赤く光り青く沈む
送り火山の山頂には、アクア団だけでなく一般人もいたようだ。
一般人といってもただの遊びに来たトレーナーや墓参りのついでに寄ってみたという人じゃない。アクア団とは違うという意味での人、というだけだ。
ご老体といえばいいのか、じいさんとばあさんがそこにいて、アイイロノタマがと嘆いていた。あいいろのたま、…藍色の珠?
藍色の珠って、別に普通の球体のものじゃないのか。深海のように暗い光を反射しそうな名称ではあるが、別に何の力も発揮しそうにない。危険性もなさそうに思えるんだが。
とにかく、奪われたのが藍色の珠という名前だということは分かった。残された二人の慌てようとアオギリの態度からして、危険性はなさそうだがかなり重要なものだということも理解できる。
「藍色の珠と紅色の珠が離ればなれになってしまうなど、決してあってはならないこと…」
藍色の珠について何か聞こうかと口を開きかけたとき、二人の口から新しいワードが飛び出した。
紅色の珠。アオギリは珠を手に入れたといっていて、けれど二人は紅色の珠が盗まれたということは一言も口にしていない。アオギリは藍色の珠だけを奪っていったようだ。
藍色と紅色。違いは色くらいしか思い浮かばない。
何か性質が違うのだろうか。アオギリが取っていかなかったということは、アクア団の目的を邪魔するもの…性質が逆?アクア団の目的はカイオーガの復活、それに必要…逆…グラードン…
藍色の珠はカイオーガの力を増幅させる?
逆に、紅色の珠はグラードンの力を強める、とか?
そう考えるとなんとなく納得もいく。物事にはなんでもバランスがあるというし、グラードンの力を強めたらカイオーガの力が弱まり、逆にカイオーガの力を強めたらグラードンは弱まるんだろう。
そして珠はそのバランスをとるのに必要で、その性質上近くに置いておいたほうがより安全なのかもしれない。うん、これが一番しっくりくる。多少の間違いがあっても予測だから大体合っていればいいんだからこれでいい。
「あの、すみません」
そう考えると対処法は自然とわかってくる。二つの珠が離れることがダメならば、せめて近くに行くだろう人間が持っておいたほうがいいということだ。
「その紅色の珠、俺に託してもらえませんか」
俺の発言に話していた二人が言葉をなくした。
それもそうだ。いきなり出てきた子供が何の説明もなく危険なはずの紅色の珠を差し出せと言うなんておかしすぎる。託していいかなんて判別がつくわけもない。
だが、目の前にいる二人は紛れもなく老人。アクア団を追いかけることは到底できそうにもないし、できたとしてもまず追いかけない。ものすごい形相で追いかけてくる様を想像するだけでぞっとする。
それにこの二人、アクア団のことについては知らないことのほうが多いだろう。その分を考えても俺に珠を託してもらったほうがよっぽど有意義だ。
「お願いします」
戸惑いを隠せないままの二人にさらに懇願する。
このまま珠を渡してもらえずとも、アクア団を追いかけることは可能だ。しかし考えられる対処法は多い方がいいのは何度もいっているとおりだ。
長い沈黙の後、おろおろと忙しなく視線を移動させているばあさんの隣で、じいさんは低く唸り声をあげて俺を見上げた。
「わかった。お前さんに残された紅色の珠を預けよう」
「!」
「ちょ、ちょっとおじいさん、」
「その代わり、さっきのヤツらを追いかけて、珠を取り返しておくれ…!」
交換条件として提示されたその願いに即座に頷き、差し出された紅色の珠を受け取る。
赤黒く光る怪しくも美しい紅色の珠。一見目を引くただのでかいガラス玉だが、手に触れてみればそれが間違いだということに即座に気づく。
心臓が大きく音を立てて軋み、ぐらりと視界が揺れるような錯覚を起こす。熱い、頭をよぎる言葉とは裏腹にひやりとした紅色の珠はどうしようもなく俺の目を惹き、意識をあちら側へと引きずり込もうとした。
受け取った瞬間にふらついた俺を心配してか、二人が慌てて俺の体に触れる。
「…!」
「これは…」
二人が触れたからか、それとも何か別の要因があるのか、目を惹いた珠はいつの間にか普通の赤いガラス玉へと変化していた。タイミングよく起きた貧血だったんだろうか。
傷をつけてないかを確認し、リュックに紅色の珠を仕舞う。少し不気味ではあるが、使い方さえ間違えなければ早々悪いことにはならないはずだ。
アオギリは確か、次はカイナに向かうと言っていた。間に合うかどうかすら賭けではあるが行ってみなくては。
何かを言いたそうにしている二人に頭を下げ、祭壇に背を向けて走り出す。早くに行ったほうが阻止できる時間は長い、余計な思考を回す必要はないのだ。
―――
――――
カイナということは目的は港という可能性が高い。つまり、向かうべきは海の方向である。
早速手に入れたばかりのバッジを使い、ナックラーからビブラーバになったポケモン…フルフにカイナへと運んでもらった。
カイナに飛んだ俺が向かったところはなぜか人だかりができている造船所。これほどタイミングよく人だかりができるなんて、アクア団と何か関わりがあるとしか思えなかった。
入口を中心に円状に広がった人ごみへと飛び込み、なんとか一番前に躍り出て原因の人物を目にする。…クスノキさんだ。
クスノキさんは取材陣だろう人たちから投げかけられる質問に愛想よく、当たり障りのないことや今後の方針などを返している。会話の内容には多少ついてはいけないが、それは最初から聞いていないからというだけだ。後からニュースを見るだけでもどうにかなるだろう。
「おっ、きみか!」
アクア団に関係することではなかった。少し肩を落とす。
するといつの間にか取材は終わったらしい、デボンからの届け物をしただけの俺の顔を覚えていたのか、クスノキさんは人当たりのいい笑みを浮かべて俺に話しかけてきた。
「クスノキさん、ご無沙汰しています」
「ああ、きみが荷物を届けてくれたおかげで、研究が随分とはかどってね!驚かないで聞いておくれ、今回の海底調査ですごい発見をしたんだ!
大昔に絶滅したとされる超古代ポケモンの住処をね!見つけたんだよ!」
超古代ポケモン。その言葉に俺の体がこわばったことに気付かなかったのか、先ほど取材陣としていた会話とは打って変わって興奮したように言葉をまくし立てる。
大昔に絶滅した超古代ポケモン、十中八九でカイオーガとグラードンの話だろう。アオギリが動いている、さらに海底調査とくれば答えは自然とカイオーガに絞られてくる。カイオーガがアオギリの手に収まるのも時間の問題か。
しかしここに来たはずのアクア団の姿が見えない。いったいどこにいるのか、頭をフル活動させながら周囲を見回す俺に、クスノキさんは「128番水道の深海にある海底洞窟に」と今回の研究についての成果を語ろうとした。
どこかぎこちない、古臭い音をしたスピーカーが大きく音を立てたのはそのときだった。
「あー…あー…テステス、マイクテス…っと」
ぴー、ガガガ。ノイズが走り、集まっていた人々がなんだなんだと顔を合わせる中、スピーカーから聴こえてくる声が酷く呑気で異質感を強くさせる。
ここで一気に汗が出たのは俺だけだったに違いない。何せ周りの人たちは、アクア団という存在を知っていても、リーダーであるアオギリのことを知っているわけではないのだ。当然直接相対し、会話をした人間などいない。
スピーカー越しに聞こえる声がアオギリだということに気付いて、さらに恐怖を抱いていなくては、この場面で汗なんて出ない。
「聞いてるかあッ!クスノキ館長とやらッ!
テメエの潜水艦はオレたちアクア団がいただくッ!すべてを始まりに還す計画に協力できること、光栄に思うがいいぜ!」
恐怖で動かなくなった足に追い打ちをかけるように、アオギリは獰猛な響きの声でクスノキさんへと一方的な声がけを行った。クスノキさんもこれはただ事ではないと気づいたのか、やや興奮気味になっていた態度を落ち着かせ顔を険しくしていた。
潜水艦を奪う。さしもの俺も、それがどういう意味を表すのか、そんな簡単な問いも解けないほど馬鹿ではない。
困惑しているクスノキさんの横をすり抜け、造船所へ転がり込む。しかしその時既に造船所の中に人は見えず、海へと続いているのだろう、プールのような槽の真ん中で気泡がぶくぶくと音を立てているだけだった。
遅れてクスノキさんが造船所に飛び込んでくる。だが既に起動してしまった潜水艦は影形も見えず、置き土産のような小さな気泡があった場所でさえ見えるかどうかというほどになっていて。
「…潜水艦が」
奪われてしまったと気づいたときには、既に俺たちは手遅れだった。