墓標に捧ぐ弔いの花
少年が送り火山に行きたい理由はすぐにわかった。
興味本位でついていくと言った俺を拒むことなく、少年は薄暗い山の中を躊躇う素振りも見せずに突き進んでいく。
隣を歩いていたときは歩調を合わせてくれていたらしい、必死に追いかけなければ追いつけない程度に早いそれ。ついてこられるならどうぞ、とでも言うんだろう。
慌てて少年の背中を追いかければ、少年は奥のとある墓の手前で立ち止まり、膝をついた。
「久しぶり、フィア」
その墓は他と比べて随分と小さかった。
山に来る最中で摘んだ小さな花の束を墓前に供え、手を合わせた少年に倣い、隣の墓の前ではあるが目をつむって合掌した。
建てられた墓のポケモンに久しぶりというくらいだ、親交が深いのであればなくなったときに墓参りにくらいは来るだろうに、建物までの道を覚えてないなんて何だか奇妙な気さえする。
大体、俺の想像通りこの少年って別の地方に住んでるらしいし。なんでそっちに建てなかったんだろうか。聞くつもりはないけど変な疑問だ。
小さな墓に刻まれた絵は、最近確認されたというイーブイの新たな進化系の姿に似ていた。
「ここまで連れてきてくれてありがとう。用事は済んだから、僕はもう降りるよ」
どれほどの時間を過ごしたのか、少年は不意にそう言って立ち上がる。そのまま俺の横を通り過ぎ、先程と同じくらい…いや、それより幾分か早い足取りで階段を降りていった。
小さな墓を盗み見するように横目に捉える。この墓の下に埋まっているポケモンは少年の手持ちだったのだろうか。
当事者である少年が消えた今、誰に訊けるわけでもない疑問を考えていても意味がないことは理解できている。そもそも俺が踏み込んでいいような問題でもないはずだ。
だが、少年がこの墓の主であるポケモンの持ち主であったなら。それを喪ったときの悲しみは一体どれほどのものだったんだろう。
なんにせよ、少年がいなくなったのなら俺もこの場所に用事はない。
一瞬かつてのラグナのことを思い出し、その墓をここに建てようかとも考えたが、あいつは今ハルカのパートナーとしてこの世界にいるのだから、墓を建てるというのはいささかお門違いのように感じられた。やめておこう。
いざ階段を降りようと踵を返したそのとき、ひとつ気になる会話が耳に届いて足を止めた。
「アオギリ様はこんなところに何の用事があるって言うんだ…?」
「おいおい、ちゃんと聞いてなかったのかよ。なんでも、えーっと…なんとかのタマ?をとりに来たんだとよ」
「お前もまともに覚えてねーじゃねぇか!」
「うるせえ!お前よりましだっつの!」
重く息が詰まるような雰囲気が漂う中でやり取りされる緊張感のないそれ。静かにポケモンの死を悼んでいる周りの人間も眉を顰めて二人を眺めているが、当の本人たちは全くそれに気づいた様子はない。
声の聞こえる方へ視線を向ければ、そこには既に見慣れてしまった装束に身を包むふたりの男たち。
ぎゃいぎゃいと何も考えられてない音量で喧嘩を繰り広げるそいつらを殴ってやろうかとさえ考えたが、ここで乱入してもさらに騒がしくするだけでいいことはない。
それより気を引くのは最初の言葉だ。
「アオギリが、送り火山に、用事…?」
そういえば、えんとつ山で対峙したときにこの場所の名前が出たような。
俺だって随分ゆっくりとした旅をしているはずなのに、アクア団もまだこのあたりをうろちょろしているとは思わなかった。何かの準備に手間取っていたんだろうか。
なんにしても、聞いてしまったからには見逃しておくわけにもいかない。リオルももしかしたらそばにいるかも知れないんだ、覚悟を決めるしかない。
未だ大声で話し続けるアクア団の連中をじろりと睨めつけ、さっさと2階に向かうことにする。確か中の最上階からは一番奥に行けなかったはずだ、早く外に出る場所を見つけなくては。
―――
――――
どうやら2階から外に出たことは正解だったようで、生い茂った草木の向こうに見える階段は上へと続いていた。
わずかに草をかき分けた跡が残る道筋を、誰かに見つからないよう息を潜め追いかける。一般人はホウエンではここにしか生息していないポケモンを捕まえに来ることもあるかもしれないが、その前にここは墓場だ。あまりポケモンの捕獲をするという発想もないだろう。
とはいえ、油断は禁物だ。
いくら一般人がいない可能性のほうが高いとはいっても、限りなくゼロに近いというだけで全くいないというわけではないし、そもそもアクア団が墓の前で騒がしくしていた二人しかいないというのも不自然極まりない。アクア団は確実にいると考えていい。
リオルがいない分警戒心をさらに強めて進んでいれば、草陰に隠れるようにして立ち入りを禁止する立札があった。だいぶ年季の入ったそれのそばには錆びた細いチェーンが陣をとっている。
その二つも今は無視するしかない。草むらはまだ続いているし、あいつらがこんな注意を守るわけがないのだから。
チェーンの向こうに足を踏み出し、あたりを見回しつつ草むらを抜ければ、向こうに見える景色に紛れ込んでいる青い衣装の多いこと多いこと。霧が濃く展開していて見え難くはなっているが、かなりの人数がこの場所に集結しているようだ。
ガンガンと頭の中で鳴らされる警鐘が強くなっていくのを感じる。相手が霧で視界が狭まっているとはいっても、俺にだってそのハンデは付いて回るんだから当然だろう。
どうにかしてバレないように奥へ進めないものか。目を細くして奥の様子を窺う。
「…!」
慌てて草の中に顔を引っ込めて横の木陰へと移動する。
うっすらと見えたその場所では見覚えのある姿…あのアオギリが、こちらに無防備な背中を向けて何かに手を伸ばしていた。
山というだけあって、高さはあっても平面の奥行はなかったらしい。隠れられる場所からアオギリの背中でさえわかってしまうほど近くにいたらしいとわかって焦りが生まれた。
こっちからわかるということは、向こうも普通に俺が立っていれば簡単に見つかってしまうということを表している。
少し大きく草の音を立ててしまったが、相手はこちらに気づいた様子はない。胸をなでおろすと同時、ここにアオギリが来るに至った理由はなんだと疑問がよぎる。
確かえんとつ山でもアオギリが、下の階でも下っ端がいっていた。たま、何かしらの玉を奪いに来たとかだった。
何かの玉。送り火山に何かあるという話は聞いた覚えはないし、アクア団が今まで見つけられていなかったということから、その情報は秘匿とされていたと考えるのが妥当だ。
いったいなんだ、そう思ったとき、思考を切り裂くほどに鋭い声が大きく響いてその場の空気を変えた。
「行くぞ!野郎ども!次はカイナシティだ!」
アオギリの号令だ。アクア団じゃない俺でも思わず背筋を伸ばしかねない迫力を宿したそれが辺りを支配し、びりびりと鼓膜を震わせる。
これがカリスマというものか。人を惹きつける魅力の一種、俺には持てそうもない。
場違いにもほどがある感想を抱きつつ、段々こちらへと向かってくるアクア団の一行から逃れるため、さらに脇のほうへと移動して身を縮こまらせ息を殺す。
アオギリたちも草むらでがさがさと音を立てていたので紛れるだろう。その予感が的中したようで、こっちに視線を向けるわけでもなく通り過ぎた背中は草むらの向こうに消えていった。
「心臓に悪い…」
全員が見えなくなったところで一息をつき、草むらから出る。
まるでホラーゲームで追いかけられるような焦燥感だった。実際に体験している分難易度は跳ね上がっていると思うが、リアリティを追求したいならこういうこともやってみるといいかもしれない。俺は二度としない。
霧の向こう、アクア団の残党がいないことを確認して小さな階段を登る。周りには知らされていない何かだ、漏らさないために何かしらの対策はしていたはず。
アオギリが一体何を奪ったのか、全貌はわからなくとも奪ったあとを調べれば防ぐ方法か何かわかるかもしれない。持てる手札は多く持っておいたほうがいいというのはポケモン勝負でも同じことだ。
そういえば、アオギリのところにリオルはいなかった。
一応俺はリオルを探しながら旅をしていたんだから、まず俺より後にたどり着いたなんてことはない。野生に帰るなんてこともあいつはしないはずだし、一体今頃何をしているのやら。