身の丈に合わぬ恥
海上に目印を置いて洞窟に戻った俺たちは、未知の領域とも言える洞窟の奥へと歩を進めた。
今まで事件が起こっていた場所のほとんどは行ったことのある場所がほとんどだった。
そうでなくとも町からそう遠くないところにあったりする場所ばかりで、本当に"偶然居合わせた"ものが多かった気がする。
だからなんだろうか。改めて足を踏み入れた洞窟に、どこか恐れを感じてしまったのは。
「寒さで震えてる…ってわけじゃないもんな」
僅かに力が入っているのか、自分の手が小刻みに動いているのが分かる。先がどうなっているのかわからないというのはこれほどまでに怖いのだ。
洞窟の中はどうなっていたのか、あいつから聞けた試しはない。
聞いていても仔細は思い出せなかっただろうし、キンセツと同じように様変わりしている可能性だってあっただろうが、まさかこれほど不安になるとは思わなかった。
だが、進まないわけにも行かない。大人とはいえ先に二人もの人間を向かわせてしまっているのだ、俺が行かないなんてことがあれば多分相当恨まれる。
いつアクア団からバトルを仕掛けられるかと気が気でなかったが、どうやらそれは杞憂に終わるらしい。
どこか緩い雰囲気の団員たちは見て見ぬふりをしてポケモンに傷薬を使っていた。あたりにバトルの跡も残っていたので、先行した二人が容赦なくなぎ倒していったのだろう。
内心二人に感謝しつつ、表面上は隠れながらも先に進んでいく。やがてたどり着いた場所は行き止まりだった。
先ほどよりも濃霧になっているのか、目を凝らさなくてはそう遠くまで見ることはできない。しかし糸のように細めた目で見てやれば、奥には大きなくぼみ、四つの人影があることはわかる。
「ぐっ…」
「ふははっ!無様なモンだなァ!お二人さんよォ!」
「……グ、ぐぬぅぅ……アオギリィ…ィィ…」
「ぐ…ぅ…!」
耳に届いた声がどれも聞き覚えのあるものだということに気づいて走り寄る。
その光景は、最初に予想していたことと同じようなものだった。フラダリさんとマツブサは力なく地面に崩れ落ち、反対にアオギリは今にも笑いだしそうなほどにぴんぴんとしていた。訂正、笑いだしそうではなく、既に笑っていた。
コトアは、アオギリの隣で静かに立っているだけだった。
どう話を切り出そうかと言葉を詰まらせた俺、高らかに笑い声をあげていたアオギリがこちらに気づいて視線を向ける。
「…さすがだな、ガキンチョ!まさか送り火山から追いついてくるとは思わなかったぜ!」
その口から放たれた一言は、確実に俺の心臓を揺さぶる。
バレていなかったはずだ。こちらに視線をやるわけでもなく、こちらに気づいてないように通り過ぎていくのはきちんと確認したはずなのに。
動揺したことによって肩が跳ねたのを見逃さなかったのか、アオギリは口の端をあげた。
「今までの活躍を褒めてやる意味も含め、この世界に生きるヤツらの誰よりも早くオレのパートナーを紹介してやろう」
自然と顔が向いたのは奥のくぼみ。フラダリさんとマツブサが膝をついているのを見た場所からはわからなかったが、接近したからその中身がわかる。
濃霧なども飲み込んでしまいそうなほど深い青色。
その真ん中には、不自然に固まっている、見覚えのあるポケモン…
「かいおーが」
思わずつぶやいてしまった名前に、こちらを見ていたアオギリがさらに追い打ちをかける。「そう。超古代ポケモン、カイオーガだ」
カイオーガ。ハルカが紹介してくれたポケモン。記憶にある限りでは体は灰色ではなく、深海にある水のように深い青だったはずだが。世界が変わった影響だろうか。
しかしわかってしまう。前世と姿が違っていても、この体に秘められた恐ろしいまでの力は変わらない。…いや、むしろ力が増しているようにさえ思える。
「どうだッ!見てみろよッ!! 瑠璃色の海の中、静かに眠る美しい姿をッ!」
俺にこんなものを止められるのか。
恐れと義務感が頭の中でごちゃまぜになる俺の隣には、興奮したように大声を出すアオギリがいる。カイオーガという力に魅せられてしまっているのは明白だった。
「オレは、この日が来るのを長い間待っていた…
行き過ぎた欲望によって、自然とポケモンを蔑ろにしてきたオレたち人間…そこからつくりだされていった、間違った世界…その全てを始まりに還す古の姿―――
ゲンシカイオーガのチカラを手に入れる、この日を!」
天気研究所で聞いた単語、昔にはなかったものの一つ。それゆえにあまり詳しいとは言えないが、あの日にされた説明からしても、ゲンシカイキの力は計り知れないものだ。
今の不自然な格好は、男の言うとおりカイオーガが眠っているからなんだろう。
目覚めさせられる前に止めなくてはとボールに触れた俺。追いかけてきた男はこちらを一瞥することもなく、先ほどとは裏腹にひどく静かに言葉を紡ぐ。
「コトア」
「はい」
「カイオーガを目覚めさせる。このガキを始末しろ」
背筋に悪寒が走り、このままではまずいことを瞬時に理解する。アオギリにばかり気を取られていたが、ここにはコトアもいたのだ。
コトア、つまりシャンデラ少年。俺が最初に見つけたとき、スバメと圧倒的な実力の差を見せつけていた、あの少年。いくらあのときより強くなったとしても、あちらのほうが格上なのは明らかだった。
「…少年」
勝ち目は薄い。だが、少年を倒さなくてはアオギリを止めることもできないだろう。
湿度が高い場所だというのに、口の中がからからに乾いているような錯覚に陥る。恐怖に体が震えていることには気づかぬふりをしてボールを握り締めた。コトアは静かにこちらを見据えている。
その奥ではこちらに背を向けたアオギリが、送り火山で奪ったであろう青い宝玉を天に掲げていた。