太陽に向けて咲く花
リオルを探しつつ、研究所付近にあった大きめの橋を渡る。橋の先にある道を進めばヒマワキに進むことができるはずだ。
「シズクくん!」
ヒマワキまでの距離は多少なりともあるとはいえ、あのリオルが呑気に歩いているわけがない。このあたりは走り去ってしまったと考えるほうが妥当だ。
だとすれば声を張り上げる必要はない。いないとわかっていて名前を叫んで、ホイホイとトレーナーを呼び寄せるのは得策じゃないだろう。リオルもそれくらいはわかっているはずだ。
草陰に隠れていないか、あるいは横道でポケモンが通った跡はないかと見回しつつ進むが、雨のせいで足跡は軒並み消えきってしまっていた。泥にまみれた地面、残された足跡もどのポケモンかは判別できない。
一応リオルはこの地方のポケモンではないので、目撃情報さえあればなんとか見つけ出すことも可能だ。道草を食っている時間もない。
「ねえ、シズクくんってば!」
「うおっ!?」
いきなり肩を叩かれて飛び跳ねる。声をかけてくる知り合いなんてものはほとんどいないものだから、呼ばれた名前さえ自分のものではないものかと思った。
慌てて声がかかった方を振り向けば、そこには照れくさそうに笑っているハルカの姿。
「もう、全然反応してくれないから別の人かと思っちゃったよ!」
「そ、それは…悪かった」
考え事をしていたとはいえ、反応しなかったこちらに非があると言われればそれまでだ。ハルカがリオルと俺の間で何があったのかということを知っているわけでもなし。
ハルカには悪いが、今はどちらかといえばリオルを探すことに熱を注ぎたい。
だが久しぶりに出会った彼女にそんなことをいえようはずもなく、苦笑いでなんとか誤魔化した。
向こうはそれに気づかなかったのか、少し考える素振りを見せて「どうしようかなぁ」とあくどい笑みを浮かべる。謝っただけでは足りないらしい。
「それじゃ、今度ミナモデパートで一緒に買い物しようよ!それでチャラにしてあげる!」
一体どんな要求をされるのかと思いきや、予想に反して比較的簡単なものを提案された。そんなことでいいのなら付き合うけど、それでいいのか。
戸惑いながらも頷けば、ハルカは頬を染めて冗談だよ、と慌てた素振りで一歩後ずさった。
「ほ、ホントに頷かれるとは思ってなかったし…」
「何が?」
「なんでもない!なんでもないから!」
大体、さっきのことに対する謝罪にそこまですることもないでしょ!とはハルカの談。確かに不釣り合いかもしれないが、地方が違うわけでもないのだから別にいいと思うが。
それにしたって、なんでこんなにハルカは慌てているのか。特にやましいことを考えてたわけじゃないだろうに。
首をかしげる俺とは正反対に、ハルカは赤い頬をそのままにして咳払いを一つ。
「さあ、ここで会ったのも何かの縁!ポケモンバトルしようよ!」
あからさまに話題を変えられたことには触れず、ボールを構えたハルカを見て頭を回す。
リオルを探さなくてはいけない。コトアに関する情報を掴むためなら、あいつはアクア団にだって力を貸すだろう。ただそれが通じるかは別として。
だが、ここでバトルを断るというのも忍びない。元々俺はハルカとの勝負が好きなのだ、用事がなければすぐにだって応じたい。
こんなに悩むのもリオルのせいだ。一度そう感じてしまえば怒りが沸き上がってくるのも当然のことのように思えて、探すのを後回しにしてやろうかと悪戯心が疼いた。
「次こそ負けないぜ!」
「それはこっちのセリフ!
ポケモンの準備は…いいに決まってるよね!それっ!」
―――
――――
多少危ういところもあったものの、今回は俺が勝利を納めることになった。
やはりハルカとの勝負は気持ちがいい。アクア団たちやほかのトレーナーと戦った時とは違う高揚感を得られる気がする。
この感触は"前"から続いているものだ。状況や立場に左右されないこの手応えは、実は結構好ましかったりする。ハルカがどう思っているかはさておき、だが。
「あっちゃー!さすが、強いねシズクくん!」
目を回して倒れているキノココに治療を施しながら朗らかに笑ったハルカは、カバンから何かのディスクを取り出してこちらに差し出してくる。
「今の勝負のお礼に、あたしからのプレゼント!」
握らされたそのディスクに書かれていたのは「そらをとぶ」という文字。
空を飛ぶ…ヒマワキのバッジを取得さえすれば、大空を飛びまわることが可能だという秘伝マシン。秘伝技はそれなりに高価なはずなんだが。
「たまにはそのわざマシンを使って、ミシロに帰るのもいいかもだよ。シズクくんのお母さんも心配してるのかもしれないし…」
こんなものを受け取るわけには行かない、と言って押し返すと、ハルカはどこか寂しそうな顔をしながらそういった。中々反論しにくいものを使ってくる。
ハルカにそんな顔をさせたいわけじゃないし、ミシロに帰っていないのも事実。トウカジムに行く時に寄ろうかとも考えてはいたんだが、何分リオルが早く行けと急かしてしまったため、ミシロには行けていない。
もう一度差し出されたディスクを大人しく受け取る。途端に明るくなった表情で、それじゃあまたね、といって先に走ろうとしているハルカを呼び止めた。
「どうしたの?」
「やっぱり、俺とミナモデパートに行かないか?」
俺の言葉を聞いたハルカが、一瞬状況を理解できなかったように間を置いて「へっ?」と問いかける。もう一度同じことを告げた。
彼女の顔がみるみる赤くなっていく。何がどうしてそうなった、まさかまた突拍子のないことを言ったと怒っているんだろうか。そこまで変なことを言ったつもりはないんだが。
「ハルカからもらったわざマシンのお礼とかしたいし。…まあ、色々ひと段落してからになるから、だいぶ時間が空くんだけどさ」
「ぜ、全然大丈夫!一緒に行きたい!」
「そ、それはよかった。それじゃあえーと、連絡するから」
「うん!」
そこまで言って、不意にハルカの連絡先を聞いた覚えがないことに気づく。昔はポケナビで通話ができたのに、マルチナビは変なところで不便だ。
連絡先を訊ねて登録し終え、いざ別れようとするところで、ハルカがまだ赤みを帯びた頬をそのままにして言葉を投げつけてきた。
「それじゃ!シズクくんとのデート、楽しみにしておくね!」
そのまま進行方向に向きを変えて走り去っていくハルカは、ポケモンたちに負けない素早さだった。…気がする。
「…でー、と」
そうか、そういう意味もあるよな。道理で俺の反応に狼狽えてたわけだ。男女で出かけるってそういうときもあるよな。
俺の申し出を受けた時のハルカの顔と、ハルカの申し出を受けた時の彼女の顔。
ようやくその真意が理解できたような心持ちになって、俺は熱くなった頬を隠すかのごとくその場にしゃがみこんだのだ。