あの日と違った選択肢

仲良くなれるかという問題に直面したものの、それを判断するにしてもまだ時期尚早だということで放っておくしかない。一応俺だって仲良くしようとは思っているんだ。それがどんな結果を生むとしても。
ハルカに続いて俺も下に通じている階段を下りた。ようやく家事がひと段落したらしいハルカの母親が家計簿らしいものを眺めていた。

「ごめんなさいね、シズクくん。ハルカもパパも、いつもあんな感じなの」
「気にしないでください」

なんにしたってこれからオダマキ博士を探しに行くことに変わりはない。ポケモンをもらえるかも知れないのだ、少しくらいの面倒事は耐えられる。

どうやらこの世界のオダマキ博士も足が軽いらしく、今は研究所にも家にもいないんだとか。
昔と同じ行動ならフィールドワークだな。アタリをつけてハルカの家から出てから、研究所には向かわずに101番道路を目指した。

ざわめく木々。ホウエンではよく吹く暖かい風。飛び回るポケモン。
何もあの日と変わらないのに、何もかもがあの日と違う。俺がこうして別の未来の記憶を持っているのも何か関係しているのだろうか。

「たっ、助けてくれー!」

道路の前に立っていた小さい男の子に止められたものの、気にすることなく101番道路に足を踏み入れる。踏み固められた道筋を見つつ、博士に会うため奥へと突き進んでいく。
不意に誰かの助けを求める声が聞こえた。どこか聞き覚えがあるようなその声に、俺は慌ててそちらの方向へと向かった。

そこにいたのはこの世界の博士…つまり、昔でいう俺の父親が、野生のポチエナに尻を追い回されていた。何をしているんだ、このポケモン博士は。

「おおっ!そこにいるキミ!ちょっと私を助けてくれないかーっ!」

呆れて何も言えない俺に、博士は追いかけられながらも声をかけてくる。そんなことをしている余裕があったら、自分の持っているポケモンで応戦すればいいのに。あ、そういえばこの人、特定のポケモンを育てるなんてことしないんだった。
近くに落ちているカバンを拾い上げる。使い古された黄色のカバンは調査用のノートやペンで膨れ上がっていた。軽いと思っていたのに割と重い。

「そっ、その中に入っているポケモンで!」

走り回るのに疲れてきたのか、ひぃひぃと息を切らせながら頼まれた。ポチエナが疲れた様子を見せていないのは、やはり人間よりも体力があるからだろう。
カバンの中に入っていたのは三つのモンスターボール。初心者用に向けた三体のポケモン、キモリ、アチャモ、そしてミズゴロウだ。

どうしよう、どれを使えばいいか。悩んでいる必要はない。
タイプ相性がいいポケモンはこの中にはいない。ちょっとした皮肉を込めて手にとったボールは、あの日あいつが手にしたであろうアチャモのもの。

「いけっ!アチャモ!」

勢いよく飛び出してきたアチャモは、話もよくわからないだろうにポチエナに突撃していった。その勢いの良さ、嫌いじゃない。
ポチエナも別のポケモンが自分に向かって突っ込んできたことに気づき、臨戦態勢になる。その脇では博士が走って距離を取ったのが見えた。これで一応安全だ。

「アチャモ、さっさと片付けるぞ!ひのこ!」

俺の指示も一応聞いてくれるらしく、アチャモはその嘴から小規模の炎を生み出した。まっすぐ飛んでいった炎は、素早く身を翻したポチエナには当たらない。
ポチエナがアチャモに攻撃を仕掛けるため距離を縮める。一瞬捨て身のようにも見えるそれは、俺がよく知る技の一つ、体当たりだ。

普通ならここでよけることを選ぶことが多いが、これは逆にチャンスでもある。
アチャモも俺の指示を待っているようで動かないのが幸いした。

「ひっかく!」

ほぼ自棄っぱちのように叫んだそれに、アチャモは疑う由もなく従った。
黒い体が突進してくるのに合わせ、アチャモは大きな足を振るう。わずかに右に体を反らしたアチャモの鋭い爪がポチエナの体を傷つけた。
ポチエナは自分が攻撃されたことに驚いたのか、弱々しい鳴き声を残して草むらへと逃げていった。

「ありがとな、アチャモ」

受身を取れずに転がったアチャモをボールに戻し、博士のカバンの中に入れる。俺がもらいたいポケモンはアチャモじゃない、いずれはラグラージに進化するミズゴロウだ。
年のせいなのか、博士はまだ息が整っていない様子でこちらへと戻ってきた。

懐かしい顔。「ユウキ」だった頃の父親。郷愁さえ感じさせるその変わらなさに、どう声をかけていいのかわからない。

「はぁ、はぁ…調査しようと草むらに入ったら、いきなりポケモンに襲われて…」

とにかく助けてくれてありがとう。
博士は俺の感情の揺れに気づくことなくそういった。やはり俺のことは覚えていないらしい。不思議とハルカのときよりも動揺はしなかった。