話して伸ばしてそして、
無事にティアをゲットし終えて一息つく。
「きみはリオルとしか会話できないのかい?」
唐突に背後からかかった声に身を固まらせた。そうだ、ダイゴさんいたんだった。ちょくちょく忘れてしまうのは俺の悪い癖か。
俺ではなくリオルの方に近づいていたらしいダイゴさんが、少し興味深そうにリオルの頭を眺めている。それで何かわかるはずないだろうに、やはりというか、ダイゴさんは変人なのかもしれない。
視線を鬱陶しく感じたらしいリオルがダイゴさんを睨めつけた。殴ろうとしないあたり、俺よりもよっぽど理知的なポケモンである。
リオルからの無言の訴えに気づいたらしい彼も、特に気にするわけでもなく距離を取って思案顔をしていた。
「一応聞いておきたいんだけれど、シズクくんは特別な家系…というわけではないんだね?」
「まあ…多分リオルの波動っていうやつで会話が成立してるんじゃないかっていうのが俺の見解なんですけど」
「そっか。波動で人と会話することができるリオル…にわかには信じ難い…」
ダイゴさんの独り言で普通は波動で会話することなどできないということを知る。ならこれはリオルが少し特殊ということだろう。少しばかし相性が必要らしいが。
ちなみにダイゴさんはリオルの言葉を理解できるのかと尋ねてみたが、少し憂いを帯びた顔で首を横に振られた。
「言葉が分かるのなら今頃質問攻めしているところさ」
『答えるかどうかはさておき、な』
「それにしても、そのリオルが彼に一目置かれている理由がそれだったとはね…それを知っていたということは、まさかあの子も言葉を…」
ダイゴさんに聞こえていないのに返答を返すリオルの律儀な態度に苦笑いをこぼしていると、ダイゴさんは相変わらず少し大きめの独り言をつぶやいていた。あの子とか彼とかいったい誰のことを言っているんだ。
リオルの持ち主であるコトアというやつだろうか。しかしそいつはリオルの言葉も聞こえていなかったらしいということも聞いているし、別の人間か。
「これはまた調査してみる必要があるな…貴重な情報をありがとう、シズクくん。
そうだ!お礼と言ってはなんだけど、ラティアスも仲間になったみたいだし、これをあげる」
勝手に完結したダイゴさんは、どこか嬉しそうにしながらポケットからとりだした何かをリオルに手渡した。俺に直接渡さないのは近づかないようにという配慮なんだろう。
仲介してくれたリオルから受け取ったものは、シンプルなピン一本だった。一般的な髪留めとして使われている形のそれに、虹色に輝く石を中心とした細やかなデザインが施されている。
「今渡したピンはキーストーンを埋め込んでいるんだ。
そのピンとポケモンの持つメガストーンが絆によって結ばれたとき、通常の進化とは異なるパワーアップ…――メガシンカが起こる。
次に戦うときにでもラティアスと一緒に試してみるのがいいだろうね」
キーストーン。メガシンカに必要な、トレーナーが持つべき進化の石。
ダイゴさんがなぜこの石を持っていたのかは知らない。石好きだからこそこのメガストーンというものが気になって取り寄せたんだろうが…しかし石好きだからといって簡単に集められる代物でもないはずだ。
ダイゴさんの謎がますます深まっていく気がする。
「メガシンカは未だ多くの謎に包まれた存在なんだ。
メガストーンとはなんなのか?キーストーンとはなんなのか?人とポケモンを繋ぎ、力をもたらす現象…それは一体なんなのか?
いま渡したキーストーンが、その答えを見つけ出すきっかけになってくれると良いなって思う」
「…それで、俺にこの貴重なものを、って?ダイゴさんは大量のキーストーンをいろんな人に手渡しているみたいですね、さすがは御曹司ってところですか」
「きみはボクのことを少し誤解していないかい?いくらなんでもそんな貴重な石、そうホイホイとあげられるわけないじゃないか」
そうなのか。まだ二回しか会っていない俺なんかにもくれたんだから、結構ホイホイあげてるものだと思っていた。まあダイゴさんは石を掘るために洞窟に篭もりがちだろうし、案外仕事以外での付き合いはないのかもしれない。
しかし、ピン。ピンか。
確かに俺は帽子の下にピンをつけてはいるが、ぱっと見てもそのことはわからないだろうに。しかも普通こういうピンって女の子にあげるべきものではないのだろうか。
もらったものは遠慮なく使う方なので、早速帽子を外して乱れた髪を整えた。二本止めていたピンの片方を付け替える。
帽子を被ってみたが、キーストーンって見えてなかったら使えないとかないだろうか。…特にそんなこともなさそうだし、多少隠れていてもいいだろう。
俺がピンをつけたことを確認したダイゴさんは手を差し伸べようとして、気づいたようにその手を下に降ろした。何から何まで気を使わせてばかりで申し訳ない。
「よし、それじゃあ帰ろうか。外で待ってくれているラティオスと一緒に」
―――
――――
見慣れた風景の中、砂浜に降り立った俺にダイゴさんが告げた。
「お疲れ様、シズクくん」
言われて気づいたが、今日はもうだいぶ疲弊しているようなだるさがある。それほど神経を使っていた覚えはないのだが、無意識にダイゴさんでも警戒していたんだろうか。
と、ラティオスが一つ嘶いて空へと消えていった。一応ティアのことは任せてくれるらしく、それほど気にした素振りも見せなかった。
「ラティアスのこと、よろしくって言っていたのかもね」
『守ってくれてありがとう、だとさ』
「あー…ラティオス、ティアがいなくなるけど寂しくねーのかな」
俺が気にすることでもないだろうが、ティアが俺のところに来たことによってラティオスは一人になるんじゃなかろうか。普段一緒にいた存在がいなくなるということほど寂しいことはないだろう。
ラティオスが寂しそうにしていたらティアを返そう。
ダイゴさんの予想とリオルからの伝言の食い違いを内心にだけ留めておいて、ラティオスの消えていった空から目を逸らした。
「今回のきみの活躍、期待以上だったよ。きみたちの力があれば、この先に続く119番道路も、さらにその先にあるヒマワキシティのジムだって乗り越えられるかもしれないな。
次に会ったときのきみはどれだけ成長しているんだろう…とっても楽しみだよ」
じゃ、またね。ダイゴさんはやけに上機嫌で119番道路の方へと消えていった。
俺でもわかるほど機嫌がいいとは、これからダイゴさんは石掘りにでも出かけてくるんだろうか。とりあえずその洞窟が崩れるとか、瓦礫の下敷きになるとかがないことを祈っておこう。
「…やっぱり。リオルはキミのことが気に入ってるみたいだね、シズク…」
なにかの機械を弄りつつ、少年はひとつ呟いた。
幻想的な雰囲気が辺りを支配する中、地面に腰を下ろして人口物を弄っている彼はどう見ても異質そのものであった。しかしそれを気にする者は誰もいない。
彼の隣には青く輝く一匹の美しいポケモン。少年が一撫ですると嬉しそうに鳴き声をあげる。
「ラティアスと引き離しちゃってごめんね、ラティオス。本当はキミも彼についていきたかったでしょ」
そう言葉をかけた彼に、ポケモン…ラティオスは不機嫌に喉を鳴らした。心外だとでも言うように。
その様子を見ても少年は穏やかな笑みを崩すことはなかったが、どこか困っているかのごとく肩を跳ねさせ、空気を震わせた。
「…わかってる。今はそういうことを考える余裕はないもんね。
リオルには悪いけど、このことが片付いたら…」
その先は木々のざわめきに溶けた。今日は随分と風が強い日だ、119番道路なんかはきっと大雨になるはずだ。
少年はそんななんでもないことを考えながら、晴れ渡った空を見上げたのだった。