機会はだれも待ってくれない
さしものアクア団といえど、海底洞窟を探し出すのには時間がかかるらしい。
128番水道とひとえに言ったところで、水道が狭いなんてことにつながるわけじゃない。128番水道に行くのに何日か、それから目的地を探す時間も足してある程度の予測を立てた。
実際計算を施してくれたのはフラダリさんだったが、俺にはそういったことを考えるよりも一秒でも早くバッジを取ることを求められる。
あの人の計算がどれほど正確なものだったかはわからないものの(なにせアクア団同様にマグマ団も目的地点がわからないのだ)、その日付よりも幾日か早くバッジを取得するに至った。
俺がバッジ獲得のために奔走している間、フラダリさんが海底洞窟の場所を調査してくれる。
そのためにマグマ団の情報網を活用しているらしいが…おそらく無断だろう。バレたあとの行く末が不安になってきた。
とりあえず朗報は速いに越したことはないだろう。あまり遅くなるとこっちとしても困る。
前にためらっていたときとは段違いの気軽さで連絡を入れようとジムをでたそのとき、いきなり地面が揺らいだ。
「っ!?」
まるで「昔」の終わりのときのような地響き。頭の中でけたたましく鳴り響く警報に、昔を思い出して体が震える。
あの日、ユウキが終わった日は、これほどまでに恐ろしかったか。人々の顔を恐怖に染めただろう、かつての不吉な地震は、こんなにも心を揺さぶっただろうか。
本能に従ってか、それとも自分の記憶から引きずり出されたからか。
無意識に顔を向けた128番水道の方面では、凄まじい音と遠くになびく光とまっすぐ天に伸びる光の柱が存在を主張していた。
俺だけでなく、街の人々のほとんどが宇宙まで届きそうなほど高くまで伸びていく光に釘付けになってざわざわと騒ぎ立てる。
ボールから出されていたポケモンたちは何かよくないものを感じ取ったのだろう、各々が毛を逆立てたり威嚇の声を上げたりと警戒の素振りを見せている。
人々の困惑の一端も担ってるんだろうと考えていれば、自分のほうに向かって誰かが走ってくるのが見えた。
「シズクくん!」
ダイゴさんだった。
ダイゴさんも周りの人たちと似たように焦った様子でこちらに近寄り、一定のラインで足を止める。焦っているときでも俺に近づきすぎないように気を配っているらしい。
「フウくんとランちゃんから、きみがジムに来てるって聞いてね」
折角だから会いに行こうと思っていた矢先にこんな――と、ひどく切羽詰まったように128番水道の方向を見る。
上がっていた光の柱はいつの間にか消え失せていた。しかし僅かに曇っていた空がその場所を中心に円を描くように青空を覗かせていて、そこに何かあったことはすぐにわかる。
事情をある程度知っている身としては、あの光の柱が上がった原因はすぐさま理解できるものだ。
この事件をダイゴさんがどこまで知っているのかは分からないが、この人のことだ、多少のことは耳に入っているだろう。
「いきなりで、なにが起きているのかわからないだろうけど…でも、きみには聞いて欲しいことがあるんだ」
「…なんとなく知ってます」
「……そっか。それなら話は早いね」
とにかく、状況を整理しよう。僕の家に来てくれ。
そう言ってダイゴさんは踵を返し、迷いなくトクサネの道を歩いていく。ダイゴさんの方が幾分か身長が高いが、急げば追いつけないほどじゃない。
小走りでなんとか追いついた場所にはひっそりと…というわけでもない、普通に建てられている一軒家があった。
ダイゴさんは懐から鍵を取り出し、取っ手のそばについている差し込み口にいれて回す。
なんというか…こんな緊迫したところで言うのもなんだが、ダイゴさんが鍵を使って家に入るなんて意外だ。もう少しきらびやかなところに住んでいるイメージがあったから。
そのまま案内された部屋は簡素なものだった。ガラスケースの中に入れられている石のそばには拾った場所まで書かれている。それ以外に目立つものは特にない。
部屋の中はダイゴさんらしいといえばそれらしい。石を求めて各地を回っているのなら、きっとここにはあまり帰ってこないんだろうことくらいは自分でもわかった。
「………
…さてと。世界に何が起こったのか、きみは知っていると言ったけれど…それは、いったいどこまで?」
呑気に部屋を見渡していた俺に対し、目の前の人は真剣にこちらへ問いかける。リオルもいないようだけど、と、目ざとく痛いところを突いてきた。
前に会ったときとは大違いの反応に、こちらも自然と気を引き締めてしまう。なにせあのリオルはただのリオルではなかった。あいつはアクア団のやつらの手先だ。
知らなかったとはいっても、リオルだってトレーナーのいうことくらいは聞くだろう。悪い未来に動くにしろ、その逆にしろ、リオルが何かしらのトリガーを引いてしまう可能性は十二分にある。
ダイゴさんは俺と連絡先を交換していないし、もし交換していても頻繁に連絡を取り合うような仲ではないので、ダイゴさんは俺の動向を知らない。
アクア団と関わりがあることは前の接触でなんとなく察していると思うので、俺の身に起きていたこと、アクア団の陰謀、そして今行われようとしていることをかいつまんで話す。
フラダリさんのことは少しためらい、話すのはやめておいた。
俺の言葉を聞いたダイゴさんは、彼の中にある情報と照らし合わせつつだろう、ゆっくりと頷いた。
「そう…きみの言うとおり、まさに今、カイオーガが復活しそうになっている。
先ほどの地鳴り…そして耳をつんざく爆音…」
あれは深海に秘められた封印が解かれてしまった証なんだ。
既に予想すらできてしまっていたその言葉。
無意識に詰めていた息を吐き出し、俺は肩の力を抜く。それとは反対に、目の前の大人は気を張り詰めたように腕組みをする。
トクサネのバッジはとった。フラダリさんに連絡すればすぐにでも海底洞窟に向かうことができるはず。あとはそこに乗り込んで、カイオーガの復活を阻止するだけ。
もうゴールはすぐそこだと少し安心感さえ抱いていたところで、シズクくん、と、俺を呼ぶ声がした。
名前に誘われるがまま、視線を交わらせると、まっすぐな光を宿す瞳が俺の足を地面に縫いとめる。
「ヤツらが超古代ポケモンの力を手に入れたら、世界のバランスは崩れ、この星に住む全ての生き物に未だかつてない危機が訪れる。
ボクはボクの責任においてこの状況を治めるために全力を尽くすつもりだ」
自分の中で反芻していた言葉が、他人の口から零れでたことで息が止まった。予想が当たったことで少し力が抜けていた体が不自然にこわばる。
嫌な音を立てて心臓が痛みを訴え、皮膚からにじみ出た冷たい汗が頬を伝って床に落ちた。
「だけど、ボク一人の力で出来ることなんてたかが知れている。
…そこで、きみを見込んでお願いしたい。アクア団の野望を阻止するために力を貸してくれ!
きみとボク、そしてポケモンの力を合わせれば、この絶望的な状況だって乗り越えられる…そんな希望が見えるんだ」
嘘偽りを宿すことのない目が、俺の心臓を貫いた。
わかっているつもりだった。
あいつがこの世を普通の女の子として生きるのなら、俺があいつの代わりに世界を救って平和にしてやるべきなんだと。それが俺への使命なんだと。
フレアたちに励まされ、多少なりとも前向きになれた後は、その歪な使命に一種のやりがいのような、事件を追いかける楽しさのようなものは覚えていたのかもしれない。
けれど、それでも、事の重大さくらいは理解しているつもりでいた。
でも、ダイゴさんにそんなことを言われると。
「……おれ、は、」
重さが、違う。
俺はダイゴさんの期待に応えられるような、見込みのある少年なんかにはなれない。
しかしながら俺は、刻一刻と時間が進んでいく空間で、俺を大事にしてくれる一人の大人にNOと答えることはできなかった。