目覚める時はすぐそこに
頬の熱を逃がすのに必死になってしまい、結局ヒマワキにたどり着いたのはだいぶ後になってからだった。もちろんリオルが見つかるわけがない。
こんなにグダグダとしていたら、リオルはおろかアクア団にだって追いつけないだろう。あいつも理解していたために何度か俺をせっついていたとわかる。本当に頭が上がらない。
とにもかくにも、リオルにさっさと追いつくためにはハルカからもらった秘伝技を有効活用したほうが早い。ヒマワキに挑戦するために何度もバトルをしたから恐らく勝てる。
ポケモンセンターで全員を回復させ、急いで近くに設置されていた梯子を登り始める。ヒマワキの作りは独特で、それぞれが木の上に作られた小屋で生活している様式をとっているからだ。
ジムはヒマワキの中心部。地面タイプの技も使えるようにするためか、一応地面の上に建てられている。
そのことを頭に入れつつ先に進んでいると、勢いよく体になにかがぶつかった。
「いっ」
反動でひっくり返る。誰か前からきた人にでも当たったんだろうか。
謝ろうと顔を上げれば、そこには誰もいない空間が広がっていた。…は?
「…なんだ、これ」
恐る恐る手を前に出してみると、何もないところで硬い感触がする。ノックの要領で叩いてみると、骨に擦れて硬い音が耳に届いた。どうやら何かしらがここにあるらしい。
横を見ても通れそうな場所はない。かといって、ここを通らなければジムには入れない。
どうやらここを通るために何かひと工夫を加えなければいけないらしい、ということに気づくまでにさほど時間はかからなかった。
「どうするかなあ…なあ、」
リオル、と続きそうになったところで口をつぐんだ。確かに長い間うしろにいたとは言え、影響され過ぎにも程がある。あのリオルは俺のポケモンでもない。
いつまでも傍にいてくれるわけではないということはわかっているのだが、つい癖で斜め後ろを見てしまうのは仕方がないことだと思う。リオルがいない旅というのは久々だった。
隣にいたフレアが心配そうにしゃも、と鳴いた。
「早く見つけないとな。リオルも、コトアってやつも」
無いものねだりをしたって金にもならない。さっさとここの突破口を探し出して先に進まないと。
しかし自分の頭でそんなことを考えたところで、それが通じるかと言われれば答えに詰まる。ポケモン以外のことはからっきしなのは自負しているのでわかりきったことだ。
この行く手を阻む壁はポケモンの技でほぼ間違いない。一応使えるポケモンは多少限られてくるが、この周辺で使えるポケモンは大量にいるだろう。
壁を壊す方法はバトルに持ち込むこと、あるいは原因と意思疎通をして取り除いてもらうことの二択。しかしどちらも原因のポケモンを見つけなければ始まらない。
どうしたものか、と、顎に手を当ててあたりを見渡したところで、木々の向こうに見覚えのある姿を発見した。
ダイゴさんだ。
「…ふむ。あのポケモンは120番道路にいるみたいだな」
何事かを呟いたダイゴさんは、ヒマワキからミナモへと続いていく120番道路の方へと歩いていく。随分と急いでいた様子だったが何かあったんだろうか。
わずかに聞こえてきた単語から、特定のポケモンを探しているようではあったが。
不意に、ダイゴさんにこの問題の解決策を訊ねたら答えてくれそうな予感が頭をよぎった。そういえば彼は頭が良かったはずだ、…俺と同じように独り言は多いけど。
わからなくとも人の意見は聞いておいたほうが吉。早速追いかけて聞いてみることにしよう。
―――
――――
120番道路の背丈の高い草むらを走れば、意外に足が速いダイゴさんになんとか追いつくことができた。腕に細々とした赤い線が走って地味に痛い。
「…ん?」
声をかけると、木で作られた橋のちょうど真ん中周辺に止まっていたダイゴさんがこちらを振り返った。光に反射する白銀が眩しい。
考え事をしていたらしい真剣な顔つきをしていた彼は、俺を見た途端に破顔した。
「シズクくんか、また会ったね」
目尻を下げて微笑むダイゴさんはまさに白馬に乗ってお姫様を助ける王子様。
…なのだが、雨上がりの草原やら泥道を歩いていたせいなのか、ズボンの裾には泥がはねていて、体の至るところにちぎれた草の葉が張り付いていた。
俺が言う事でもないが、せめて葉っぱくらいは取っても構わないんじゃないだろうか。
一定の距離をとったままそんなことを言えるはずもなく、そして相手もそれに気づくことなく嬉しそうに話をするものだから、さてどうしたものかと頭を抱える。
そもそもダイゴさんはなんでそんなに嬉しそうなんだ。
「どうだい?キーストーンをうまく使いこなせているかな?」
「はあ…いえ、まだ使ったことはないです」
「そっか…まあきみとポケモンたちなら心配することもないと思うけどね」
心配はしていない。ただ使う機会がないだけで。
ティアのメガストーンがあるとはいえ、仮にも希少なポケモンを見せびらかすように使いたくないという反抗心のせいで、ティアにバトルをさせたことがない。
そのことを言うのも躊躇われたので、話題をそらすために自分の本題を切り出してみることにする。
「メガシンカについてはおいておきましょう。今はヒマワキジムに挑戦したいんですけど、道に見えない壁があって、その解決策がないか聞きに来たんです」
「見えない壁?」
「はい。十中八九ポケモンの仕業なんですが、原因のポケモンを見つけることができないんですよね」
どうやって見つけたらいいんでしょうか。
首をひねりながら訊けば、ダイゴさんは口元に手を当てて「ふむ」と呟いた。動作こそいつもどおりだが、顔はそれほど考え込んでいる様子はない。
「きみは気づいているかな。ここに見えないなにかがいるんだけれど」
「は、」
突如ダイゴさんが指をさした方向。そこはちょうど向こう岸につながっている場所だったが、そこには何もない空間が広がっている、ように見える。
「で、見えない何かに向かってこの道具を使うと…」
彼が嘘をついているのではと手を伸ばしてみれば、そこにはジムの前にあった壁と同じ感触があった。ダイゴさんの言っていることは正しかったらしい。
懐から取り出した変な形の機械を紹介するかのごとく装着しようとして、しかしそれを付ける直前にふと動きを止めて呟く。
「違うな…説明するよりも、実際に使ったほうが楽しそうだ」
楽しそう?
「シズクくん、きみときみのポケモン、戦う準備はできているのかい?」
いきなり訊ねられたそれに、咄嗟に頷いてしまったのは仕方がないことだ。ヒマワキのジムに挑もうとしていたので体力は満タンにさせてある。
いったいそんなことを聞いてどうするつもりなのか。恐らくその答えはひとつだけだ。
「うん。シズクくん、これをきみに」
ちょっとつけてみてほしいな、と、ダイゴさんが俺にその機械を差し出してきた。この人、やっぱり俺を実験体にするつもりだ。
一定で離れていた距離を少しだけ詰めて機械を受け取り、そしてもう一度同じ程の距離をとる。リオルがいない今、自分が警戒しておかないとまたあの二の舞になるのではないかと気が気じゃない。
「そんなに警戒しなくてもいいのに。…と、言いたいところだけど、今はリオルを連れてないみたいだしね。仕方ないか」
「一応歩み寄りはしようと思ってますよ、体が拒絶するだけで」
「ははは、それが一番傷つくってことをきみは知らないみたいだね」
故意で言葉を選んでることは言うまい。
受け取った機械を教えてもらったとおりに装着する。俺にぴったりのサイズだというところがさらに恐ろしい。まさかダイゴさん、最初から俺に使わせるつもりだったとか言わないよな。
というよりこれはファッションセンスで見ればかなり異質の部類に入ると思うんだが、もう少し何かデザインはなかったのか。メガネとか。
たらればを言っていても埓があかない。とにかく言われたとおりに橋の先を見てみよう。
デザインの問題か、少し狭くなった視界で橋を眺める。色は変わらない。
別に何もないような、と、うっすら笑顔を浮かべているダイゴさんが指す方向に注目すると、そこにはさきほどとうってかわったものが鎮座していた。
「…カクレオン?」
思わず零した言葉。
そこでダイゴさんを睨みつけていたポケモン、カクレオンがこちらを向いて驚いた表情をしている。姿を見せてないはずなのに目が合うことにびっくりしたらしい。
驚いたせいでパニックを起こしたカクレオンが、脇目も振らずこちらへと襲いかかってきた。