明日の希望と未来の不安

「…ええと、ありがとうよ。きみのおかげで助かった」

無様に床に倒れたままの俺に、どうやら研究所のお偉いさんらしい男性が恐る恐るといったように声をかける。
引き止めてしまったことは悪かったとは思っているが、リオルだってなにもここまでしなくとも良かっただろうに。おかげでしばらく動けそうにない。

その原因であるそいつは不機嫌なまま階段の方へ向けて走り出し、姿を消していた。多分土砂降りが続く外へ飛び出たんだろう。

イズミによって頬を腫らした人の容態はそれほど悪くないようだった。それどころか頬を紅潮させて荒い息を吐いているその様子にドン引きする。
俺もよく殴られたり蹴られたりとするが、流石に助手さんのように痛みを快楽に変えてしまったら終わりだという気がする。つくづくそうならないように願うばかりだ。

痛みよりもそちらへの驚きが勝った俺とは裏腹に、ここのお偉いさん含め他の職員さんは、助手さんの様子を気にした様子はなかった。なれているんだろうか。

「きゃつらめ…数千年前の異常気象を調べてどうするつもりだ…
…っと、いかんいかん。まずはきみにお礼をせねばな」
「へあ?」

イズミの行動が不可解だったらしい、頭を悩ませていたお偉いさんは唐突に俺のほうを向いてそう告げた。いきなりのことでついていけない俺は間抜けな声をあげる。

お礼と言われても、偶然雨宿りをするために立ち寄ったらこういうことが起きていただけなのだ。アクア団とのいざこざも慣れたものである。
そもそもあのイズミの様子なら、俺がここに来なかったとしてもどうにかなっていただろう。むしろ俺が無駄に話をややこしくしてしまったんじゃないだろうか。

つまりはまあ、ただの偶然なので気にしないで欲しいということだ。

「俺も無断で研究所に入っちゃったので、お礼なんかもらえるような立場じゃないですよ」

そう、俺やリオルも許可なしに研究所に入った一部だということも忘れてはいけない。本来ならここにいること自体がいけないことである。
俺が首を振って申し出を断るが、男性は難しい顔をして渋るばかり。どうやら何かしらをしなければ気が済まないタイプらしい。

このまま膠着状態になってリオルのことを追いかけられなくなる、という事態だけはなんとか避けて通りたい。
リオルが一匹でイズミの元へ辿りつけるかは心配ではない。ただ、ポケモンの言葉について、未だに基礎すら習いきっていないのだ。せめてもう少しぐらいは教えてほしい。

そこまで考えて、ようやく貰うものは目に見えるものだけに限らないということに気づく。別に欲しいものはそれほどないが、彼らが持っている情報はもらいたいものだ。できればアクア団が持っていった情報を。
そのことを伝えてみると、男性は伸ばした髭を触りながら「お安い御用だ」と快く承諾してくれた。

「…先程のきゃつらの欲していた情報だがね。
数千年前、二匹の伝説ポケモンが引き起こした異常気象だったのだ」

「異常気象?」
「ああ…
二匹のうちの一匹、伝説のポケモン、カイオーガ…
自然界に溢れるエネルギーを吸収することで、カイオーガは姿を変化させた」

ホウエンの二匹の伝説ポケモンといえば、カイオーガとグラードンだろうか。レックウザは知る人ぞ知る伝説ポケモンだが、あの緑の龍は災害を引き起こすような性格はしていないと思っている。
もちろんそれは「昔」の話で、この世界のレックウザはどうなのかは知らないが。

「変化したカイオーガは、世界中が大雨になるほどの異常気象をおこし、海を押し広げていったそうだよ。
我々はこのカイオーガの変化をゲンシカイキと、ゲンシカイキしたカイオーガをゲンシカイオーガ、と呼んでいる。

ゲンシカイキはメガシンカとは異なるポケモンの進化の可能性――
…だったのだが、カイオーガたち以外には行えず、進化の方法としては途絶えてしまったとされているんだ」

「げんしかいき…か」

聞いたこともない単語だ。これもメガシンカと同じく新しく発見されたものなのだろうか。
メガシンカもゲンシカイキも、俺が知らないことだらけで頭を抱える。俺がユウキだった頃にこんな単語はなかったはずだ。
俺やハルカといい進化の変化といい、やはりこの世界は何かがおかしい。この変化が未来にどう影響していくかわかったものじゃない。半端な知識があってもこれじゃ意味がない。

なにはともあれ、これだけ情報をもらえれば充分だ。ゲンシカイキというものがわかっただけでも考える幅は広がってくる。
「昔」聞いた話と今まで俺が体験してきたものとを照らし合わせても、少々…メガシンカなどは除いての少々ではあるが、それほど差異はなさそうだ。

ありがとうございました、と頭をさげ、研究所を後にする。雨はだいぶ弱まっていた。

「リオルー、おーい、リオルー!」

いなくなったリオルを探しながら、水に溶けた泥を踏んで先へと急いだ。キンセツでアクア団たちがやることはもうない。恐らくヒマワキの向こう、ルネの方面へ向かったはず。
リオルもそれを追いかけて行ったのなら、俺はバッジを集める方へ進めばそれでいい。焦れば空回りすることは目に見えている。

本来ならばエポナの手を借りるという手段もあったが、あの大雨の中で走り回られても匂いが消えてしまっている場合も予測できる。
だいたいあのリオルは聡明だし、エポナに嗅ぎつけられないように何かしらの工夫を凝らしている可能性も高い。結局自分の目と足を頼りにしなければならないだろう。

味方にすれば心強いが、敵にすれば恐ろしい。まさにそういったタイプを地で行くリオルに内心頭を抱えた。