手を取り合って進むべし
遅かった。よく考えればもう少し早く気づいて、せめてアオギリと対面することだってできたはずなのに。
先ほどのクスノキさんの発言、大発見というならニュースで流れてもおかしくない。というより先ほどの取材はそれに関することだと本人が言ったので間違いない。
アオギリがそれを見逃すはずがなかったことくらい、自分でもわかっただろうに。
「…くそっ!」
怒りのやり場が見つからず、握り締めた拳を壁に叩きつける。
アクア団のほとんどがダイビングを使えるとは思えない。それにダイビングは使えるポケモンを制限してしまうので、潜水艦を奪いに来ることくらいは想像できていないとおかしかったのだ。
待て、焦るな、落ち着け自分。後悔する前にやることがあるはずだ。
怒りで真っ赤になる視界をなんとか押しとどめ、何か打開策はないかと頭を巡らせる。こういうときのための前世の知識だろ、しっかりしろよ。
思い出せ、あいつは仔細を語ることはなかったが、大まかな流れは確か把握していたはずだ。たしかここであいつは、あいつは…いや、あいつって、
あいつって、誰だ。
「…」
造船所の扉を開け、外にフルフを出した。クスノキさんの焦った声が聞こえたのをあえて無視する。
「俺、ちょっと行くところがあるのでこれで!じゃ!」
フルフの背に飛び乗り指示を出す。
一瞬で冷えた頭で思い出した。ハルカはミナモ近海にアクア団のアジトがあると言っていたはずだ。詳しい場所は教えてもらえていないが、見つけられたということはそれほど隠されているわけでもないんだろう。
そしてあいつがアジトを知っているということは、カイオーガをとめる前に出向いたということだ。まだきっと、何か活路が残されているはず。
大丈夫、まだ、まだ忘れていない。忘れかけても思い出すことができる。
一瞬飛びそうになった記憶は思い出そうとした反動ゆえか、それとも思い出すことをやめていたからか。ひどく自然に出てきた疑問が恐ろしい。
今に不満があるわけじゃない。あいつの代わりにカイオーガをとめなくちゃいけないことも理解している。けど、俺は。
「まだ、忘れたくない」
それがどんなに女々しいと思われても、どれほど意味のないものだったとしても、俺はまだあいつらを忘れるわけにはいかない。
まだ、あいつらを覚えている理由を見つけられていないから。だから俺は、前を向いて歩きたくない。
俺の進む未来にラグナもハルカもいないことくらい、わかってはいるのだけれど。
―――
――――
ミナモについた俺を出迎えたのは、ポケセンの前で仁王立ちをしているリオルだった。
『遅い』
待ち合わせに遅れた彼氏に怒る彼女かよ、と文句を言いたくなるほど理不尽な言葉をぶつけてくれたリオルは、俺の方に近づいてきて腹を小突いてきた。
『アクア団のアジトは見つけたが、波乗りが使えなくて入ることができない』
「…ええと、つまり」
『場所は俺が教える。だから連れて行ってくれ』
そのマリルリ、確か波乗りを使えたよな。
いっそその傲慢な振る舞いにため息さえ出てこなくなりそうだ。いやまあ確かに、別れ際は俺が悪かったとは思っているが、それにしたって威張りすぎだろう。
記憶のことで悩んでいたことがいっそアホらしく思えてしまうほどの衝撃を与えてくれたリオルだが、アジトの場所を教えてくれるというのはありがたい。
大人しくまた行動を共にすることを決めたところで、ふとリオルが小さく口を開く。
『それと、…この前は悪かったと思ってる』
油断していたなら聞こえていなかっただろう謝罪に目を丸くした。あのリオルが謝った。
今までリオルが謝ったことなんてあったか、思わず口から転がしてしまった言葉に反応した本人が俺の腹を殴った。手加減はされているが強く噎せてしまった。
リオルが謝るだなんて珍しい。しかもこの前って、俺のほうが悪かったのに。
『いいから行こう。コトアがどこにいるかわからなくなる』
呆然とした俺を置いて、リオルはさっさと先に進んでいく。そうだ、何でもないことで時間を取っている場合ではない。
カイオーガを止めるためにもはやく行かなくては。
「…」
走り出そうとして、ふと足を止めた。
ミナモといえば、ハルカと一緒に行く約束をしていたデパートがある。昔もホウエンではよく知られている"秘密基地"に置くからと色々なものを買い物した記憶もある。
カイナのぬいぐるみも可愛かったけど、ミナモのチルットドールも中々のものだったんだよな。また売っていると喜ばしいが。
元々人並みに裁縫は得意ではあるものの、ドールを作ったことはない。今度のハルカと買い物に来るときにでも材料を購入してもいいだろうか。
「まあ、それもアクア団の野望を阻止してから、か」
考えてみれば、カイオーガの騒動が終わったとしても、この世界にだって隕石が落ちてくる可能性があるのだ。というより、落ちてくるという確信がある。
この世界は多少の差異があれど昔のときとそう変わらない。だったらハルカがとめられなかった隕石だって、きっとこの世界に落ちてくる。
それが片付くまではハルカと買い物なんてしていられないのだから、今こんなことを考えていたってしょうがない。終わったときのことは終わってから考えるべきだ。
けど、少しくらい楽しい未来を想像したってきっとバチは当たらない。
その"楽しい未来"を作り出せるかどうかは俺にかかっているわけだが。
「(正直、きつい)」
あいつはいつもこんなプレッシャーに耐えていたと考えると感服せざるをえない。どう考えても重いだろう、こんな期待。
たとえこの地方の誰しもが知らない事実だったとしても、世界の命運が自分にかかっているなんてことを自覚してしまえば期待で体が押しつぶされてしまいそうだ。しかも見返りはない。
あいつは辛くなかったんだろうか。友達を名乗っていた俺ですら大まかに話を聞けるだけで、理解をするには遠く及ばなかったのに。
こうして危険に立ち向かうたび、かつて追いかけていた同い年の少女の凄さを思い知る。
『ねえ』
「うわっ」
耐えるべきなんだろうと考える俺の袖を引いたのはリオルだった。
いつまで待たせるつもりだ。そうリオルから言われて、長いわけではないがそれなりの時間を思考に費やしていたことを知る。そうだ、重みを自覚するのは今やることじゃない。
今度こそと少しくたびれてきた足を動かし、少し前を行くリオルを追いかける。
たとえこの先の未来、俺が望まない結果が生まれたとしても、それは世界にとって最良の結果なのかもしれない。そんなこともきっとあるだろうと考えながら。