悩みも不安も因縁も

危険が迫っているとは思えないほどの幻想的な風景を越え、海中の不自然に崩れた岩の隙間を抜ければ、俺たちを出迎えたのは砂浜だった。

ミナモほどの規模ではないにしろ、それなりの広さがある砂浜。水に浸された部分にはアクア団が乗ってきたのだろう、改造されている潜水艦が停泊していた。
アジトでは頭の部分しか見えていなかったがかなり大きい。封印を強引に解くためだろう、巨大なドリルが前の部分についている。封印を物理で破るとは、なんというか、ゴリ押しにも程があるだろうに。

「無事に海底洞窟にたどり着いたか…礼を言わせてもらう」

呆れる俺と同じほど濡れたフラダリさんが、自分で持ってきていたボンベのマスクを外したあとにそういった。

いくらダイビングが水圧の軽減ができるといっても、決して水を割いているわけでもないので、水に濡れること自体は避けられない。
フラダリさんもそのことは知っていたのか、合流地点には比較的軽装でやってきたのだが、ワックスでセットしたのだろう髪の毛が力を失って垂れている。

見る人が見ればギャップが出て可愛いとか思うのかもしれない。俺はなんとも思わないが、と考えつつ、「それはいいんですけど」と口を開いた。

「なんでマツブサまでついて来てんの?」

目線を斜めにずらすと、フラダリさんと同じように水に濡れているマツブサの姿がある。えんとつ山で借りた衣服が水を吸って重そうだ。

トクサネでダイゴさんに返事をしたあと、あの人は「やることがある」といって家を出ていった。鍵は予備があるからと一時的に俺に預けていったので、俺はそれを使って家を出た。
その後にフラダリさんと連絡をとり、合流場所に向かうと、彼はその場にこの男を連れてきたのだ。

別にフラダリさんが来るのはいい。トクサネに行く前に情報を提供してもらったし、そもそもダイビングで連れて行って欲しいと言われていたからわかる。
だがなんでマツブサまでついてくるのか。

俺が関わっている限り、マツブサ率いるマグマ団が悪さをしていたという話は聞かない。
マグマ団よりアクア団のほうが目に付いて悪さをしているし、現状二つの団の力が均等というわけではない。マグマ団よりはアクア団のほうが危険だ。

だが、だからといってマグマ団が驚異にならないというわけではないのだ。
えんとつ山では共闘したとはいえ、マグマ団もそれほど信用しているわけじゃない。

俺の疑わしいものを見る目に気付いたのか、マツブサは不服げに「ふん」と鼻を鳴らして顔を背けた。

「この男がマグマ団の力を使ったというのなら、仮にもマグマ団の長である私がここにいても問題はあるまい」
「…ああ、そうだな」

バラしたのかバレたのかはわからないが、どうやらフラダリさんはマツブサに今回のことをほぼ洗いざらい吐いているらしい。
仮にもマグマ団の情報網の恩恵に預かっている俺が言えたセリフではないが、仮にも団の長ならダイビングも使えるのではないだろうか。

俺の力は必要なかった気がするんだけど、と思わず口からこぼしたが、マツブサは無言になるだけで特に反論してこない。
少しは言い返してくるかと思ったのに意外だ。首をかしげていると、見かねたのか、フラダリさんが俺の耳に口を寄せてきた。

「…シズクくんには言っていなかったが、マグマ団は炎と地面の両タイプを得意とする者が多い。マツブサも、水タイプのポケモンは持っていないのだ」
「え、じゃあ」
「ああ。潜水艦を用意するか、私やシズクくんに同行するか。そのどちらかでなくてはここに来ることはできない」

言われて納得する。なんだ、マツブサはダイビングが使えなかっただけか。
水タイプを使っていないことに関しては咎める気もない。自分も毒や虫よりは水や草、炎をよく選ぶし、一点に特化していても強ければいいのだ。

けれど、まさかここに来るために俺の力をも使うことを決断するとは。個人的に少し敵視してしまっている俺からしてみれば、その柔軟な発想は正直小憎らしい。

結局洞窟を出るときにはまた濡れてしまうとわかっているものの、各々が持っているポケモンで衣服や持ち物を乾かしてしまった。海水はベタつくので本当は洗い流したいが、そうも言っていられないので我慢する。
その後は誰からというわけでもなく頭を突き合わせ、これからのことを話し合う。

「帰りは問題がなければここに」
「洞窟が崩れる、または別の問題があった場合は各自脱出…で、いいんですね?」
「ああ。では各自、健闘を祈る」
「了解です。…マツブサ」

細かいことを話し合っても無駄になることは目に見えているので、決めたことはチーム分けと大まかな注意点だけだ。
すぐに終わった作戦会議、一も二もなく離れた男の名前を呼べば、そいつは眉を顰めて口を開く。「なんだ」

「…俺に追いつかれる前に、カイオーガを止めろよ」

今までの出来事からすると、マツブサがアオギリを止められるほどの力を持っているとは思えない。
それでも、俺が手を出さずに済めばいいという希望的観測が抜けきらないのだ。

マツブサは一秒ほどの沈黙を間に入れ、俺を鼻で笑う。

「ヤツを…アオギリを止めるのは、私に決まっているだろう。小僧」

間もなく作戦は開始された。


予定としては、フラダリさんとマツブサが先に奥へと進んで敵の数を減らし、俺はダイゴさんがこの場所を見つけやすいよう、海上に目印を置いてから潜入することになる。

話を聞けば、マグマ団は俺と共にきた二人だけが、この場所に突入することになっているらしく、孤立無援な状態らしい。
単身で乗り込もうとしていた身でいうことじゃないだろうが、もう少しくらい援軍は構えておいたほうがいいと思う。それで追い詰められたらどうするつもりなのか…想像したくはない。

そういうわけで、フラダリさんやマツブサはよくても俺が何かあっては困ると判断し、ダイゴさんからの救援を期待するために目印を残しておくことは決定した。

しかし、三人で行動すると動きにくい上に時間がかかる。
海底洞窟の封印が解かれ、カイオーガのいる奥深くにアクア団が侵入しているとなると、固まって目印を置いている時間はない。

そもそも目印は一人でも設置ができるわけだし、まともに連携をとったことのない間柄であれば独立して動くほうがよっぽど気楽である。
…と、主張をした結果、最初に話した組み分けになった。

「マツブサたちがどれくらい足止めをできるかはわからない。準備はいいな?」

ポケモンの入ったボールに触れつつ問う。
途端に激しく動きはじめたそれらに自然と笑みをこぼしつつ、俺は出したままにしていたリライの頭を撫でた。

りる、りるる。
何か言葉をこぼしてこっちを見上げるリライの顔は、どこか不安な色に染まっていて、何かを感じ取っているように思える。
けれど、あのリオルから学んだ知識を生かせない俺は、リライがいったい何を言いたいのかさえわからない。これじゃ全く意味がない。

俺の顔が困惑に歪むのがわかったのか、彼女はどこか落ち込んだ様子で顔を下げた。

「…お前が何を言ってるのか、まだわからないけど」

頭に置いていた手を、丸くて青い手へ伸ばす。
確かに、俺はまだ手持ちのポケモンの言葉さえわからない。言葉が通じるはずのコトアやリオルの考えさえ汲み取ることもできない人間だ。だが、

「お前の不安も、俺が絶対取り除いてやるから」

だから俺に任せておけ、とは、流石に言えなかった。
今はまだ、こいつの不安を晴らす力は持っていない。リライが実は昔のトレーナーを忘れられないことを知っている。

前の持ち主を知らないので、元のトレーナーに会わせることはできないが、それでも今は俺がトレーナーなんだ。
今は無理でも、いつかはこいつが過去を振り返らないようにすることもできるかもしれない。

ためらいを見せるリライの前へ進み出て、砂を濡らす海水へ足を浸ける。

思えば似た境遇の俺たちだ。前に立って走るよりも、隣に並んで歩くほうがよっぽどいい気がする。
ほら、と、腰あたりまで水に浸かって両手を広げれば、彼女は目のふちいっぱいに涙を浮かべ、勢いよく俺の胸に飛び込んだ。