光るいしとのご対面

「そういえば、名前以外に少し聞きたいことがあったんだ」

顔の片側をパンパンに腫らした彼は、いつもよりも随分と楽しそうな笑みを浮かべて俺にそう告げる。配慮されているのか気持ち遠めの距離で話しかけた彼の性格は優しいものなのだろう。

「この広い世界には様々なポケモンがいる。しかもそれぞれ様々なタイプを持っている。
いろんなタイプのポケモンを育てるか、それとも好きなタイプのポケモンばかりを育てるか…きみはポケモントレーナーとしてどう考えるかな」

にこやかに尋ねられたその問いに言葉が詰まった。別に俺の中に答えがないわけじゃないが、なぜダイゴさんが今これを尋ねてきたのかがわからないのだ。
トレーナーとしてどうすればいいのか。ひとえにトレーナーと言ったとして、育て方は十人十色だ。友達に勝ちたいだけの奴とリーグを目指すやつ、それだけで十分な違いがある。

ダイゴさんはそんなことを聞いてどうするつもりなのか。そしてどういう答えを求めているのか。
顔をしかめたことがわかったのか、彼の温和な笑顔から期待の色が消えていく。何を期待していたのかは知らないが、俺は普通の子供なのだ。彼の期待なんか知るはずもない。

「手持ちのポケモンが満足しているなら、どっちでもいいと思いますけど」

好きなタイプのポケモンだけでも極めれば相当な強さになる。タイプ相性なんてなんのその、と言ったように機転や知恵を出して勝ちを修めることはざらだ。
それに俺はいろんなタイプを持つように心がけているが、ダイゴさんだって一点特化型じゃないか。鋼タイプばかり集めているってあいつに聞いたことがあるから知っている。

ダイゴさんは俺の言葉を聞いて目を瞬かせた。もしかして問いに対する答えが見当違いだったとか、そういうことだろうか。
そのまままた考え込むためか、口のそばに手を持っていった彼が顔を歪めた。楽しそうだと思っていたが、リオルによってダメージを負った頬の痛みはちゃんとあるらしい。

こちらから怪我を負わせた分申し訳なさも倍増する。こっちの心傷も思い切り抉られたわけだが、流石にやりすぎたかもしれない。
仕方なく買ったばかりの水をタオルに染みこませ、リオルに手渡す。俺の考えを見抜いたらしいリオルがダイゴさんの頬にそれを乱雑に押し付けた。さらに彼の顔が痛みに歪んだのは言うまでもない。

リオルからタオルを受け取ったダイゴさんは、考えがまとまったのかいつもどおりの愛想笑いを浮かべて「ありがとう」と言った。

「なんというか、きみらしい考えだね。そのリオルを連れているだけある」
「…?」

このリオルを連れているだけある?
見てくれは恐らく普通のリオルと同じだろうし、色違いというわけでもない。違うことがあると言ったら俺と言葉を交わすことが可能だということくらいだと思うのだが。

突然話題に出てきたリオルのことに首をひねった俺に、ダイゴさんはゆるく首を振って口に人差し指を当てた。これ以上は詮索するなということか。
黙り込んでダイゴさんの言葉を待つ。

「そう、きみの物分かりがいいところも嫌いじゃない。周りがどう思っているかは知らないけれど、きみはかなり聡明みたいだ。将来が楽しみだよ」
「…そりゃどーも。俺はあんたのそういうところは好きじゃないけど」
「褒めてもらって光栄、とでも言っておこうかな」

さすが大人、子供の嫌味にも平然と切り返しをしてくる。その余裕が無性に俺の神経を逆なでしてくるのは気のせいじゃないはずだ。
石の洞窟から会ってなかったのに、この人は俺の全てを見透かしてくるような態度だ。この分では名前だってバレている可能性だってないとは言い切れない。御曹司め。

睨みつける俺に余裕な笑みを向け、踵を返すダイゴさん。いつかハルカだけじゃなくこの人だってぎゃふんと言わせてやろう。…まずは近づけないこの症状を治すところからだが。

『おい、』
「?」

忘れられるくらいになったらマシになるだろうか、と思案していると、リオルが服の袖を引っ張って反対側の空を指さした。同時に前を歩いていたダイゴさんも何かに気づいたように振り向く。
風を切る音が耳に届く。なにかポケモンが飛んでいることは確実で、見上げていたダイゴさんとリオルが固まっていることに疑問を持ちつつ俺も後ろを見た。

「…は、」

白と青で彩られたボディ。左右にまっすぐ伸びた翼、爪が伸びた小さな両手。胸元には赤い三角の模様が描かれていて、どこか焦燥を覚える切れ長の瞳がこちらを睨みつけていた。
ラティオス、とダイゴさんが呟いた声が聞こえた。

こんなポケモンは見たことがない。ダイゴさんはこのポケモンを知っているようだが、あいつは会ったことはあったのだろうか。
ラティオスと呼ばれたポケモンはその小さい両手を必死に動かし、何かを伝えようとしてきている。しゅわ、しゅわん、しゅわわー、途切れ途切れの言葉はなにかの単語のようだ。

リオルに目配せすると、軽く頷いてラティオスの言葉を訳してくれる。

『助けて欲しい。何者かが妹を狙っている。とある人間にお前が助けてくれると聞いた。時間がない、助けて欲しい…だそうだ』
「誰かが、俺のことを?」
『頭を悩ませてる時間はないみたいだぜ。助けるか、助けないか。どっちだ』

とある人間から俺のことをきいた、とは。その疑問を解決しようと頭を回転させる前に、リオルから牽制されてやむなく思考を打ち切る。
確かにラティオスは見るからに焦っているし、本人からも時間がないというお達しが来ている。恐らくラティオスにとっては悩む時間というのももどかしく感じているはずだ。

「迷うことなく助ける、だ。ラティオス、俺をそこに連れて行ってくれ」

悩んでいる暇すら惜しいのなら、俺ができる限りを尽くして助けるしかない。俺が断ってしまえばラティオスはまた頼れる人を探さなきゃいけなくなる。
俺が力になれるといわれて頼ってきてくれたんだ、その期待は裏切りたくもないし。胸を張ってラティオスに返すと、焦りの中にも安堵の色が少しだけ浮かんだ。

そうと決まれば、と、ラティオスに乗せてくれるように頼み込んで手をかけたそのとき、俺を呼び止める声がかかった。
昼間ではあるものの、今ここにいる人間は俺ともうひとりしかいない。

「きみは、ポケモンの言葉が…」

青ざめた様子のダイゴさんがそこにいた。躊躇いがちにそう聞こえてきた声に、リオルとの会話を聞かれていた事を悟る。
そうだ、先程までダイゴさんがいたことを忘れていた。ポケモンたちはリオルと俺が言葉を交わせることを知っているから何も動じていなかっただけで、本来これは異常な光景にしか見えないだろう。

俺もまともにポケモンと言葉を交わせる人物を見たことはない。多分野生のポケモンに育てられていたり、特殊な環境で育った場合にしかまともに会話は成し得ないからだ。
他にもエスパータイプの技に頼ったりとすることも多いが、それならば会話というよりも単語を伝えられるだけだ。その分会話が成り立たないことも多々ある。

頭を抱えたくなるのを抑え、曖昧に笑った。本当は俺じゃなくリオルが言葉を訳してくれているわけだが、そんな細かいことを彼に説明するつもりはない。
それにリオルは俺がそのことをダイゴさんに伝えるのもよしとしないだろう。

ダイゴさんは俺の反応にたじろいだ。が、すぐに持ち直して真剣な顔で口を開く。

「…それは後で聞かせてもらうことにするよ。ラティオスがかなり急いでいるからね」
『引き止めたのは自分のくせに』
「ボクもラティオスについていこう。相乗りは出来ないけれど」

ダイゴさんの言葉の合間でリオルが不機嫌そうに毒づいたのは聞こえないことにした。俺も思ったから反論もしないことにする、そもそもそんな時間はない。
彼のボールから飛び出したエアームドを見つつ、改めてラティオスに頼んで体にまたがる。恐らくダイゴさんが相乗りを申し出なかったのは俺の現在の状況を考慮した上でのことだ。

こういうところは大人の対応なのに、と不平を心の中で訴えかけつつ、ラティオスに目的の場所へ向かうようつげる。
空はいつもより清々しい色彩を放っていたのが、やけに俺の目に焼き付いて離れなかった。