渇望した出会いを

会いたいとか会いたくないとか、それ以前の問題だったことを忘れていた。

そもそも俺は、この家に挨拶をしに来た立場だ。紹介されたのに会わずに帰ってきたなんてことはあってはならない。

俺の女装なんて恐ろしすぎる、が、好きか嫌いかなんてこんなところじゃ決まらない。可愛いかもしれないじゃないか。前世の俺に似てないかもしれないし。
…それはそれで複雑だとは思うけれど。

覚悟を決めて二階に続く階段を上り、言われた部屋まで進んでノックする。
いくら友人の息子だからといって、こんなに家を自由に歩けていいのだろうか。昔はこの家が俺の家だったから勝手はわかるが。

ノックをすると「どうぞー!」と元気な返事が。その女の子らしい高い声に聞き覚えがあって、一瞬ノブをひねる手が躊躇いを示した。
そんな、まさかな。淡い期待を抱いたところで打ち砕かれるのが関の山だ。

なんにしたって俺はドアのむこうの人物にあわなければいけない、と覚悟を決めてドアを開け放つ。いでよ俺の気持ち悪い女装姿。
机のそばに佇んでいる女の子を見たその瞬間、俺の時間は止まった。

「えっ…!?あ、あなたは誰…なの?」

栗色の髪。赤色のバンダナをうさぎのようにはねた結び方をしていて、後ろの髪は散らばらないようにゴムで縛っている。
黒と赤で彩られたノースリーブを着て、ズボンは体のラインを出すように少しぴっちりとしたものを履いていた。

その顔は俺と似つかない。両親の面影はあるものの、そのどちらでもない色の方が強く見えて仕方なかった。

昔俺がいたポジションにいたその女の子は、驚くべきことに、俺が知っている「ハルカ」そのものだった。多少顔や雰囲気が違っていてもそいつは見覚えがあった。
娘。俺の代わりが、ハルカ。そんな馬鹿な。

「ハルカ」は俺の顔を見つめたあと、空を仰いでしばらく喋らないでいた。俺は俺でひどい顔になっているだろうし、驚きすぎて声が出ない。
ここにいるのは「俺」なんだと思っていた。バトルや調査が好きで、ライバルとして認めてもらいたくてただ突っ走って、そして最後は隕石に潰れていなくなってしまう。そんな「ユウキ」がいるものだと。

これは神様のいたずらか。俺がハルカとして生まれた代わりに、ハルカが俺として生まれたなんて。

「…あ、もしかして、隣に引っ越して来たシズクくんかな?」

感動で潤みそうになっていた俺に、目の前の女の子は照れくさそうに話しかけてくる。
あれ、俺が知ってる「ハルカ」とは違う。あいつはこんな風に話すようなやつじゃなかった。

あ、そっか。俺が記憶を持っていたとしても、あいつが同じように昔を覚えているなんてことはないのか。
上がっていた気持ちが一気に下がった。そういえばさっきも誰か尋ねられたっけ、そこで気づけばまだ傷は浅かったかもしれないな。

「えっと、あたし、ハルカ!よろしくね。
あたし、世界中のポケモンと仲良くなりたいんだ。で、でね、お父さん…オダマキ博士にシズクくんのお話を聞いて、それで仲良くなりたいなぁって思ってたの」

あたしったら、シズクくんと初めてお話してるのにこんなこと言ってごめんね!といって女の子…ハルカは頭をかいた。
その容姿があの日のハルカと同じなのに、動作はそれほど似ていない。ああ、あいつがいない。

からからに乾いた口の中。俺はこの女の子とどうやって付き合っていけばいいのだろう。ポケモン勝負ができるものだと思っていた俺もあいつもいないのに。

「…俺はシズク、よろしく」

ようやく絞り出した声は届いただろうか。
目の前の「ハルカ」は嬉しそうに笑ったあと、突然何かに気づいたように両手を頬に当てた。

「いけない!お父さんに頼まれてたポケモンの調査しないと!」

それじゃあまたね、シズクくん!
俺の横を走り抜けてハルカは外に飛び出していった。下の階でドタバタと聞こえた原因は恐らく彼女なんだろう。あいつよりも落ち着きがないらしい。

名前を呼んでもらえなかった。昔呼んでもらっていた、くすぐったい名前を。

仲良くなりたい。彼女はそういった。それはおそらく俺に向けてのものだ。
でも俺は、ハルカと仲良くなれる気がしないのはなんでだろう。あの子が俺の知るハルカじゃなかったからだろうか。

多分それもある。だけどその前に、俺は気づいてしまったのかもしれない。

「あいつ、俺の立場なのか」

昔の俺のポジションだっていうことは、あいつが俺に適うことがなくなってしまったのではないかと。