浅い息と強く跳ねる心臓が聴覚を刺激し、先ほど起きたことをゆっくりと思い出させていく。

ダイゴさんの前に立ちふさがったのはリオルだった。どうやら俺の状態を察してすぐに仲裁に入ったらしい。

『大丈夫か』
「あ、う、た、多分」

本当は吐きそうだが。
ダイゴさんはふむ、と何かしらを考える仕草をしたあと、俺の方に近づいて手を伸ばしてくる。なんでこんなことを。

その手は俺が取ることなく、リオルによって叩き落とされて終わる。背中を見ても伝わってくる怒気でリオルが相当怒っていることがわかった。
リオルが警戒している対象である彼は何でもないことのように肩を竦めた。

「何があったのかはわからないけど、これ以上近づいたらきみが怯えることは理解できたよ」
「そ、でしょ…だからもう、」
「だからと言って近付かないわけじゃない」

適宜必要なときには近づくのも許してね、と遠く離れたところでもう一度愛想笑いを浮かべる彼に殺意が沸いた。近づくなと言ったのに。
するとリオルもそれには苛立ちを感じたのか、俺の前から離れて彼の腰に軽く一発をめり込ませた。これからダイゴさんにイラついたらポケモンに殴ってもらおう。

悪い人ではないんだろうが、どうにも扱いづらい印象。どこか子供らしい彼を好きになる未来はまだ遠そうだ。

「そうやってしていると、まるでリオルに助けられるお姫様のようだね」

既に一度手酷い目に遭っているくせにこれだ。
けらけらと笑ってそんなことをのたまった彼に、今度はそんなことも言えなくなる一発をリオルに頼んでおいた。